第8話

 再び二人きりになったリラとアルベールは、張り詰めていた緊張から解放され、ホッと息をついた。 

 隣の狼も、警戒を解いて地面に伏せる。

 リラはそっと狼の頭を撫で、「ごめんね、疲れさせたね」と優しく声をかけながら、癒やしの力を送った。

 その姿を眺めるアルベールは、どこか羨ましい気持ちになった。


「アル、なんか、私、アルを巻き込んでしまったみたい。ごめんね?」


 リラは申し訳なさそうにアルベールを見上げた。

 国王とのやり取りを聞いて、どうも自分がアルベールの因縁に巻き込んでしまったらしいと察し、心が痛んだのだ。


「いえ、こちらこそ申し訳ない気持ちです。リラ様」


 アルベールは片手を胸に当て、深くお辞儀をした。

 急に改まったアルベールの態度に、リラは寂しさを感じ、胸が痛む。


「やめて、アル。態度を変えないで」


「そういう訳には行きません。リラ様は亡国の姫様の忘れ形見。私には本来、このように話せるような身分ではありません」


 アルベールは顔を上げない。


「国王が何を考えているのか分かりませんが、私は王室付きの騎士になりました。これからは、もっと近くで貴女を守ることができます」


「そんなのどうでも良い。姫とか言われても分からない」


 アルベールの態度の変化が、リラには遠く感じられた。 

 彼女は涙をこぼしそうになるのを必死に堪える。


「申し訳ありません」


 涙ぐむリラに、アルベールは謝ることしかできなかった。



 アルベールはリラを家まで送り届けた。彼は彼女に、何か求めるものはないかと尋ねる。


「肉が欲しいのですね。それから何を求めていますか? 洋服は足りていますか? 姫が求めるなら使用人も用意します」


 リラはまっすぐにアルベールを見つめて言った。


「何も要らない。アルがここに一緒に住んで!」


 その言葉に、アルベールは顔を曇らせた。


「それは出来ません、姫。私は明日、婚約者を探すパーティに出る予定です。結婚する予定です」


「あの恋愛小説みたいに?」


 リラの問いに、アルベールは戸惑った。


「え? ああ……」


 人気ナンバーワンという謳い文句だけで選んだ本で、実は彼自身は読んでいない。


「そうなります」


 曖昧に相槌をうつ。


「そうなんだ……」


 リラはしゅんと肩を落とし、落ち込んでしまった。


「姫が求めるものなら何でも持ってきます。安心してください」 


「うん……」


 リラは落ち込んだまま、力なく頷いた。

 アルベールは、そんなリラに背を向け、その場を後にした。


「また来ます」




 屋敷に戻ったアルベールは、国王に呼び出された。


「姫に変なことをしていないだろうな」


 国王の鋭い視線がアルベールを射抜く。


「私は潔白です。信用ならないというなら、神官にでも検査させ、これからも姫に手を出せないよう、貞操の縛りでもしてください」


 アルベールの言葉に、国王はニヤリと笑った。


「そうしよう。アルベールを神官の所まで連れて行け」


 他の兵士に命じられ、アルベールは教会へと連れて行かれた。

 神官の調べを受け、彼の体に貞操の縛りがかけられる。

 明日、勝手に婚約者を探すパーティを催しておきながら、貞操の縛りまでかけられるとは、まったく滑稽なことだとアルベールは自嘲した。

 自分の潔白と、これからの貞操を誓わされ、自宅に帰ることを許されたアルベールは、心身ともに疲れ切っていた。



「アル、お帰り。リラから」


 すると、あの小鳥が飛んできた。

 鳥は、口に咥えていたチート万能薬の瓶をアルベールの目の前に置く。


「リラに伝えてくれ、これはホイホイ渡して良いような薬じゃないと。とても高価で取引されるようなものだ。飲めないよと」


 アルベールは、薬を鳥に持って帰るように言った。


「僕の仕事、これ。ここ置いてく」


「あ、こら!」


 鳥は薬をそのまま置いて、さっさと飛び去ってしまった。

 アルベールは深い溜息を吐くのだった。

 リラの純粋な思いが、彼の心を締め付ける。




 リラは戻ってきた鳥の頭を撫でた。


「アルはどうだった? 機嫌直してた?」


「アル、リラの薬飲めないって」


「えっ……」


 鳥の報告に、リラはガーンと衝撃を受ける。


(それは私だってちょっとウザかったかも知れないと思ったよ。アルが急に突き放すような事をするから寂しくなって、「アルが一緒に住んで!」なんて、子供みたいなワガママ言ってしまったから、呆れられちゃったんだ!)


 でも、そんな自分の薬すら飲めないほど嫌われちゃうなんて。

 初めてできた人間の知り合いだと思ったのに!


 リラは少し立ち直れそうになかった。

 倒れそうになるリラを、現れたソファがボフッと音をたてて支えた。


「ありがとう。ベッドがあれば十分だから、ソファは消して」


 リラは起き上がると、ベッドに向かった。

 これはアルベールが持ってきてくれた家具図鑑で覚えたことだ。


 アルベールは明日、婚約者を探すパーティに出ると言っていた。

 人気の小説によると、悪役令嬢という人が王子に婚約破棄を言い渡され、逃げた城の噴水がある場所で騎士と出会い、恋に落ちるというものだった。


(と、言うことはアルベールは騎士なので、婚約破棄された悪役令嬢さんと結婚するんだ!)


 しかも、出会った二人は一目惚れで燃えるような恋をして、出会った瞬間に口と口を合わせて、押し倒し、『月女神のようだ。僕は君に恋に落ちてしまったんだ』とか言うんだ!


 たしか、アルベールも私に『水の女神みたいだった』とか、理由のわからない事を言ってたもん!


(そんな誰にでも◯◯の女神みたいだね、なんて言っていたなんて!)


 アルベールの馬鹿!!


 リラはだんだんと腹が立ち、眠れなくなってしまうのだった。

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