1-3


 放課後、ルーファスと合流したジェレミーが一年生の教室に顔を出すと、クリスはかえたくをしているところだった。これから遊びに出る生徒たちも多いというのに、クリスは一人だった。


(クリスはクラスで|孤《こ)|立《りつ)してるんだよな)


 クリスが同級生から出自のせいでいじめられている現場に出くわしたラインハルトがおどしつけて、やめさせたのだ。だが、学校中からおそれられているラインハルトとクリスが親しいことを知った、いじめとは直接関わり合いのない生徒にまで遠巻きにされて今に至る。

 ラインハルトはクリスをいじめから救ったものの、孤立させてしまったのだ。

 ラインハルトがやったことは何もちがっていないからこそ、やるせない。

 何よりクリスはその事実をラインハルトにかくして、一人でずっとえているのだ。

 と、クリスがジェレミーたちに気付く。


「お二人とも、どうされたんですか?」

「クリス、今日はこれから予定はあるか?」


 アドバイス通り、ルーファスはていねいもの)|腰《ごしたずねる。


「特にはありませんが」

「それなら私と、王宮でお茶を飲まないか?」

「王宮? 学校にもカフェはありますよ?」

「初めて一緒にティータイムを過ごすんだ。カフェよりももっと静かな場所で飲みたい」

「分かりました。招待してもらえるなんて嬉しいですっ!」


 クリスがじゃ微笑ほほえめば、ルーファスは嬉しそうに目を細めた。


「おい、お前ら! またクリスに何かしようとしてるのか!」


 振り返るとラインハルトがいた。

 ルーファスは平然として、まゆひとつ動かさない。


「人聞きの悪いことを言うな。私はクリスをお茶に誘っただけだ」

「どうせ茶にすいみんやくでも仕込んで、手めにしようと思ってるんだろ!」

「そんなこと考えたこともない」

(原作ではするんだよね……)


 もちろんラインハルトのよこやりで失敗するが。


「そんなに心配なら、お前も来ればいい」

「……何をたくらんでいやがる」


 普段のルーファスならそんなことを言うはずがないのだから、疑うのは当然だ。


「お前が心配そうだから気をかせてやったのに、とんでもない言いがかりだな。来たくなければ来なければいい。いはしない」

「ライン、ルーファス先輩がこう言ってくれてるんだから、悪いことなんて考えてるはずがないよ」

「……何かあったらすぐに帰るからな」


 馬車の中でラインハルトはまさしくひめを守る騎士よろしく、クリスとしっかりこいびとつなぎで手をにぎり、いつでも自分がたてになる準備は万全だった。


(本当にクリスは愛されてるな)


 推しカップルの姿に表情が緩んだ。

 王宮にとうちゃくすると、ルーファスはメイドにお茶のたくを命じる。

 庭園を眺められる場所にテーブルにけのパラソルが用意された。ジェレミーがいつものようにルーファスの分のお茶をれる。

 ルーファスは熱めが好きで、はちみつを垂らすのを好む。


「クリス。学校にはもう慣れたか?」

「まだ完全には……」

「親しい友人は?」

「……いません。でもラインがいてくれますし、寂しくありません」


 ラインハルトは嬉しそうだ。


(ごちそうさまです……!)


 こうして推しと一緒にお茶を飲めるなんて最高だ。

 このままなごやかにお茶会が終わっていくだろうと思われたその時。


「――にぎやかだと思ったら、茶会か?」


 その声に、クリスの話を嬉しそうに聞いていたルーファスの笑顔がこわった。

 従者たちと一緒に現れたのは、ルーファスより短いブロンドに、はく色の瞳を持つ青年。

 目元がルーファスに似ているが、男ぶりはかなりおとる。

 王太子のレイヴン・ウラヌス・サドキエル。

 こうしゃく出身のおうジャクリーンを母に持つ、三つ年上の異母兄だ。

 原作では立派な人物として描かれているが、ジェレミーが知る限り、自分の立場をかさに着て弱者をいたぶるサディストだ。

 ルーファスが立ち上がった。

 ジェレミーたちもそれに続き、最敬礼をした。


「……王太子殿下、ごげんうるわしく……」


 ルーファスが言った。


「無能者。お前は生きているだけで王家のめいけがしているというのに、のんなものだな」

「……申し訳ございません」

(どうしてそんなひどいことを!)


 ジェレミーはくやしさにおくみしめた。しかし軽率な行動を起こせば、ルーファスにしわ寄せがいってしまう。


「まあいい。久しぶりに会えたんだ。魔法のけいをつけてやる」

「ありがとうございます」

「――トール。相手をしてやれ」

「はい、殿下」


 トール・ジリング。ジリング伯爵家のちゃくなんで、レイヴンの従者の一人。

 じりに泣きぼくろのついた甘い顔立ちのトールはいくつも金の指輪をはめた右手を突き出し「水球!」とさけべば、その体が青白く輝く。

 すさまじい速度で放たれた水のかたまりがルーファスを吹き飛ばす。


「ぐ……!」

「殿下!」


 ジェレミーは、吹き飛ぶルーファスを支える。風魔法のしょうへきを展開し、あやうくへいに体を打ちつけそうになるのをぎりぎりで食い止めた。


「ハハハ! 無能な主人を守るとはけなな従者だな!」


 レイヴンと従者たちが声を上げて笑う。


「今日は機嫌がいいから、これくらいで許してやる。せいぜい茶会を楽しめ、無能者!」


 レイヴンが去り際にテーブルをたおせば、茶器が地面に散乱した。


「殿下、平気ですか!?」


 ジェレミーが呼びかけると、ルーファスは肩で息をする。


「余計なことを……」

「すみません」

「クリス。こちらから誘っておいて悪いが、また日を改めさせてくれ」

「い、今のは……」


 クリスは顔をくしゃっとゆがめた。


「そんな顔をするな。いつものことだ」

「国王陛下にお伝えするべきではありませんか!? いくら王太子殿下でも今のは……!」

「こんなことで公務でおいそがしい父上をわずらわせられない。――二人を見送れ」

「お二人とも、こちらです」


 メイドがクリスたちをうながす。


「行くぞ。俺たちにできることはない」

「でも!」

「クリス、心配してくれてありがとう。その気持ちだけで十分だから」


 ジェレミーは心配をかけまいと、泣き顔のクリスに笑いかける。


「……わ、分かりました……。失礼します、また学校で」


 クリスたちがいなくなると、ルーファスはジェレミーをいきなりげてくる。


「わっ!?」

「暴れるな」

「い、いきなり抱き上げられたら、誰だって暴れますよ! 下ろしてください……!」

「私を支えた時、足をひねっただろう」

「そんなことは……。うっ」


 右足首にれられると、思わず声が出てしまう。


にんが文句を言うな」

「殿下も一緒じゃないですか!」

「別に歩くのに支障はない」


 ルーファスは、ジェレミーを抱き上げたまま歩き出す。


(うう、ずかしすぎる……)


 がっちり抱えられてしまっているので、ジェレミーはていこうあきらめた。

 ルーファスはジェレミーを自室へ連れていくと、に座らせる。

 しばらくしてきゅうていがやってくると、ルーファスが水魔法を受けてあおあざのできたわきばら、ジェレミーのひねった足首を回復魔法で治してくれた。

 れた制服も、メイドが魔法でかわかしてくれる。


「お前ももう帰れ」


 ルーファスにとってレイヴンはきょうの対象だ。あんな目に遭って精神的にもつらいはず。

 今は一人にしたくなかった。


「ですが……っ」

「帰れ、と言ったのが聞こえなかったのか」

「……失礼します」


 しつこくして機嫌を損ねては元も子もない。引き下がるしかなかった。


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