本作の主人公は大学生の流藤洪作。彼が遭遇するのは『キャンパス殺人事件』『寺石荘事件』『橋上にて消失』『五十円玉二十枚の物語』に表題作の『モラトリアムGAME』を加えた五つの不可解な事件。
『キャンパス殺人事件』
第1編ではキャンパス内で発生した殺人事件のホワットダニットを描きます。被害者の広瀬隆夫が殺害された現場にはちょっとした違和感が複数見受けられ、推理は加速していきます。果たして犯人は誰なのか?
「その発言にそんな意味が!」と伏線回収の妙味が味わえます。殺人現場の不自然性がスルスルと有機的に繋がっていく心地よさ。拍手。
『寺石荘事件』
梅崎哲也が誰も知る由もない場所に隠していた原稿用紙。しかし犯人は隠し場所の段ボール箱へと直行し、犯行は短時間で済まされたものと見られる。果たして誰がどうやってそんなことをしたのか?
ハウダニットと表現すべきなのかホワイダニットと表現すべきなのか分かりませんが、第2編においても謎を少しずつ明らかにしていきながら読者を真相へと導いていく手腕は健在。
『橋上にて消失』
舞台は京都・嵐山にある、かの有名な渡月橋。石崎綾葉が怪しい人物・須賀を追っていると、彼は渡月橋を北から渡っていった。そのまま彼は渡りきったかに思われたが……橋の南側の目撃者たちは「そんな男は通らなかった」と証言。橋は密室の謎と化す、という内容です。
驚きと納得のコンボという点で本編が出色の出来だと思います。読んでから1年半以上経っている気がしますが、これを読んで「まさか!」と膝を打ったときの感覚は今でも忘れられません。謎が明快で分かりやすいだけでなく、明かされる真相までも秀逸な名編です。
『五十円玉二十枚の物語』
第4編は有名な「五十円玉二十枚の謎」をテーマとした一編。本家に忠実に、五十円玉二十枚を千円札に毎週両替しに来る謎の男を描きます。
この謎は公募アンソロジーとして刊行され、数多の“解答”が発表されました。しかし本編で明かされる“解答”は、使い古されたこの謎に対する新機軸の提示だと思います。お見事でした。
『モラトリアムGAME』
第5編にして最終編となる本編では、馬原進太郎が大学内で登志谷を殺害する倒叙を描きます。
本編の見所は主に三つ。
第一に、倒叙において重要となる「犯人を疑うきっかけ」の論理。本編に登場するロジックは非常に秀逸です。
というのも、僕はロジックの手がかり(本来ならありえないような矛盾)には二種類あると考えていまして、一つ目が「読者がその手がかりを大して重要でないと思って気に留めない」パターン。二つ目が「読者はその手がかりを明確に認識しているものの、『そうあることが当たり前』と思い込んでスルーしてしまう」パターンです。
個人的には一つ目よりも二つ目のほうがエレガントだと思います。読者の盲点を突いているという点でより優れているからです。
本編に登場するロジックはまさしく二つ目のほう。完全な盲点から飛び出してくる違和感、そこから導かれる矛盾に驚かされること必至です。
第二に、秒刻みの凄まじい論理の応酬。「こういう可能性もあるじゃないか」という(犯人である)馬原の突っ込みに対し、洪作は論理をもとに徹底的に潰していきます。その執念は目を見張るものがあります。
並の読者だと難解すぎて置いていかれるかもしれません。僕も正直途中で何が何だか分からなくなってきました(笑)。でも論理に入り浸っている快感は本格ミステリならではのもの。「お前、舐めてんじゃねぇぞ。俺なら置いていかれねぇよ」という自信のある方、是非読んでみてください(笑)
第三に、連作短編の最終話としてふさわしいカタストロフィです。ここまでの四編が意味していたもの。衝撃の事実が明らかとなります。
あとはネタバレになるので言えませんが、仔細なロジックのみならず、意外な展開が盛りだくさんとなっています。
鮎崎様のもっとも思い入れの強い作品とのことで、大変力のこもった一編となっています。
本格ミステリの醍醐味であるロジック・トリック・どんでん返しを余すところなく味わわせてくれる、素晴らしい力作です!