第二章 誕生日

2-1

 ある日の昼休み、ルーファスがとつぜん教室にやってきた。


のうしゃがどうして……」

「聞こえているぞ」


 ルーファスが冷ややかに言えば、口をすべらせてしまった生徒は顔を青くした。

 無能者であろうが、相手は王族だ。

 いち貴族のていじょくしていいことにはならない。


「も、申し訳ございません……で、殿でん……」

「お前、名は?」

「……」

「どうした。名無しじゃないだろう」

「シ、シラー・セイラム……と申します」

「セイラム……しゃくか。銀行を営んでいたな。確か営業許可のこうしんは間もなくか。覚えておく」

「殿下、お許しください……!」

「口はわざわいの元だ。一生いるんだな。お前の余計な一言が、自分の家をつぶすんだ」


 ルーファスは口元に悪役王子らしいみをかべると、シラーのこんがんを無視してジェレミーに「行くぞ」とあごをしゃくった。

 ジェレミーはぼうぜんしつのシラーを気にしつつ、ルーファスとかたを並べて歩く。


「どうしていらっしゃったんですか?」

「早く授業が終わったからむかえにきてやっただけだ」

「そうですか……」

「何だ、言いたいことでもあるのか?」

「シラーのことですが、あいつは殿下が気にするほどの人間なんかじゃありません。だから……」

(あんなやつのせいで、ルーファスの評判が悪くなるのは困る!)

「あんな小者にいちいち何かをするつもりはない。ただのおどしだ。馬鹿にはいい薬になるだろう。たとえほうが使えなくても、あんな奴にあなどられる筋合いはない」


 本気じゃなくて安心したジェレミーは、胸をろした。


「ところでクリスとの仲を深めるのにいい案があるんですが」

「言ってみろ」


 クリスに友人がいないことを、その原因もふくめて話す。

「どうにかクラスにませる手伝いができればな、と。もし殿下がちからえすれば、クリスは感謝すると思いますっ」


 それだけじゃない。クラスで浮いていることが原因でトラブルに巻き込まれるというエピソードが原作にあり、それをきっかけにラインハルトとの仲が一時的にこじれてしまう。

 もちろん最終的には元さやで解決するが、苦しむ経験はしないほうがいいに決まっている。

 カフェにとうちゃくすると、すでにクリスとラインハルトが待っていた。

 二人は今にもキスをしそうなくらい近いきょだんしょう中だ。


(尊……っ!)


 しと、その推しが愛してやまない主人公。このツーショットは、一生見ていられる。

 スマホがあればさつえいして、いつまでも残しておきたいところだ。


「待たせたな」


 ルーファスはその空間に、いっしゅんちゅうちょもなくみ込んだ。

 それまでの幸せながおうそのように、ラインハルトがルーファスをにらんだ。

 しかしルーファスはすずしい顔で受け流すと、店員に紅茶を注文をする。

 品が届くと、ルーファスは口を開く。


「クリス。クラスに馴染めていないと聞いた。もし良ければ手を貸そう」


 ラインハルトの目つきがするどさを増した。


「余計なことをするな。だいたい、クラスの連中は――」

「事情は分かっている。お前がクリスを守ったんだろう。それはしょうさんあたいする。無論、クリスが望まないのなら何もしないが、学生生活はあっという間に過ぎ去る。もし仲良くなりたいクラスメートがいるのなら手を貸そう。めいわくであれば、この話は聞かなかったことにしてくれて構わない」


 クリスはちらりとラインハルトを見た。


「まさか、いるのか」

「……うん」

「お前がいじめられていた時に何もせず、見て見ぬふりをしてた連中だろ。そんな奴らと仲良くなりたいのか!?」


 ラインハルトのいかりも理解できるが、だれもがラインハルトのような強さを持っているわけではない。


「みんなの気持ちも分かるんだ。僕も、いんでいじめられてる子がいたけど、見て見ぬふりをしちゃったから……」


 クリスは今にも泣き出してしまいそうな顔で言った。


じょうきょうちがうだろ。孤児院じゃ自分の身は自分で守るしかないんだ」

「教室だってそうだよ。それぞれ家のこともあるし、付き合いもある。僕をいじめていたのははくしゃくの人で、教室では一番高い地位にあったんだ。僕をかばったらどうなるか」

「クリス……」

「ルーファスせんぱい、お願いしてもいいですか?」


 ラインハルトはしかめつらのまま、「勝手にしろ!」と席を立ってしまう。


「あ、ライン……」


 クリスは引き留めようと手をばすが、ラインハルトはそれをけ、歩き去ってしまう。

 ジェレミーは、クリスの肩をやさしくたたく。


「心配いらないよ。ラインハルト先輩はおこってるわけじゃないから」


 ただ、自分のなさが腹立たしいのだろう。

 いじめは解決できたが、そのせいでクリスがクラスで浮いてしまっているという事実に。

 そしてそれをどうにもできない自分に。


「感謝してるんです。ラインはいつもそばにいて、僕を守ってくれるから」

「クリスのその気持ち、しっかり伝わってるよ」

「……そうでしょうか」

「うん、絶対に」


 クリスは泣き笑いの顔をする。


「ジェレミー先輩、まるでラインの気持ちが分かるみたいですね」

「知った風な口をきすぎたかな。ごめん」


 クリスは首を横にる。


「いいえ。ラインのことを理解してくれる人が増えるのはうれしいです。僕以外の人とはなかなか交流しようとしないから」

「あいつもいい大人だ。頭が冷えたらすぐもどってくる。放課後に、ここで茶会を開こう」


 ルーファスが言った。


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