2-6


 その日の放課後、いつものようにルーファスはカフェでクリスたちとお茶を飲んでいた。

 体育の授業の様子を、ジェレミーはクリスに語って聞かせている。


「本当に殿下とラインハルト先輩、すごかったんだ。お互い一歩もゆずらなくて……あれが本当に熱戦って言うんだと思う」

「僕も見たかったです!」


 クリスがくやしそうに言った。

 一年生は必修授業が多いから、なかなか他の授業に顔を出すということもできないのだ。


「ラインが苦戦するなんて、ルーファス先輩すごく強いんですねっ」

「苦戦なんてしてねえよ」


 ほおづえをついたラインハルトが、面白くなさそうに言った。

 尊敬の眼差しを向けられるのは気持ちがいい。

 やはりクリスの笑顔が一番だ。


「クリス、もし良かったら私が槍の扱いを教えてやろう」

「本当ですかっ」


 ルーファスがクリスと話している一方、ジェレミーはラインハルトに対して体育の時にも見せたようなキラキラした目で、馬や槍の扱いについて聞いている。

 ラインハルトはクリスと話す時とは違ってあいの欠片もなかったが、自分の領分について聞かれると何だかんだちゃんと答え、ジェレミーは嬉しそうに聞いていた。

 ルーファスがクリスと仲を深めるのと同じように、同席しているジェレミーがラインハルトとの関係を深めるのは何もおかしくないはずなのに。


(……何なんだ。この面白くない気持ちは)


 体育の時にも覚えた感情が再びこみ上げた。

 お茶の時間が終わり、クリスとラインハルトと別れる。


「殿下、僕たちもそろそろ……」

「ジェレミー。座れ」


 席を立とうとするジェレミーを、ルーファスは制した。


「どうしたんですか?」

「お前、まさかラインハルトのことが好きなのか?」

「お、怒ってます?」

「なぜ私が怒らなければならない」

「好きですけど、あくまで人としてで、殿下を裏切ったりはしません。僕は殿下の従者ですからっ」

「そんなことは心配してない。あんなのうまで筋肉でできているような奴のどこがいいんだ?」

いちなところといいますか……不器用で人と接するのはうまくないけど、心根が温かいといいますか……」


 ジェレミーが嬉しそうに話す。

 その顔を見ると、さらに腹立たしくなった。


「もういい、だまれ!」

「気にさわったのなら、すみません。でも本当に信じてください。僕は絶対に殿下の味方ですから……」

「お前がラインハルトとどう付き合おうが、私には関係ない。むしろ、ラインハルトと積極的に付き合え。そうすれば、私がクリスと一緒にいられる時間が増えるんだからな」


 ルーファスは席を立ち、ジェレミーの呼びかけを無視して歩き出した。



*****



 ジェレミーが登校すると、生徒たちが先日のルーファスの馬上槍試合のことをうわさし合っている声があちこちから聞こえてきた。


「ラインハルト先輩相手に一歩も譲らなくて、めちゃくちゃ格好良かったの! 兜を取ってかみげる仕草もすごく良くて! 私、今日から殿下のファンになろうかなぁ!」

「分かる分かる! もう魔法が使えないとか関係ないよね! 冷めた印象があったのに……ギャップ最高!」

(もっと噂し合って、殿下のすごさを広めて!)


 ルーファスの従者であることがほこらしく、にまにまと口元が緩みそうになるのを我慢するのが大変だった。


「あ、ジェレミー君っ」


 顔を上げると、クラスメートの女子が立っていた。


(あれ。この子の顔、どこかで見覚えが……)


 前世――つまりまんの中で。


(名前は……)


 この子はジェレミー以上にモブっぽい見た目で、主要人物ではないはずだけど。


「殿下に、槍試合、格好良かったですって伝えてもらえない? あの試合を見て、すっかりファンになっちゃったの!」

「もちろん」

「お願いねっ」


 と、友人らしき子が「アメリ、何してんの。早く行こうよ」と呼びかけてくる。


(アメリ……アメリ…………あ!)

「アメリ・フラッグストン……さん?」

「え? うん、そうだけど」


 アメリはフルネームで呼ばれて少しびっくりした顔をする。

 思い出した。とある事件でがいしゃになる子だ。


「たしかれんきんじゅつせんこうしてるよね」

「そうだけど? 何か作って欲しいものとかあるの?」

「そうじゃなくて、僕の知り合いにも錬金術専攻がいるんだけど、最近、授業で作ったちんつうざいの効きが良くないって話を聞いたんだ。アメリさんは思い当たる節はある?」


 回復魔法は使い手がしょうで、誰も彼もがそのおんけいあずかれるものではない。

 そのため、通常は錬金術師が生成する薬品が使われていた。


「本当? 私もなの。だから今日あたり、先生に相談しようかなって」

「駄目!」


 ジェレミーがいきなり大きな声を出すものだからアメリは、目を大きくみはった。


「えっと……実はその知り合いが、原因をさぐるために検証をしたがっててさ。良かったらアメリさんが使ってる植物を貸してもらえないかな。先生に報告するのはそれからでもおそくないと思うから」

「別にいいけど……」

「ありがと。ごめんね。呼び止めちゃって」


 あやしさ満点の会話にアメリはまどったみたいだったけど、その日のうちに彼女が使っているハルスリーという鎮痛剤の原料となる植物を渡してもらえた。

 原作で、教師が鎮痛剤の原料となるハルスリーをやみで売りさばいているという話があった。犯人がこの異変に最初に気付いた女子生徒――アメリをくちふうじに襲い、彼女はじゅうしょうを負うことになるのだ。


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