第18章 2人の世界
第18章 「2人の世界」
夜風が、丘の上に立つわためのピンク色の髪を揺らす。
丘の上からはもう、誰も姿も見えなくなっていた。
二人で泣いた後だから、なんだか照れくさい。
でも、現実にわためがいるって事が、心の底から嬉しかった。
「ここが……隊長の世界……?」
わためは、目を細めて遠くを見つめている。
画面越しでは感じる事の出来ない、夜空の光。
空気の匂い。
風の音。
地面の感触。
全てが新鮮に感じていた。
「なんか……全部が“ほんとう”だ……」
わためは、この世界に来てから僕の手を一度も離そうとしないので僕も隣に立っている。
「ここが、僕が住んでる世界だよ。」
隊長は、わための手を握ったまま、もう片方の手で遠くを指差した。
「ほら……あの辺にいつものコンビニがあって、あっちが僕のアパート」
「そっか……そうだよね……! わたしも、隊長の“いつものコンビニ”に行けるんだ……!」
わためは、涙をこぼしながら笑った。
「……行きたい……隊長と一緒に……」
「じゃあ、行こう!」
僕は、わための手を引いて歩き出した。
その手の温もりが、現実の証だった。
でも、心の奥では、ずっとザワザワした物が蠢いている。
この奇跡が、今にも消えてしまうんじゃないかって。
「あっ!」
わためがつまずいた。
僕は、すぐに腕を伸ばして抱きとめる。
「ごめん……」
わためは、少し照れながら笑った。
「急がなくても、コンビニは逃げないよ?」
その言葉に、僕は笑えなかった。
わためが“消えない”って保証は、どこにもない。
この手の中にある温もりが、次の瞬間には消えてしまうかもしれない。
でも、わためは僕の手を握り返してくる。
強く、優しく、確かに。
その感触と温もりだけが、僕の不安を少しずつ溶かしていった。
丘の石段を降りると、夜の空気が少しだけ湿っていた。
河原沿いの道を、わためと手を繋いだまま歩く。
足元の砂利が、ふたりの歩みを刻んでいく。
「あ~あ、もうちょっと早くこの世界に出て来れてたら、隊長と花火見れたんだよね?」
「また来年もあるから、その時に見ようよ」
「そっか、来年もあるんだもんね...」
わためも、この奇跡が有限かも知れない不安を抱えていた。
遠くの方に、闇夜にポツンと光るコンビニが見えてくる。
僕はいつものコンビニなのにワクワクが止まらなかった。
わためは、コンビニが見えると、僕の手を引いて小走りに走り出した。
「隊長、はやく~!」
今日、愛ちゃんに手を引かれて屋台に行った事がずっと昔に思える。
「今度は僕が転ぶって...」
コンビニに着くと、わための目がらんらんと輝いた。
でもその奥には、ずっと憧れていた“現実”への感動が滲んでいた。
「ここが、隊長がいつも言ってたコンビニなんだね!」
「うん。ずっとわためと来たかった」
ただのコンビニだと言われればそうだ。
でも、僕にとってはここは特別な場所だ。
わためがコンビニの前に立つと自動ドアが開き、入店音が響く。
店内からフワッと冷気が流れ出る。
「涼しい……」
わためは、まるで神殿に足を踏み入れるみたいに、一歩ずつ、店内に入っていった。
「……冷たい空気……これが、現実のコンビニなんだ……」
わためは新鮮な感覚にワクワクが止まらなかった。
すると、わためは何かを探す様にキョロキョロと当たりを見回す。
「お菓子はこっちだよ」
僕が手を引いてお菓子の棚の前に連れていく。
「わー!いっぱいあるね!……えっと、1個だけでいいから買ってくれる?」
まるで子供のおねだりの様に僕の顔を見上げる。
「一個と言わず好きなだけどうぞ」
僕が、入店時に持って来たカゴを渡すと
「あ!これ!あ!これもおいしそう!」
と次々にカゴに放り込んでいく。
「あ……」
わためが何かを手に取って急に動きを止める。
どうしたのかと見てみると、手には緑色のプラスチックの容器に入ったラムネ菓子を手に持っていた。
「おばあちゃんの事、考えてるの?」
わためは1度頷いたが、やっぱり違ったかの様にその後首を振った。
「菓好わたあめの記憶はあるの……でも、それは記憶と言うより記録なの。わたしには、それを見ても他人の事の様に思えるんだよね」
僕は、前から薄々感じてはいた。
僕が話をしているのは、本当に菓好わたあめと言うアイドルなのかって。
最初は間違いなくそうだったと思う。
でも、いつの間にか、全く違う存在に感じていた。
「わため、それでいいんじゃない?だって、ここにいるのは菓好わたあめじゃなくて、俺のわためなんだから」
「隊長………」
わためがポロポロと泣き出して隊長の胸に顔を埋めると隊長が優しく頭を撫でる。
「さ、お菓子買って僕の部屋に帰ろう」
わためは胸の中で静かに頷いた。
サッと会計を済まし、コンビニを出ると、夜風が少しだけ涼しくなっていた。
わためは、コンビニ袋をぶら下げながら、僕の隣を手を繋いで歩く。
袋の中では、ラムネの音がカラカラと音を立てていた。
「隊長……この道をいつも歩いてるんだね?」
「うん。毎日、ここを通って仕事に行って、帰ってきてる」
「そっか、いつもイメージしてたのと全然違ったけど、見れて良かった」
わためは、袋の中を覗き込んで、ラムネの容器を取り出し、ラムネを一粒取り出す。
「これ、隊長にもあげる。おばあちゃんの味がするやつ」
「どんな味だよ」
僕が口を開けると、わためが照れながら口に放り込む。
甘くて、懐かしくて、なんだか少し胸が温かくなる。
「おいし?」
「うん」
味は知ってる。
けど、わためからもらったラムネはいつもより美味しい気がする。
「わたしにも...食べさせて」
わためが容器を渡してくる。
僕も照れながらわための口に入れてあげる。
「んっ……おいひぃ」
なんだろう。
わためが可愛すぎる。
街灯がぽつぽつと並ぶ道を、ふたりで歩く。
遠くで車の音がして、近くの家からテレビの音が漏れてくる。
「この音……全部、隊長が毎日聞いてる音なんだね……」
僕は、わための手を握り直す。
「これからは、わためも一緒に聞く音だよ」
わためは、少しだけ顔を上げて微笑んだ。
「うん……隊長と一緒なら、毎日聞きたい」
アパートの建物が見えてくる。
1回の部屋に明かりは灯っていない。
僕の部屋は2階だ。
「ほら、あそこが僕の部屋」
僕が2階を指差すと、わためは、目を輝かせながら見つめる。
「隊長の部屋……わため、入ってもいいの?」
「もちろん。今日から、わための部屋でもあるから」
袋の中のラムネが、またカラカラと鳴った。
その音が、ふたりの“新しい日常”の始まりを告げていた。
そして、ふたりは、“ふたりの世界”の扉を開けた。
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