1-4

 ジェレミーがしきに戻ると、メイドが「旦那様がお呼びでございます」と言うので、書斎へ向かう。


「どういうことか説明しろ」

「何のことでしょうか」

「あの無能者とえんを切るという話はどうなった? 会っていなかったととぼけるなよ。お前が王家の馬車に乗ってきたとバルセットが言ってきたぞ」


 あのチクリ屋め。


「考え直したんです。要するに殿下が問題を起こさなければいいんですよね。従者としてできることはまだあると思ったんです」

「変われるはずがないだろう。無能者で、王家の汚点だぞ」

「父上、それはいくら何でも不敬ではありませんかっ」

「不敬でなく、事実だ。まったく陛下にも困ったものだ。ともすればあの無能者を王太子殿下よりも可愛がっている節さえある……。不出来な子ほど可愛いとは言うが、国王がそれでは先が思いやられる」


 オイラスはうんざりだと言わんばかりに溜息をつく。


「お話が以上なら……」

「次に問題を起こせば、かんどうする。心しておけ。これは脅しではないぞ!」

「失礼します」

(何が勘当だ。これまで親らしいことなんてしたこともないくせに偉そうにっ)


 部屋に戻ると、ベッドに仰向けで寝転がる。ルーファスを断罪の結末から救いたいという気持ちはあのお茶会の出来事で一層、強くなった。

 魔法が使えないのはルーファスの責任じゃない。

 ルーファスこそ、幸せになって欲しいし、ならなきゃおかしい。


(大丈夫。最悪の結末はきっと回避できる。殿下は元々ひねくれた人間じゃなかったんだから……)


 これまでずっと一緒に過ごしてきたからこそ、分かる。

 ジェレミーは初めて出会った日のことを思い返した。

 ジェレミーが八歳の時、王宮に呼ばれた。

 この日、十三歳になるレイヴンの従者が選ばれることになっていた。

 男爵家の人間が選ばれるはずもなかったが、王妃が我が子の従者を決めるしきせいだいなものにしたくて、上は公爵から下は一代貴族まで全ての貴族のていが集められたのだ。

 バルセットはほどらずにも、自分のことを売り込んだ。

 結果、上級貴族の子弟たちからさんざんとうされ、ちょうしょうの的になった。

 バルセットは仮にも男爵家のこうけいしゃであり、大事に育てられていた。

 自尊心の高い彼が大勢の前でけなされ、耐えられるはずもない。

 その怒りのほこ先がジェレミーに向くのは当然の成り行きだった。

 昔から父親に𠮟しかられた時、家庭教師からの評価がかんばしくなかった時、いつでも不満のぐちにされてきたのだから。

 お陰でジェレミーは生傷やあざが絶えなかった。

 その日も、そうだった。

 ジェレミーは王宮の庭の片隅に引きずられると、なぐられ、られた。


『何で、俺があんな連中に笑われなきゃならないんだ!?』

『ごめんなさい、ごめんなさい……!』

『うるせえっ! しゃべるな!』


 ジェレミーにできるのはあらしのような暴力が終わるのを待つことだけ。


『――おい』


 その時、兄とは違う声を聞いた。

 ジェレミーはしばし痛みも忘れ、とつぜん現れた少年に目をうばわれた。

 金髪へきがんに色白で、まるで人形かとさっかくしてしまいそうなくらい綺麗な子。

 少年はその美しさとは裏腹に、あざけるように口元を歪めた。


『自分より弱い奴しか相手にできないのか。つまらない奴』

『何だとっ!?』


 襲いかかってきたバルセットを足を引っかけて転ばせると、馬乗りになって、めちゃくちゃに殴りつけた。

 少年はバルセットよりもがらで細かったのに。

 兄がやられる一部始終を、ジェレミーはぼうぜんと眺めた。

 バルセットは最後には泣き出し、『ごめんなさい、ごめんなさい……っ』とふるえた。


『二度とこんなことをするな。また見かけたら、今度はこれじゃすまないからなっ!』


 バルセットはふらつきながら逃げていった。

 少年はジェレミーに近づき、『平気か?』と手を差し出してきた。土で汚れた手で握っていいものかしゅんじゅんしていると、手をつかまれ、抱き起こされた。


『……あ、ありがとう』

『名前は?』

『ランドルフ男爵家のジェレミー……』

『私はルーファスだ』

『ルーファスってすごく強いんだね!』


 ジェレミーがキラキラした目で見れば、ルーファスは頰をうっすら染めて、『べ、別にあれくらいどうってことない』と目をらしながら言った。


『……ところであいつは何だ? 知り合いか?』

『兄上なんだ。あ、お母様が違うんだけど』


 ルーファスは『似てるな』とぽつりとつぶやく。


『え?』

『何でもない。ジェレミー、お前は弱いから、守ってやる。お前はこれから私に仕えろ。従者第一号だ!』

『ジュウシャ……?』

『私の家し……いや、と、友だちだ!』

『本当に!? 友だちになってくれるの!? 嬉しい! 友だちなんて、初めてだよっ!』


 ジェレミーは無邪気に喜んだ。


『友だち、いないのか』

『僕は、メイドの子だから……』

『安心しろ。これからは私が友だ。友はどんなことがあってもずっと一緒なんだぞ。分かったな』

『うん!』


 頭をでられたことが嬉しくて、ジェレミーは泣き笑いの表情を浮かべた。


『ジェレミーは泣き虫だな』

『えへへ、ごめん』


 それが、ルーファスとの出会い。

 ルーファスがゆうかんで優しかったからこそ、知り合えた。心を通わせられた。

 あの頃の彼は悪役とは無縁だった。

 どこで道を間違ってしまったのだろう。




*****



 ルーファスは自分の無力さ、なさに、やり場のない怒りを覚え、奥歯を噛みしめる。


(たかが魔法が使えないくらいで、あんな奴に好き勝手にされなきゃならないなんて!)


 つめが食い込むくらい、強く強くこぶしを握り込んだ。

 世界に魔法なんてなければ――子どもの頃から何度そう思ったか分からない。

 ほんだなには十冊以上の魔法に関するしょせきがあった。

 どれもこれもページが擦り切れ、表紙もボロボロで細かなしゅうぜんあとがある。

 何度もり返し読み、じっせんした。しかし結局、魔法を使うことはかなわなかった。

 何度も捨てようと思ったが、できなかった。 

 しんけんに打ち込んでいたあの頃の自分まで否定してしまうような気がしたのだ。


「クソッ」


 声が寒々しく響いた。


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