第2話 優しい計画

 黒川玲の祖母が亡くなって一ヶ月。

 仲間たちは、最愛の肉親を失った玲を元気づけようと、頻繁に連絡を取り合っていた。

 しかし、玲の様子は彼らの心配とは裏腹に、不自然なほどに「回復」していた。その奇妙な平穏さが、三人の間に言いようのない不安の影を落とし始めていた。

 その夜、潤が勤める図書館の閉館後、三人は閲覧室の奥にある大きなテーブルに集まっていた。高い天井から吊るされた照明は半分だけが灯され、書架の巨大な影が迷路のように伸びている。

 古い紙とインクの匂いが満ちる静寂の中、堂島健斗がテーブルに置いたスマートフォンの画面だけが、冷たい光を放っていた。

「これ、見てくれ」

 健斗が指で示したのは、玲の個人SNSの投稿だった。

 美しい庭の薔薇の写真に、ポエムのような一文が添えられている。


『静かな場所で、心は満たされる。もう、寂しくなんかない』


「おかしいだろ。あんなに落ち込んでた奴が、たった一ヶ月でこんな達観したこと書くか? 俺が電話しても、『大丈夫、平気だから』の一点張りで、どこか壁を感じるんだ」

 普段の皮肉な口調は消え、その声には隠しきれない焦りが滲んでいた。玲に想いを寄せる彼だからこそ、その心の距離に誰よりも敏感だったのだ。

「わかる……。私もこの間、玲の家に行ったんだけど…」

 向かいに座っていた夏希が、不安げに自分の腕をさすった。

「すごく元気そうだったの。でもね、なんて言うか……前みたいに、仕事のグチとか、そういう弱音を全然吐かなくなった。ただ穏やかに微笑んでるだけで、まるで感情に蓋をしてるみたいで……。前はもっと、喜んだり怒ったり、私たちに何でも話してくれたのに」

 姉のように慕ってきた相手の変化への戸惑いが、彼女の声を震わせる。無理して作った笑顔の仮面の下で、玲が一人で泣いているのではないか。そんな想像が夏希の胸を締め付けた。

 二人の話を聞いていた潤は、静かに口を開いた。

「たぶん、玲はまだ悲しみの真っ只中にいるんだと思う。ただ、俺たちに心配をかけまいとして、必死に平気なふりをしているんじゃないかな。あいつは昔から、そういうところがあるだろ。責任感が強くて、人に弱みを見せるのが苦手で」

 潤の言葉は、二人の焦る気持ちをなだめるように、穏やかだった。

 しかし、その瞳の奥には、友人としてのもどかしさが浮かんでいる。

「一人であの広い家にいて、悲しみを全部自分だけで抱え込んでいるんだとしたら……。俺たちは、もっと踏み込んでやるべきなのかもしれない」

 潤の言葉に、健斗と夏希は顔を見合わせた。

 そうだ、自分たちは心配のあまり、玲の変化の表面だけを見ていたのかもしれない。彼女が発する「大丈夫」という言葉の壁を、壊してやるべきなのだ。

「……そうだな。俺たち、遠慮しすぎてたのかもな」

 健斗が呟く。

「うん」

 夏希も強く頷き続けた。

「玲が一人で抱え込まなくていいように、私たちがそばにいてあげなきゃ」

 潤も同意する。

「じゃあ、決まりだな」

 潤が三人の顔を見渡して言った。

「次の週末、玲の家でパーティーを開こう。俺たちから誘うんだ。『玲を元気づける会』だって言ってさ。美味しいものをたくさん持ち寄って、バカな話をして笑って、玲が本音を話せるまで、とことん付き合ってやろう」

 その提案に、健斗と夏希の顔がぱっと明るくなった。

 そうだ、自分たちがすべきことは、怪しむことじゃない。

 ただ、今まで通り、仲間としてそばにいることだ。

 彼らは固く誓い合った。最高のパーティーで、愛する仲間を孤独から救い出すのだと。

 すると、三人の持つスマホがメッセージの着信を同時に告げた。

 それは、玲からの次のパーティーの開催を告げる、猫のスタンプ付きのメッセージだった。

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