第3話 辺境伯の娘、嗤われる

 四年振りにやってきた王都は、以前と変わらず豪華絢爛だった。建物は大きくて立派だし、人がたくさん街を歩いているし、みんなおしゃれ。

 前方に見えるまっ白な王城は、ひときわきらきらしていて眩しくて。今日からあそこに住むんだと思うと、胸がわくわくして楽しくなってくる。


 賑やかな街に遊びに行ける時があればいいなと思っていると、向かいに座る人物が咳払いをした。

 彼女がうたた寝していたから、開けてはいけないと言われたカーテンを、ほんの少しだけ開けて街を眺めていた。

 私はカーテンから手を離した。外が見えなくなる。


 不安な気持ちはある。両親はもちろんいないし、侍女でさえ連れて来れなかった。衣類、日用品、侍女まですべて用意しているから、身一つで大丈夫だと言われた。新品は嬉しいけど、使い慣れたものも手もとに置いておきたくて、クシや手鏡、下着は旅行鞄に入れてきた。


 今までみたいに自由に外に出ることはできなくなる。王都に暮らす人々と接することはできないだろう。王弟の奥さんになるんだから、好き勝手にできないのはわかっている。

 自分なりに覚悟はしてきたつもり。


 でもいつか、この街をお忍びで散歩できたらいいな。リクハルド様と一緒に。


 この時の私の覚悟はおままごとのようなものだったのだと、後に気づかされる。


 馬車が王城に着いて、案内にくっついていく。広すぎて、どこをどう歩いてきたのか、方向感覚が狂ってしまった。さすが王様の住居。

 応接間らしき場所に案内された。紅茶を出してもらえて、待つ。


 このソファすんごいふっかふか。やわらか~い。やっぱり良質な物を揃えているんだろうなあ。

 まだかなあ。どれくらい待つんだろう。これって何の時間? 何待ち?


 冷たくなった紅茶を飲み干しても、誰も来ない。勝手に動き回るわけにはいかないし。迷子になっちゃうよ。

 どれだけ待っても誰も来てくれなくて、待ちくたびれて眠くなってきちゃったなあ。ふわあ~と欠伸をして——


 バアンと大きな音がして、はっと目覚めた。

 扉が開いて、誰かが入ってきた。慌てて立ち上がる。


「お待たせしてごめんなさいねえ。来客があったものだから。お話が弾んで、忘れてしまったの」

 私を見ることなくずんずんと進んできたご婦人は、私の真向かいにすんと座った。もう一人、私と同年代ぐらいの女の子がついてきていた。


 お二人はよく似ている。顔つきや表情、スタイルまで。違いは女の子の方が背が低いぐらい。

 着ているものも青いドレスで、デザインも同じみたい。っていうか普段からドレスなのかな。あ、来客って言ってた。


「あなたがリクハルド殿の妃候補ね。サーラスティなんて遠いところから大変だったわね。ご苦労様」

 ぽんぽんと言葉が飛んでくるので、タイミングをうかがって、なんとか口を挟みこんだ。

「クリスタ・サーラスティと申します。田舎者ではございますが、リクハルド様と王族の皆さまのお力になれるように精一杯がん――」


「まああなた」

 挨拶の途中で、ぴしっと扇で差された。

「何をしてきたの? 真っ黒ではありませんか」

 真っ黒? ジャンパースカートは黒いけど、汚れてはいないはず。思わず服を見下ろす。


「何をしたらそんなに真っ黒になるの? 世話のかかる姫だこと。これ、タオルを持って来て」

 戸口に控えていた侍女が、すぐにタオルを用意する。

 拭いていただくのは申し訳ないと思い、「教えていただければ自分で拭きます」と伝えたのだけど、聞こえてなかったみたい。


「こちらに寄りなさい」と言われて近寄ると、ご婦人は私の右手を取り、袖を上げた。

 服じゃないの? 腕? 戸惑ってされがままになっていると、私の右手をタオルでごしごしごと拭き始めた。

 え? なに? 痛い痛い痛い。


「おかしいわね。取れないわ。あなたちゃんと体を拭いているの?」

「はい、拭いております」

 私、涙目になってると思う。ヒリヒリしてめっちゃ痛い。


「もしかして、黒いのはあなたの肌?」

「嘘でしょう、お母さま」

 女の子も私の腕を覗き込み、そして二人は大声で笑った。

 えっと、どうして?


「地肌ならそうおっしゃい。黒いから汚れだと思ってしまったではないの。日焼け? それとも地黒かしらね。白粉たくさん塗らないといけないわねえ」

 おほほほと笑うと、唐突に私の腕をぽんと放した。


 どうして? なんなのこれ?

 拭かれた後の肌を見ると、真っ赤になっていた。


「クリスタとか言ったわね。水晶の名を使っているわりに、ふふっ、透明感も輝きもないではないの」

「完全に名前負けしてるわね」


 笑われた。完全に笑われた。むううと唇が尖りそうになって、耐えたけど口は歪んでいるはず。

 私が嗤われるのは、まだ許せる。タオルでこすられた腕は痛いけど、日焼けした肌を黒いと嗤われるのは別にいい。


 名前は、お父様がつけてくれたもの。

 クリスタルのような透き通った心を持って欲しい。

 そう願って、お父様がつけてくれたものだから。だから許したくない!

 説明しようと口を開きかけたところで、ご夫人に先を越された。


「あなたには家庭教師をつけました。貴族の所作を覚え直しなさい。そんな恥ずかしい立ち居振る舞いでは、どこにも出せません。身につくまでは、社交も許しません。よろしいですね」


 私を嘲笑っていた動作から一転、有無を言わせないきつい口調になった。

 どっちが本性なんだろう。どっちもか。どちらも根っこは同じ。私を嗤いたいんだ。

 田舎者の私をあざけって、楽しんでいるんだ。

 やってやろうじゃない。私だって覚悟してきたんだから。


「承知いたしました」

 私は戸惑ってばかりだった態度を改めた。


 背筋を伸ばし、右足を斜め後ろ内側に引き、左足を曲げた。

 貴族の挨拶。ちゃんと教えられているんだからね。


 私のカーテシーを見たご婦人も女の子も表情を変えることなく、だけど視線で私を嗤って、部屋を出て行った。


 その後、侍女に連れられて、私の部屋に案内してもらった。

 屋根裏みたいなすごい所をあてがわれたらどうしようかと心配したけど、幸いにも常識的なちゃんとした部屋だった。

 絨毯が敷かれていて、タペストリーもかかっている。窓もあって、カーテンは開け閉め可能。眺望を楽しむことができた。

 良かったと安心した。


 私付きの侍女はヴァルマと名乗り、挨拶を交わした。

 ヴァルマからご婦人と女の子の素性を教えてもらった。

 予想したどおりだった。


 国王マティアス様の実母マリールイス様と、実妹リーズベット様。

 リクハルド様だけが、母親違いなんだと理解した。



 次回⇒4話 辺境伯の娘、お妃教育を受ける

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