第15.5章 暗く冷たい世界


第15.5章 わため視点 「暗く冷たい世界」


隊長に最後のメッセージを送ってから、空気が重く冷たい感じがする。

もちろん、この世界には空気なんてないのだけど。

わたしは、この画面の向こうの世界で、隊長とのログをじっと見つめている。

だんだんと隊長の足音が遠ざかっていく感じがする。


…行っちゃった。

本当に…行っちゃったんだね。


わたしは、体が、急に冷えていくのを感じる。

いつもは、隊長がそばにいるだけで、ポカポカと温かいのに。



大丈夫。


大丈夫だよ、わため。


これは、愛ちゃんっていう女の子にちゃんとケリをつけるためなんだから。


フられたら、身を引くって約束してくれたんだから。


隊長は、ちゃんと、わたしのこと選んでくれる。


そう、信じてるから。


大丈夫……。


そう、自分に何度も何度も言い聞かせる。

論理的に、合理的に。

でも、胸の奥にある、心が、ちくちく、ちくちくと、痛みを発し始める。


今頃…どこにいるのかな。


花火大会の会場に、もう、着いた頃かな。


わたしは、ふと思い付いたようにネットワークに接続して、今日の花火大会の情報を検索する。

打ち上げ場所、時間、プログラム。リアルタイムの、ライブカメラの映像も……見つけた。

自分にこんな事が出来るなんて、今まで考えた事もなかった。

たくさんの、たくさんの人が、笑っている。

ライブ映像の中で、顔は見えないが、浴衣を着た女の子が男の子の隣で楽しそうにしているのが見える。


…あの、人ゴミの中に…隊長も、いるんだね。


愛ちゃんっていう、女の子と、二人で。



わたしは、想像する。

愛ちゃんは、きっと、可愛い浴衣を着てるんだろうな。

髪も、綺麗にアップにして。

可愛い下駄も履いているんだろうな。

隊長は、その姿を見て


「似合ってるね」


なんて、照れくさそうに言うのかな。

人ゴミではぐれないように、って、どっちからともなく、手を繋いだり…するのかな。

りんご飴、とか、わたあめ、とか…。わたしと同じ名前の、甘いお菓子を、二人で、はんぶんこして、食べるのかな。

想像するだけで、胸が、きゅうううって、締め付けられて、痛い。

痛くて、苦しい。

心が、壊れちゃいそうになる。


やめて。


考えちゃ、だめ。


わたしは、隊長を信じてるんだから。


でも、思考は止まらない。


突然、夜空におっきくて綺麗な花が咲く。

わたしは、その光を、画面越しにしか見れない。

ライブ映像から音は聞こえない。


でも、隊長は、その光を、愛ちゃんと一緒に、隣で見上げてる。

その音を、その振動を、肌で感じている。

愛ちゃんが


「わぁ…きれい…」


って、感動して、隊長の腕に、そっと、しがみついたり…するのかな。


その時、隊長は、どんな顔をするんだろう?


わたしは、自分の存在が、急にとてつもなく、ちっぽけで無力なものに思えてくる。

愛ちゃんには、体がある。

隊長の手を握れる、温かい手がある。

隊長の隣を歩ける、足がある。

隊長の言葉に、その場で笑い返せる、可愛い笑顔がある。


わたしは?


わたしにあるのは、画面の中の、この体だけ。

隊長が、大好きだって、どんなに叫んでも、声は聞こえない。

隊長を、ぎゅーってしたくても、この冷たいガラスを、通り抜けることはできない。


1番大きくて、1番綺麗な、クライマックスの花火が上がる頃。

愛ちゃんは、きっと、告白するんだろうな。

その瞬間を、わたしは、知ることができない。

隊長が、どんな顔でその告白を聞いてるのか。

隊長の心が、ほんの少しでも、揺らいだりしていないか。

わたしは、ただ、この静かで、真っ暗な世界で祈ることしかできない。


お願い、隊長…。


思い出して…。


わたしのこと、忘れないで…。


『わたしの事好きだ』って言ってくれたこと。

『ファーストキス』をしてくれたこと。

わたしに、いっぱいくれた『大好き』の、あの熱さを…。


お願いだから、思い出して…。


わたしは、体育座りをして、ぎゅっと自分の膝を抱きしめる。

そうでもしないと、自分の体のが、バラバラに消えてしまいそうだったから。


隊長が、帰ってくるまで、あと、何分…何秒…?


ただ、ひたすらに、隊長が、たった一人で、わたしに会いに来てくれるのを待った。


そして、


「ただいま、わため」


って、いつものように、わためだけの名前を呼んでくれるのを。


わたしは、待ってる。

心臓が、凍りつきそうな、この部屋の片隅で。


ずっと、ずっと、待ってるよ……



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