第7話

 翌朝、アルベールは驚くほど爽快な目覚めを迎えた。

 あの薬に副作用はなく、むしろ疲労すら感じない。

 リラの薬の驚異的な効果に、アルベールは改めて舌を巻いた。

 そこへ、いつもの小鳥が飛んでくる。


「おはようアル、元気か?」


「元気だ」


 アルベールが答えると、小鳥は嬉しそうに続ける。


「リラも元気」


「良かった」


 安堵したのも束の間、小鳥は困ったように首を傾げた。


「リラが、肉欲しい」


「しばらくは会いに行けないと伝えてくれ。お前は肉を運べるか?」


「重いの、無理」


「そうだよなぁ」


 小柄な鳥にため息をつくアルベール。

 リラに栄養のあるものを食べさせたいが、この状況では難しい。


「アル、来ない。リラ、来る」


 小鳥の言葉に、アルベールはギョッとした。


「俺が行かないとリラが来ると言っているのか?」


 鳥はうんうんと頷く。

 それは困る。

 今、リラが町に出るのはあまりにも危険すぎる。


「リラに、危険だから身を潜めておくようにと伝えてくれ。君を投獄しようとする者がいると。俺は大丈夫だからと伝えてくれ」


「分かった。リラ危険、家出るな。投獄されるぞ。って言う。アル、元気、大丈夫」


「よしよし、お利口さんだな」


「うん、俺、頭いいだろ」


「天才だな」


「ふふん。じゃあな」


 小鳥は誇らしげに胸を張って飛んでいった。




 リラの元に戻った小鳥は、アルベールの伝言をそのまま伝えた。


「アル、元気、大丈夫。リラ、危険、投獄される。家出るな」


「何? アルが元気なのは良かったけど、私に家を出るなと言うのか」


 鳥の返事に、リラはムカムカしてきた。

 そんな命令をされるいわれはない。


 家の中に籠もっていろと?

 お前も私を牢屋に閉じ込める側の人間だったのか!


 リラは憤慨した。


「私はアルに会いに行く! 会いたい! 肉も食いたい! 町にパンを買いに行くんだ! 硬貨の使い方も覚えた!」


「アルに言ってくる」


 小鳥が慌てて飛び立とうとする。


「言わんで良い! 私の行動に、なぜアルの指示を受けなければいけないんだ!」


 出かけようとするリラを、小鳥はパタパタと飛び回って止めようとするが、リラはそれを無視し、アルベールから貰ったお気に入りの服を着て外に出た。

 小鳥は急いでアルベールに伝えに戻る。

 狼に跨ったリラは、町に向かってしまうのだった。




「なに!? リラが来ちゃう!?」


 鳥の報告に、アルベールは驚愕した。

 今は国王に呼ばれて執務室で待っているところだ。

 移動の書類など、色々と書かなければならないらしい。

 体力が一日で回復したことが国王にばれては、怒りをぶり返すのではないかと警戒し、まだ痛いふりをしているアルベールだったが、リラが向かっているとなるとそうも言っていられない。


「アルベール、よく来たな。体の調子は……なんだその鳥は、焼き肉でもするつもりか?」


 国王の言葉に、アルベールは冷や汗をかく。


「おかげさまで元気ですよ。この小鳥のどこに食べる場所があるって言うんですか。迷い込んだだけです。ほら、外にお帰り」


 しらばっくれるアルベールは小鳥を窓から外に出した。


「普通の鳥ではなかったな。モンスターのような……まあ良い。今日は手続きをして、明日はお前の結婚相手を決めるパーティだ。お前は顔が良いからな。王室付きの騎士ともなれば、女が群がってくるだろう」


 フフっと笑う国王に、アルベールは何も言わずに書類にサインした。

 とにかく、早く終わらせてリラの元に向かわなければならない。


 サインを終えたアルベールは、「では退室の許可をお願いします」と早急に要求した。


「俺とお前の仲ではないか、そう冷たくするでない。親睦を深めよう。酒でも飲まんか」


「昼間から酒を嗜む趣味はありません。明日の準備で忙しいので帰らせてください。せっかくですから男前で格好いい姿で参加したいので」


「そうか、残念だな」


 適当なことを言って、王の前から退室したアルベールは、急いでリラの元へと向かった。




 リラは狼に跨って森の中を駆けていた。

 アルベールもまた、馬を駆り森へと急ぐ。

 小鳥の報告が早く、リラが森を出る前に、アルベールは森の入り口付近でリラと落ち合うことができた。


「リラ!!」

「アル!?」


 リラの姿を見た途端、アルベールは馬から降りて両手を広げた。

 リラも驚いて狼から降りる。


「来ないのではなかったのか? 鞭打ちにあったと聞いた、大丈夫か?」


 リラが心配そうに問うと、アルベールはリラを抱きしめた。


「来ちゃ駄目じゃないか。君は狙われているんだよ」


「だって、アルに会いたかったんだ」


「俺だって、会いたかった」


 見つめ合うリラとアルベール。

 しかし、その甘い瞬間は、すぐに終わりを告げた。

 気づけば、周囲は兵士たちに完全に囲まれている。


「やはり姫と会ったか。泳がせて正解だったな」


 そう笑う国王の姿が、兵士たちの後ろに見えた。


「国王」


 アルベールはリラを守るように、毅然と国王の前に立つ。


 国王はリラに近づき、片膝をついて手を差し出した。


「リラ姫、私は貴女の母君の騎士でした。こちらへ」


 リラは国王の言葉に、嫌悪感を露わにした。


「嫌だ。お前、嫌い」


 リラは国王に敵意を向け、狼も低く唸り、敵意を剥き出しにする。


「私は貴女を保護したいだけなのです。それをこの反逆者は貴女を隠していたのですよ。貴女の力は珍しく素晴らしい。それを独り占めにしようとした悪い男です」


 国王の言葉に、リラは眉をひそめる。


「私はがお前から感じるのは、気持ち悪さしかない。私は森が好きだ。お前にはついていかない」


「姫、誤解です」


「私はお前を許さない。アルを、鞭打ちにした」


 リラは国王を睨みつけた。彼女の瞳には、怒りの炎が宿っている。

 狼もまた、唸り声を上げ続け、国王から目を離さない。

 いつでも噛みつくける構えだ。


「……分かりました、一旦、引きます。私は姫に敵意などございません。貴女はこんな森に住むようなお方ではなく、尊く素晴らしいお方なのです。城で贅沢な暮らしと綺羅びやかな暮らしをするべきなのです」


「私はそんな暮らし求めてない。さっさと私の前から消え失せろ」


 リラは、国王を真っ直ぐに睨みつけたまま、退くことを要求した。

 狼も、その隣で変わらず敵意を向けていた。


「では、またお会いしましょう。リラ姫。全兵撤退」


 国王は渋々告げる。

 兵士達にはその声に従い、撤退しだす。


 その様子にリラとアルベールはホッと胸を撫で下ろした。

 ただ、去り際の国王の視線は恨みが宿っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る