2-7

 ジェレミーはアメリから受け取ったハルスリーをかかえながら廊下を歩いていた。


(この事件を殿下に解決してもらう? でも一刻を争うし、自分でどうにかしたほうがいいかな。殿下の人気アップには別の方法を……)


 その時、向かいからルーファスが現れた。ジェレミーは立ち止まり、頭を下げる。


「殿下、これから授業ですか?」

「ああ。……お前、複製魔法なんて使えたのか?」

「え、これがコピーだって分かるんですか!? 」


 複製魔法は属性にとらわれず、りょくがあれば習得が可能ないっぱん魔法と呼ばれるものの一つで、対象のコピーを生み出すことができるのだ。

 しかしあくまで複製できるのは外見だけ。

 たとえば生き物を複製したとしても、実際に動き出したりはしない。


「人間の目はあざむけても虫まではせない。温室を見れば分かるだろ。どれほど厳重に管理していても、葉には虫食いができる。だが、これには全くそれがない」


 まさかのどうさつ力に驚きつつ、それならばとジェレミーは事情を話す。


「……なるほどな」

「何がなるほどなんですか?」

「鎮痛剤は便利だが、使いすぎれば中毒になりうる。ぞん|症《

しょう》の連中にとってはのどから手が出るほど欲しいだろうから、かなり高額で売れる。おまけにハルスリーは育てるのに国の許可が必要だから、限られたところでしか育てられない」

「じゃあ、本物を売り払っていることをかくすためにコピーしたと?」

「おそらくな。学内を怪しまれずに動けることを考えれば、内部犯でちがいないだろう。生徒か、教師か。そのどちら共か……」

「そろそろハルスリーが成熟しきる頃です」

「ちょうどいいな。放課後、付き合え」

「はい!」


 ジェレミーたちは放課後、錬金術科の植物園にひそんだ。

 ここで授業で使われる様々な植物のさいばいが行われている。


「手はずは覚えているな?」

えんは任せてくださいっ」


 しばらくして誰かが入ってくる。その人物はまっすぐハルスリーのはちへ向かう。

 肩にげたバックから複製した植物を取り出し、入れ替え始める。


「精が出るな」


 ルーファスがものかげから出ると、その人物――錬金術科の教師がはっとした顔をする。


「これは殿下。こんな時間に何を? すでに一般生徒は帰宅している時間ですよ」


 教師は努めて平静を装っている。


「お前こそ、そんなにたくさんのハルスリーをどこへ持っていく?」

「これは……明日の授業に使うために」

「だったら、わざわざコピー品と入れ替える必要はないだろう」

「殿下、言いがかりはやめてください。これは新しいものをじゅうしただけで」

「複製魔法は確かにすぐれた魔法だ。だがそれゆえに、不自然でもある」

「何をおっしゃって……」

「植物は葉の色や形、くきの長さ、同じ種類でも一つとして同じ形のものは存在しない。だが、見ろ。お前が持ってきたハルスリーは何もかも……葉の先端が細かく波打っているところまで一緒だ。こんな不自然なことはない」


 教師は顔をゆがめ、ルーファスを睨みつけた。


「こ、この無能者が、適当なことを!!」


 教師が魔法を唱えようとしたその瞬間を狙い、ジェレミーは風魔法を放つ。

 教師はあわててかい行動を取るものの、ルーファスから注意が逸れる。

 その一瞬のすきを突いたルーファスは教師の腹めがけこぶしを叩きつけ、顎を蹴り上げた。


「ぐ、ぇ……」


 教師は白目をいて吹っ飛んだ。


(格好いい……!)


 あざやかな手並みに、つい見とれてしまう。


「馬鹿な奴だ。ジェレミー、すぐに人を呼んでこい」


 教師が闇マーケットに稀少な植物を売り払っていたというニュースはあっという間に、生徒たちの話題をさらった。

 それを解決したのがルーファスだということが、さらに注目を集めた。


(ルーファスのイメージも向上したし、事件も解決できて良かった)


 生徒の間では馬上槍試合のことがまだおくに新しい。

 原作では、ルーファスが周囲からの心ない言葉や悪評で、ぞうを募らせる姿もびょうしゃされている。ルーファスの有能さが広まれば、彼を無能者だとかげぐちを叩く人間もいなくなるはずだ。

 その日、ジェレミーは次の授業を受けるため、教室を移動していた。

 ちゅう、廊下に面した窓から何気なく外を見ると、校舎の裏手にあたるそこに見慣れた姿を見かけた。

 クリス――。

 声をかけようとしたが、彼は一人ではなかった。

 何人かの男子生徒たちと一緒にいたが、雰囲気からして友人でないのは明らかだ。

 おそらく上級生。クリスの顔には不安とおそれがあった。


「お前、ラインハルトとデキてるんだよな」

「俺たち、あいつにひどい目に遭ってるんだよ。どうしてくれるんだ?」


 クリスは、あつ的に迫る男子生徒に凄まれておびえながらも、「……ラインはやみに暴力を振るったりしません」とか細い声で言い返す。

 確かにラインハルトが実力行使に出るのはクリスを守るためか、降りかかる火の粉を払うためだけ。

 絶対に自分から相手に突っかかることはない。


「あ? 俺たちが悪いっていうのかっ」

「ラインハルトがいるからって調子にのってんじゃねえか、お前」

「ち、違います。僕はただ……」

「口答えするのかっ!?」


 男子生徒の一人がクリスの襟首を摑んだ。


「お前ら!」


 ジェレミーは三階から飛び降りると同時に、風魔法を使ってなんちゃくりくすると、さらに魔法でつちぼこりを巻き上げた。

「何だ……!?」

「ぐぁあ!? め、目がぁ……っ!」


 不意打ちを成功させたジェレミーは男子生徒たちがひるんでいる隙に、クリスの手を摑んで逃げ出す。物陰に隠れ、少しおくれて追ってくる連中をやり過ごした。

 こんな無茶なことをしたのは初めてのせいか心臓がバクバクいっている。


「クリス、平気?」

「は、はい」


 クリスはかすかに震えていた。

 ジェレミーはクリスを安心させようと抱きしめ、背中をさする。

 しばらくすると震えが収まっていく。


「あ、ありがとうございます……」


 照れくさいのか頰を赤らめたクリスが、うわづかいで見てくる。


(そんな顔を見せられたら……!)


 ジェレミーもまたクリスに落ちてしまいそうだ。

 慌ててじゃねんを払いのける。

 今はそんなことを考えてる場合ではない。


「あいつら、何なんだ?」

「……話があるって呼ばれて」

「クリスの人を疑わないところは美点かもしれないけど、もう少し警戒したほうがいいよ」

「……反省してます」

「もしかしてこれまでも同じようなことがあった?」

「これが初めてです」

「なら良かった。ラインハルト先輩は今の時間どこにいるの?」

「授業を受けているはずです」

「じゃあ、授業が終わるまで一緒に図書館で時間を潰そう」

「ジェレミー先輩、授業はだいじょうなんですか?」

「この時間は何も取ってないから、ちょうど暇を持て余してたんだよ」


 今は自分のことより、クリスを守ることが先決だ。

 さきほどの上級生と、クリスがはちわせしないとも限らない。


(さっきのことをラインハルト先輩に教えるまでは一緒にいないと)


 クリスのことだから、心配させまいと黙っている可能性もある。

 クリスも一人でいなくて済むと分かって、ほっとしているようだ。

 授業が終わるまで図書館で時間を潰すと、昼食の約束をしていたらしいラインハルトの元へ向かう。


「どうしてお前がクリスと……!」

 ジェレミー・ルーファスの手下というにんしきのせいか、殺気が満ち、右手に魔力が集約される。


「落ち着いてください、誤解です!」

「ああ? 何が誤解だって?」

「ライン、やめて! ジェレミー先輩は僕を助けてくれたんだよ!」

「助ける……? おそうの間違いだろ!」

「ちゃんと話を聞いて!」


 ラインハルトは、クリスの強い呼びかけにはっとする。

 クリスは何があったかを話すと、それまでの殺気が一変した。


「本当に平気なのか?」


 ラインハルトはまるで自分が傷つけられたかのように、今にも泣き出しそうな不安げな表情になり、「ジェレミー先輩のお陰で、何ともないよ。安心して」というクリスの返事に、さっきとは打って変わったしんな表情で、頭を下げてきた。


「クリスを守ってくれて、助かった! 感謝する!」


 ラインハルトは絶対に頭を下げるような人じゃないのに。


「や、やめてください。当然のことをしたまでですから!」


 ジェレミーのほうが慌ててしまう。

 ラインハルトは顔を上げると、ふっと表情を緩めた。

 クリス以外の誰にも笑顔を見せないはずのラインハルトが、微笑むなんて。


「ラインハルトでいい。それからかたくるしい口調もやめろ」

「でも」

「いいから、タメ口で構わねえよ」

「ラインって呼ぶのは……?」

「調子にのるな」

「……ラ、ラインハルト」


 呼び慣れないせいでずかしいが、前世の推しとそういう関係性になれたことが嬉しい。夢みたいだ。


「せっかくだ。昼飯をおごってやる」

「二人の邪魔になるんじゃない……?」

「そんなことありません。一緒に食べましょっ」

「邪魔なわけないだろ」

(うわあ……推しカップルと一緒に食事とか……!)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る