第二章「手招き」(第一話)
程なくして。
港の近くのバーに再び男は現れた。
右手には先ほどの革の鞄を抱えて__
彼以外の人気がまるで無い大通りには、ピンク色のネオンサインだけが手招きするようにポツンと輝く。
「お客様、何にいたします?」
「あぁそうだな… ウィスキー。ソーダで割ってくれ」
店に入ると彼はコートを脱いだ。
店内のライトに彼の耳と尻尾がふわっと照らし出される。
そして、かしこまりましたと言うと店員は店の奥へと消えてしまった。
彼は店内をグルリと見回し。
カウンターに座る猫族の女性以外が居ない事を確認した上で、その彼女の横の席へとわざとらしく腰掛けた。
「随分と遅かったじゃない… ロバート、貴方らしくないわね」
ふんわりとした香水の、まるでバラのような甘い香りの彼女は、彼に__ロバートへ顔を合わせずに語りかけた。
「ああ。」
それだけ返事するとロバートは彼女にスッと何かを差し出した。
「悪趣味な財布ね、貴方のじゃぁ… なさそうね」
彼女はそう静かに呟いて、ロバートがカウンターに置いた財布をじっくり見つめた。
「ついさっき始末したターゲットのものだ、財布でもスっときゃ… ただの金目当ての殺人に見えるからな」
ロバートは財布を開いて中身を確認すると、丁寧に札だけ抜き取り、数え始めた。
「あらあら、これっぽっちじゃあ。このお店の会計すらできそうもないわね」
「まあ、そう言うなよローズ。本命はこの鞄で__」
と言いかけた時。
ちょうどロバートの飲み物が提供された。
「__ああ、ありがとう。はい、これはチップだ」
ペコリと会釈する店員に、彼は手にしていた財布の中身をそっくりそのまま彼女に渡すことにした。
「え、あ… ありがとうございます……!」
店員の女性は信じられないと言った表情でチップを受け取ると、深々とお辞儀しなおした。
「一つ頼みがあるんだが、もし良かったら少し裏に行っててくれないか? 二人の時間を過ごしたくてな」
ロバートの頼みに、店員はそそくさとバックヤードへと消えた。
「__で、ローズ。」
彼はそう語りかけて、ローズの横顔をまじまじと見つめた。
「なぁに…?」
「教えてくれ」
「何を?」
ローズもやっとロバートの方をゆっくりと振り返ると、ウットリと彼の顔を見つめた。
「あ、いや… 次の仕事は?何かあるかって聞きたかったんだ」
彼の返事にローズはつまらなそうにそっぽを向いてしまった。
「ロバート、こういう時は今の時間を大切にするのも大切なのよ?」
「ははは、美しい薔薇には棘があるってね。今日も遠慮しておくよ」
そしてロバートは顔を寄せてきたローズの鼻先にちょんと指を突き立て距離を取る。
「それにそんなに近寄るな、香水が移る」
「まぁ、香水が移っちゃダメな理由でも?」
そして彼は何も答えず。そっとグラスを手に取った。
「…まぁ良いさ、まずは乾杯から行こうか」
ローズも静かにその言葉に従った。
『乾杯』
二人だけの静かなバーに、軽やかなグラスの音が静かに響いた。
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