第18話 幼馴染を連れて


「忘れられない修学旅行にしてあげるから、覚悟しておきなさいよっ!」


 ――とは言ったものの、修学旅行が近付くにつれて不安も増している。

 こんな調子で本当に告白なんてできるのだろうか。


 今日は色々な事情が重なった末に、クラスの面々とショッピングモールに来ていた。

 普段なら葵と二人で来ることが多いので、良く言えば新鮮味を感じる。


 買いたいものについて、大体の目星は付けてきている。

 旅行用のスキンケアセットなどはマストで買わなければならない。

 しかし、男子たちに囲まれての買い物は予想以上に居心地が悪い。

 何とか隣に居てもらっている梓も、ひどくうんざりしたような表情を浮かべている。


 そこでふと、いつも隣にいてくれるはずの幼馴染の姿が見当たらないことに気が付いた。

 周りの男子たちの合間を縫ってその姿を探すと、店の外で何やら女子と仲睦まじげに話しているのが見えた。


「ちょっとごめんねっ」

「夏帆?」


 梓と男子たちを置き去りにして慌てて店の外に出る。

 幼馴染と話していたのは、クラスメイトの女子だった。


 クラスでもあまり話さない方の女子で、こうして買い物についてきたこと自体が意外と思えるような相手だったのだが、その目的はどうやら幼馴染だったらしい。

 こっそり二人の話を聞けば、彼女は幼馴染を班に誘った内の一人らしく、断られているにも関わらず再び声をかけている様子だった。


 思わず二人に駆け寄り、幼馴染の手を引いて離れる。

 久しぶりに手を繋いで胸が高鳴りそうな私に対して、葵は「ど、どうしたんだよ急に」と驚きの声を漏らしている。


「あ、あんたは私の荷物持ちでしょ」

「今日は荷物持ちいっぱいいるじゃん……」

「あんたがいいの!」


 この幼馴染は一体いつになったら、私の「一緒にいたい」という気持ちを理解してくれるのか。

 もしくは理解したうえでスルーされているのだろうか。

 だとしたら悲しくて泣いてしまうが。


「何? 女の子と話してるの邪魔されたのがそんなに嫌だったの?」

「そういうわけじゃないけど。話してる途中で急にいなくなったら普通に失礼だろ」

「鼻の下伸ばしてたくせに」

「そ、そんなはずは。まだギリギリ耐えてたはず」


 動揺したように声を震わせる幼馴染に腹が立つ。


「あの子に同じ班にならないか誘われてたんでしょ?」

「な、なぜそれを。まさか聞いてたのか」

「そんなことはどうでもいいの。もしかして、私じゃなくてあの子と同じ班になりたかった?」


 今回、運良く幼馴染と同じ修学旅行の班になることが出来たが、それは直前の校内模試に向けた勉強会を共にしたという経緯があったからだ。

 つまりもし勉強会をしていなければ、幼馴染と同じ班になれていなかった可能性だって十分にあり得る。


 以前までの私だったら、きっと強引に葵を自分の班に入れていたと思う。

 だが、今の私に果たして同じことができたかと言えば、正直あまり自信はない。

 そうなった時、幼馴染が入るのはもっと素直に「一緒に班を組まない?」と誘えるような可愛い子の班だろう。

 それこそさっきの女の子のような積極的な子が、そうなのかもしれない。


「何でそんなこと言うのか分からんが、さっきの子の班には最初から入るつもりはなかったぞ?」


 しかし、意外にも幼馴染は首を左右に振りながら言う。


「本心で同じ班になりたいって誘ってくれるところならまだしも、さっきの子は単にお前と一緒にいる俺・・・・・・・・・に興味があるだけで、俺自身に興味があるわけじゃないんだろうからな」

「なんでそんなこと分かるのよ」

「何となくだよ。俺の察しがいいだけなのか。そうじゃなくても他人の悪意ってのは隠してても案外分かったりするもんだろ」


 さも当然のように話す幼馴染に、それならどうして私の気持ちは察せないのかと問い詰めたくなるのをぐっと堪えた。


「まあ今回の修学旅行は代わり映えしないメンバーかもしれないけど、気心の知れた仲で楽しむのも別に悪くないんじゃないか?」

「……その割には、さっきの子と随分と楽しそうに話してたけど」

「理由がどうあれ、俺としては普通に可愛い子と話せて役得だからな――って痛っ!?」


 軽く肩をパンチすると、葵は大袈裟に飛びのく。

 周りにクラスメイトがいるかもしれないので、残念ながら既に手は離している。

 しかし、さっきまで感じていた不安は気付けばどこかに消えてしまっていた。


「そういえばさ、夏帆は修学旅行の自由時間で行きたいところとかある?」


 隣を歩く幼馴染が、不意に思い出したように聞いてくる。

 修学旅行の自由時間というのは恐らく二日目のことを指しているのだろう。


 先生から聞いた話だと、かなり自由度が高いらしく、班単位で行きたいところを事前に決めておくのが良いとのことだった。

 初めての京都ということで魅力的な場所は多々あれど、その中でも一番行きたいところは実は決まっていた。


「私、稲荷神社いきたいかも」


 稲荷神社といえば「伏見稲荷大社」や「千本鳥居」などが有名で、その光景は圧巻のものだと聞いたことがある。

 だが、一番の目的はやはり恋愛成就のご利益である。


 色々な口コミを見ても、「稲荷神社のお陰で長年の片思いが叶いました!」や「恋人からプロポーズされました!」などの高評価で溢れている。

 せっかくなら告白予定の私も、そのご利益にあやかりたい。


 唯一の懸念点としては、そんな場所に男子である葵が興味があるのかどうかだが……。


「えっ、めっちゃ良いじゃん。俺も京都っぽいところ行きたいと思ってたんだわ」

「ほ、ほんとっ?」


 幸いにも幼馴染の反応は好意的だった。

 梓には既に根回し済みなので、稲荷神社に行ける可能性は高そうだ。


「逆に、葵が行きたいところとかはないの?」

「あー、色々行ってみたいけど、映画村とかは特に行ってみたいかもなぁ」

「映画村良いじゃんっ! 確か着物レンタルとかも出来るんだよねっ?」

「そうみたいだな。せっかくだし皆でレンタルしても良いかもな」


 幼馴染の着物姿、想像しただけでテンションが上がってしまう。

 もし着物姿でツーショットなんて撮れた日には、スマホの壁紙にしてしまうかもしれない。

 少なくとも間違って消したりしないようにお気に入り登録だけはするはずだ。


「梓と笹木くんにも希望を聞かないとだねっ」

「三浦にだけ聞けばいいだろ。雅也なら土産屋で木刀でも買わせておけば喜んでついてくるよ」

「そ、そういうわけにはいかないでしょ」


 とは言いつつも、ちょっとだけ「確かに」と思ってしまったのは秘密だ。


 どんどん具体的になっていく修学旅行の話に、期待で胸が膨らむ。

 それは幼馴染も同じなのか、京都のことを話す葵はいつもよりテンションが高いように見えた。


「念のために言っておくけど、自由時間だからって勝手にどっか行ったりしたら駄目だからね?」

「あのなぁ、俺を何歳児だと思ってるんだよ」

「可愛い子に誘われても、ついていかないように!」

「わ、分かってるよ。そんなことより、忘れられない修学旅行にしてくれるんだろ?」


 幼馴染の言葉に思わず足を止める。

 そう、この修学旅行はきっと忘れられないものになる。

 そして、幼馴染にとっても忘れられないものにしてみせる。


「き、期待してて!」


 振り返る幼馴染に、親指をぐっと立てる。



 修学旅行まで、あと約二週間。

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