第6話

 アルベールがなかなか森に戻ってこないことに、リラは不安を募らせていた。

 手持ちの本は全て読み終えてしまった。

 特に料理の本を読破したことで、森の素材を使って色々な料理を作りたいという欲求が湧き、さらに、モンスターたちがくれる薬草で様々な薬が作れることにも興味が湧いていた。

 ファッション誌や恋愛小説は退屈で眠くなるばかりだったので、次にアルベールが来たら「もう持ってこないで」と言わなければ、などと考えていた。


「アル、来ないな。何かあったのかな」


 だんだん心配になったリラは、傍らの狼に問いかける。


「どう思う?」


 狼は「見てくる」と言わんばかりに走り出そうとするが、リラは慌ててそれを止めた。


「駄目だよ。図鑑に載ってた。狼、恐ろしい、強い、中の上クラスって。みんなびっくりしちゃう」


 リラは代わりに、一羽の小さな青い小鳥のモンスターを呼んだ。

 最近、仲良くなった小鳥である。

 リラが読む本を一緒に見ている内に、リラと一緒に言葉を覚えたようだ。

 最初はリラの真似をしていたが、今は会話が出来る程である。


「アルがどうしているか、見てきてくれる?」


 そう頼むと、小鳥は意気揚々と飛び立っていった。

 



 その頃、アルベールはひどい拷問を受けていた。


「なぜ、女の居場所を言わない!」


 鞭を打つ国王の顔には、狂気が宿っていた。

 国王がリラに何をするかわからない。

 たとえ反逆罪になろうとも、絶対に言えない。


「アルベール、弟のように可愛がったと言うのに、俺を失望させるな」


 国王の言葉に、アルベールは全身の痛みに耐えながら言い返した。


「それはこちらのセリフですよ、国王。何をそんなに興奮しておいでなのですか? 彼女をどうする気なんですか」


「あの女は亡き姫の娘。姫として育てるに決まっている」


「そういう目じゃないでしょう」


 国王の言葉と、その瞳に宿る狂気が矛盾していて、アルベールは恐怖を覚えるばかりだった。

 森で狼と住んでいることを伝えてしまったことを後悔する。

 どうか彼女が見つかりませんようにと、心の中で必死に願った。


 その時、鉄格子の隙間からチュンチュンと鳴き声が聞こえ、見ると青く綺麗な小鳥が止まっているのが見えた。

 それが何となくリラからの使者に見え、アルベールはシーッと口に指を当てて合図を送った。

 鳥はすぐに飛び立った。

 彼女が心配しては悪いから、何も伝えないでくれ。

 アルベールはそう願った。




 森では、大規模なリラ捜索が始まっていた。

 兵士たちが森の奥深くへと踏み込み、その存在に気づいた狼や森のモンスターたちは、城の者たちを森から追い出そうと奮闘する。

 しかし、その結果、大勢のモンスターと人間が怪我をする大惨事になってしまっていた。

 人々は火炎放射器で森を燃やし始め、それを見た水竜が怒り、大量の水をかけて火を消そうと暴れ回る。


 森が騒がしいことをリラは気にしていたが、家がリラを心配し、外に出ないようにと扉と窓を消してしまった。


「なんだか、牢屋にいた頃みたいだ」


 そう呟いたリラの脳裏に、地下牢でのトラウマが蘇る。

 そこに、先ほどの小鳥が戻ってきた。

 家は、小鳥が通れるだけの小さな隙間を作ってくれた。


「アル、捕まった。鞭打、イタイイタイ、シーしてた。森、火事、水竜、火消し、みんな、怪我、イタイイタイ」


「アルが捕まって鞭打ちされてるのか? 森が火事? みんな痛い痛いなのか?」


 一体何が起きているのか、リラには理由が分からなかった。

 しかし、森は緊急事態で、モンスターたちは傷つき、アルベールは何故か投獄され、拷問を受けている様子。

 リラは青ざめた。


 早く助けに行かないと!


「開けて! 家、私の家でしょ! 家は出入り口があるの! そう本にも書いてあったもん! 家じゃないの? 牢屋なの?」


 リラの必死な訴えに、おずおずとドアが現れる。

 リラは家の外に飛び出した。


 外に出ると、水竜が空を飛び回っているのが見える。


「あそこか!」


 リラは口笛を吹いて狼を呼んだが、狼は来ない。

 あの子にも何かあったのだと、リラは心配になった。

 急ごうとしても足がうまく動かせず、リラは歯痒い思いをする。

 そこに、どこからか風が吹き、ふわりとリラを持ち上げた。


「風、風竜の風」


 小鳥が教えてくれる。


「風竜、ありがとう!」


 見えないけれど、リラはお礼を言った。

 風はリラを上手に飛ばし、ちょうど傷ついた狼たちの前に降り立つことができた。


「姫だ!」

「捕まえろ!!」


 声を上げる兵士たちに、風竜が吹き返し、バリアを作ってくれる。

 その間に、リラはモンスターたちの怪我や、疲れ切った水竜の疲れを癒やした。

 みるみるうちに、みんなが元気を取り戻していく。


「よく分からないけど、これあげるから帰って! 森を燃やさないで!」


 リラは怒りつつも、覚えたてで調合したばかりの薬を兵士たちに投げつけた。

 それは、料理の本の知識と薬草の知識を組み合わせた、即席の万能薬だった。

 狼の背に跨り、その場を離れたリラは、初めて調合した薬をアルベールに見せたかったのに、とムッとした。




 一方、拷問を受けていたアルベールは、ついに気絶していた。


「森で姫を見つけました。しかし、取り逃がしました」


「何をしている!」


 国王の声が怒鳴り響く。


「申し訳ありません。しかし、姫が投げてよこした薬は、大変素晴らしい物で……」


「そんなことはどうでも良い、さっさと姫を俺の前に連れて来るのだ!」


 国王と兵士の声が聞こえる。

 アルベールは意識が朦朧とする中で、その言葉を聞いていた。


「アルベール、どうやら森に姫が居ることは間違いないようだな。特別にお前を解放してやろう。それから俺が言ったことは嘘じゃないからな。お前は王室付きの騎士にしてやろう。妻も娶るのだ。近々城でパーティを開く。お前の嫁探しだ。喜べ」


 国王はアルベールの頬を撫でた。もはや支離滅裂すぎて、何を言っているのか理解できない。

 アルベールは、この国王の狂気に満ちた言葉に、言いようのない嫌悪感を抱いた。




 解放されたアルベールだが、身体の痛みが酷く、どうしようもなかった。

 そこに、また小鳥が飛んできた。

 口には、小さな薬の瓶を咥えている。


「アル、無事。良かった。リラ、心配。薬、使え」


 小鳥の言葉に、アルベールは眉をひそめた。


「お前、リラには『シー』って言っただろ?」


「シー、分からん」


「『シー』は内緒、言うなってことだ」


「わかった!」


「リラは大丈夫か?」


「リラ、大丈夫。アル、イタイイタイ」


「良かった。リラにはアルは元気だって伝えておけ」


「俺、嘘つけない」


「誠実な鳥だな」


「じゃあな!」


 鳥はそう言うと、すぐに飛び去っていった。


 アルベールは、鳥が置いていった薬の瓶を見て驚いた。

 プヨンの液体と、見たことのない貴重な薬草を混ぜ合わせたであろう、透明な液体。

 これは、リラが初めて調合したという薬なのだろうか。

 早速、それを飲んでみると、傷がみるみる消え、痛みもさっぱりと消えた。

 何なら、風呂に入った後のような爽快感もあるうえに、空腹や眠気までなくなった気がする。

 あまりに効きすぎて、副作用があるのではないかと怖くなるほどのしろものだった。

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