1-2

 学校のかたすみにあるさびれた温室に、ルーファスはいた。

 彼はいつものように、青々としげったしばあおけにそべっている。

 授業がない時やサボる時には、たいていここで過ごしていた。

 かたにかかるほどにばしたくもりのないサラサラのきんぱつに、たんせいで甘いマスクの美青年。

 均整の取れた体つきに長い手足、百八十センチの八頭身。


(絵よりも実物のほうが綺麗だ……)

「何を見ている」


 ルーファスは目を閉じたまま言った。


「あ、起きてたんですね。実は、殿下に聞いて欲しい話がありまして」

「……何だ」


 ルーファスがおっくうそうに目を開け、上体を起こす。

 つり上がった切れ長の瞳は、げんそうてきなまでに美しい青。

 この世界には様々な色の瞳の人間がいるが、これほどにんだ色を知らない。

 手切れをするだけ。簡単なことだ。

 そう考えていたはずなのに、いざルーファスを前にすると言葉がうまく出ない。

 子どもの頃、やさしい言葉をかけてくれたのも、やわらかながおを見せてくれたのも、色んなことを教えてくれたのも、全部、ルーファスだ。

 ジェレミーの中で彼は単なる悪役という記号以上の存在。

 だれにもかえりみられなかったジェレミーに希望をくれた、憧れの人。

 ルーファスがいなかったら、今のジェレミーはいない。

 原作にえがかれてはいないが、そういう人生を歩んでいたからこそ、ジェレミーは彼に従い、さいを共にした。たとえルーファスに体良く使われていると分かっていても、彼のために何かをしたかったのだ。


(……前世の記憶や知識がある今なら、原作の結末を回避できるかもしれない)


 そんな考えが不意にかんできたのは当然のこととも言えた。

 かつて、ルーファスに救われた。今度はジェレミーが救う番だ。

 このままめつすると知って見て見ぬふりをしたくない。

 そのためにまずすべきは、悪役ムーブをきょうせいすることだ。


「おい、何をだまってる」


 ルーファスがげんな声を出す。

 ジェレミーが顔を上げ、ルーファスの瞳をじっと見つめると、まどった顔をする。


「クリスへの接し方を変えませんか? このままごういんせまっても、クリスは絶対なびきませんし、ラインハルト先輩とクリスの距離がますます近くなるだけだと思うんです。やたらとえらそうな殿下の対応はかなり印象が悪いですし」

「クリスにふさわ応しいのは私だと教えてやっていることのどこが印象が悪いんだ」

「もし本当にそのつもりで接しているのでしたら、残念ながらクリスには全く伝わっていません。それとも殿下はこのままのやり方で、クリスの心が手に入ると本気で考えているんですか?」

「従者の分際で、主人に意見するのか?」

「従者だから意見するんです。このままクリスを手に入れられなくてもいいんですか!?」


 こうして真っ向から意見を言えるのは、前世の意識のおかげだ。ルーファスにただ従順なままのジェレミーだったら、とてもルーファスのあくちは防げない。

 ルーファスはかいそうににらんできたが、反論はしてこなかった。


「……考えがあるなら聞いてやる」

「お茶を飲みましょう」

「馬鹿にしてるのか?」

「それが一番の近道なんです。下手な小細工をやめて、おだやかに交流し、少しずつ仲を深めていくんです」

「ラインハルトはどうする。クリスをさそえば、あいつもついてくるぞ。あいつさえいなければ、そもそも強引な手を使う必要もない」

「ラインハルト先輩にも同席してもらいます」

じゃしてくるに決まってるぞ」

「だと思います。でもラインハルト先輩が仮に何を言っても、クリスは殿下からの誘いを受けてくれますよ。優しいですから。ラインハルト先輩が邪魔したくても、クリスは絶対にそれを許しません」

「……クリスは、ラインハルトの言いなりじゃないのか?」

「逆です。逆らえないのは、ラインハルト先輩です。クリスにれ抜いていますからね。殿下と同じなんです」

「あてになるかどうか分からないが、ためしてやる。だがうまくいかなければ、これまで通りのやり方でいくからな」

「それじゃあ、練習をしましょう。僕をクリスだと思ってください」

「お前がクリスのように愛くるしいわけでもないのに、か?」

「……それは誰より僕が一番分かってます。あくまで練習ですので、そういう想定でお願いします」

「仕方がない」


 ジェレミーたちは温室内にあるふんすいに移動すると、ふちこしかけて向かい合う。


「――ルーファス先輩、お誘いいただきありがとうございます!」

「よく来たな。今日はロイヤルガーデンより取り寄せた茶葉で作ったミルクティーを飲ませてやろう。子爵程度ではとても飲めないだろうから、しっかり味わえ――」

「ひけらかすことは言わないでください。下品です!」

「本当のことを言っているだけだ。そもそも王家の領地でなければ採れない貴重な茶葉だ」

「目的がまんならそれで構いませんが、殿下はクリスの心を手に入れたいんですよね? お茶の種類なんて何でもいいんです。大切なのは会話の中身ですから。今日は学校で何をしたとか、友人はできたのかとか。そういう世間話から始めましょう。うでや足を組んだり、相手を蔑むようなまなしはひかえてください。つうに座って何気ない世間話をする。殿下は容姿に恵まれていますし、気品だってあります。普通に接するだけでも人目をきます。僕をクリスだと思って、『今日はお茶を一緒に飲めてうれしい』と優しく言ってみてください」

「優しく? クリスはあの粗野なラインハルトと一緒にいるんだぞ。クリスはそういう男が好きなんじゃ……」

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!」

「そのためいきは何だ!」

「ぜんぜん分かってませんねっ。いいですか? 大事なのはギャップなんです。他人に対して敵意き出しのラインハルト先輩がクリスの前ではとろけるような甘い顔をするんです! そういうギャップで、人は恋に落ちるし、ときめくものなんです!」


 他人には見せない表情を見せてくれるからこそ、相手にとって自分が特別なのだと自覚することができるのだ。尊大な男がまんま尊大に振るったら、嫌な奴で終わり。

 りょくなんてない。もう二度と会いたくないだろう。

 ルーファスはせきばらいをする。


「――今日はお前とお茶ができて嬉しい」


 ルーファスがまぶしいくらいの笑顔を見せると、どうが大きく跳ねた。周囲にキラキラした光が見える。さすがの美形。笑顔までこうごうしい。


(イケメンすぎて、眩しい……!)

「これでいいのか?」


ルーファスはすぐに笑顔を引っ込めた。


かんぺきですっ。それを続けられるのなら、クリスの心はもらったも同然ですよ!」

「簡単だな」


 ルーファスはじょうげんにうそぶく。


(残念ながらクリスの心はラインハルト先輩のものなんです。どれだけ殿下が努力してもえられないほど、二人のきずなは山のように高く、海のように深いんです)

「ひとまず提案できるのは、これくらいです」

「一応、試すだけ試してやる」

「ありがとうございます」

「それにしても、今日はやけにじょうぜつじゃないか。だんは自分から話すことなんてないくせに」

「少しでも殿下のお役に立ちたくて……」


 確かにこれまでのジェレミーは自分の意見を言うことなどなかった。

 しんがられたかと身構えるも、ルーファスはそれ以上、っ込んではこなかった。

 ルーファスと別れると、ジェレミーは原作内容を思い返す。

 原作通りに進めば、ルーファスがクリスに告白するのは秋のしゅりょうさいが終わった後。

 狩猟祭でラインハルトを傷つけられたクリスはいかりに駆られ、完全にルーファスをきょぜつした。絶望したルーファスの心のすきを、古代のどうしょに利用されて身も心もじゃあくに染まり、

最終的にかくせいしたクリスの力の前に破れる。

 狩猟祭まで半年もある。それまでにルーファスの悪役ムーブの矯正とへいこうして、クリスに告白を断られても悪堕ちしないだけのかんきょうを作るのだ。

 悪堕ちした理由の一つが、ルーファスにとってクリスしかまともに接してくれる人がいなかったせいで、強くぞんしたことだ。

 原作知識を使ってルーファスに功績を積ませ、周囲から一目置かれる存在にすることができれば、クリスへの依存も減り、告白を断られた際に受けるダメージをおさえられるはず。


(やれるだけのことをやろう!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る