第14話 「アイツが憎くて、憎くてたまらない」
「わっ! な、なんだ? どうしてバレた?」
顔を上げたその子は、いつも瀬乃に呪いの依頼をしに通っている男の子だった。
「俺は耳がいいんだ。君の忍び足くらいすぐにわかるよ。さあ、こちらへ座って。お茶をどうぞ」
千隼に促されて、座った少年は湯呑みの中の紅色の見慣れないお茶に、興味深々といった様子だった。
「西華国のお茶だよ」
「西華国の? すげぇー」
目を輝かせ、それから少年はルピカをちらりと何度か気まずそうにのぞき見た。
「なあに?」
ルピカが尋ねると、少年は驚いた小動物のように体を跳ねさせた。
「あっ、あんた。噂の白珠……さんだろ?」
「噂?」
少年はうなずく。
「西島家の危機を救ったっていう。指先一つであらゆる呪いを遠ざけるすご腕の女術師」
斜め上を見上げてルピカは「指先一つというのは、瀬乃のことでは?」と思いつつも、訂正するのが面倒でうなずいてみせた。
「やっぱり! 母さんも噂してた。女なのに、すごいわねって」
「そっ、そう?」
褒められてルピカはうれしくなる。顔がにやけてしまうのをなんとか引き締めようと、小さくせき払いした。
「君、名前はなんていうの?」
「
ふうん、とルピカは言ってから「もしかして」と思考を巡らせた。
「もしかして、わたしに何かお願い事があるの?」
「すげぇ! どうしてわかったの? それも何かの力?」
「まあね」
ルピカは調子にのっていた。誰かに褒められることも、良いことで噂されるのも、とても気持ちが良かったのだ。
「瀬乃先生は、おれの言うこと聞いてくれないんだ。だから、お願い! おれを助けてよ」
「いいよ」と即答してから、ルピカは顔色を青くした。
──ガキがガキを呪い殺したいとか、問題でしょ。
いつぞや流加が言っていた、朔の依頼は誰かを呪い殺すこと。それを、ルピカに依頼しようとしている。
まずい。急いで断らないと。
ルピカは焦った。けれども、朔は跳びはねて大喜びして回っている。
「やった! やっぱり、白珠さんは女神の化身なんだ!」
「めっ、めがみのけしん?」
その言葉のまぶしさに、ルピカは射抜かれてしまった。
「朔とやら。今夜、夢の中で会おうぞ」
「夢? 眠った時にみる夢のこと?」
「そう。わらわは、夢をわたれるのじゃ」
「え、それって大丈夫なの? だって、女の人って夢の中で呪いをかけてくるんだろ? あ、わかった。アイツの夢の中に行って、呪いをかけるってことだね。流石だね!」
朔は一人でぷつぷつ言っていたが、都合の良い解釈を導きだして、納得したようだった。
「誰にも言ってはだめよ。誰かにこのことをバラしたら……」
「わかるよ。バラしたら、あれだろ? 頭の毛が全部抜ける!」
「そう! それ!」
千隼が横でぷっと吹き出した。
「そういうことだから。今日はもうお帰り」
「わかった」
朔はうなずいてから辺りを見回し、小声で「また、夢の中でね」と言った。
朔が出て行ったあと、ルピカは千隼を振り返った。
「どうしよう。すごく調子にのってあんなこと言っちゃった」
「瀬乃に相談する?」
「でも」
瀬乃が知ったら、どう思われるだろうか。ルピカは机に突っ伏して、頭をゴツンと打ちつける。
「ルピカは、誰かを呪い殺せるの?」
千隼の質問に首を横に振る。
「わたしが出来るのは、守護の術だけ。誰かを呪うっていうのは、自分も呪われる強い覚悟がないと出来ないんだよ。悪いことっていうのは、何だってそう。自分も同じ立場なんだってことを自覚していないと、どんどん堕ちていく」
「じゃあ、大丈夫。瀬乃だって言ってたじゃないか。呪ったふりをして、彼を満足させてあげれば」
「でも、朔は誰かを呪い殺したいって」
「本当にそうかな?」
「え?」
「俺は、少ししか話を聞いていないからわからないけれど。俺は、彼のことがわかる気がするんだ」
千隼はくるりと背を向ける。
「アイツが憎くて、憎くてたまらない。そんな風に思ってしまう自分が、この世で一番汚くて、恐ろしいんだ」
「……千隼?」
千隼の背中が暗い方へ傾いたような気がして、ルピカは思わず手を伸ばした。
「だからね、ルピカと白珠」
ルピカの指が触れる前に、千隼は振り返って微笑んだ。
「俺は、彼の話を聞いてあげて欲しいと思ってる」
ルピカはうなずく。同時に虚しさに襲われる。
ルピカは何も知らない。千隼のことも、流加のことも、瀬乃のことだって。それから白珠のことも、知っているようで、まだ何も知らないのだ。
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