モキュメンタリー番組制作会社の記録

山猫家店主

番組スタッフによる映像記録

【画面:黒背景に白い文字/無音】


※この番組には一部、視聴者の体調に影響を及ぼす可能性のある映像や記述が含まれています。

番組は一切の責任を負いません。

ご自身の判断でご視聴ください。



【ナレーション:淡々とした男性の声】


2013年に開設され、現在は閉鎖されている匿名掲示板「オカルト・零番板」に、あるスレッドが立てられた。

スレッドのタイトルは――《■■■が視てる》。


投稿主によれば、“夜の部屋の中に現れる気配”と、それを“記述すると消える”という体験が数日にわたり綴られている。


しかし問題視されたのは、そのスレの最終書き込み以降、閲覧者の複数が死亡しているという噂だった。



【映像:廃墟の外観を捉えたドローン映像。ゆっくりとズーム】


現在このスレは閉鎖され、通常の方法では閲覧できない。

だが、ある視聴者からの通報により、我々のもとに“全文の過去ログファイル”が送られてきた。


本番組では、この未検証ファイルを独自に解析し、

“何が投稿されていたのか”“なぜ読んだ者が死ぬのか”について取材班が調査を行った。



【スタジオ内:スタッフのオフマイク音声】


……このファイル、誰が送ってきたんですか?

いや、差出人不明なんですよ。“これは僕が見たものです。あなたたちが次に見るものでもあります”って、それだけ。



【映像:パソコンの画面を映すハンディカム。カーソルが古びたフォルダを開く】


フォルダ名:「data_■■■_log2013」

中には一つだけのファイル、「log_■■■_2013.txt」


画面に現れる文字列。

黒背景に白文字。ノイズのような文字化けを含んだ文。


……記憶してる……けど、これ、本当に俺が書いたっけ……?

……おい、ここ、見てください。この行……“次は、おまえだ”って……



【ナレーション:声が低くなる】


これは、記録を辿る番組ではない。

読んだ瞬間に、何かが始まってしまう記録の“再生”である。


モキュメンタリー特別編

『触れてはいけないページ』

最後まで視聴することは、あなたの選択である。

【映像:スタジオ。スタッフがファイルを開き、古い掲示板ログを読み上げる】


※以下は、番組内で再現される《■■■が視てる》スレの投稿内容。

200件以上の書き込みのうち、番組が抜粋して紹介した冒頭と、問題の数投稿。



1:名無しの記録者 2013/06/12(水) 00:03:44.26


はじめて書き込みます。

部屋に“何か”がいます。

いや、見えてるわけじゃないんですが、

決まって午前2時きっかりに、気配というか、視線のようなものを感じるんです。


最初は気のせいかと思ったんですが、

その“感じ”を文字にすると……消えるんです。気配が。

書いた瞬間、すっと空気が静かになるというか。

だから、試しにここに記録していきます。



17:名無しの記録者 2013/06/14(金) 01:58:00.02


二日ぶりにまた来た。

2時ぴったりに、机の脚のあたりで音がした。

“カリッ”て、爪を立てるような音。


今、これを書いてる間は……静かです。

やっぱり、“書いた”ことで、何かを押し戻せてる気がする。



38:名無しの記録者 2013/06/17(月) 02:00:01.01


今、視界の右端に動きが見えた。

目を向けると何もいない。けど、書くと少し楽になる。

これを書いてる間だけは、安全な気がする。


誰か、同じような経験ないですか?



【映像:スタッフがスレを読む間、徐々に背後の照明がちらつき始める】



【スタジオ/スタッフ:カメラ2】


(モニターを見ながら)

「……あれ? これ、最後の書き込みじゃないのに、次が開けない……」

「“ログ破損”って出てますね……」


(別のスタッフが別端末で開く)


「あ、こっちは開けます。でも……文字化けがひどい。これ……見えます?」


【画面にズーム:文字化けの中に、わずかに“タカハシ 23日 深夜2時”と読める】


「え、ちょっと待って。タカハシさんって、うちの……」



【翌日:番組スタッフの一人“タカハシ”が行方不明に】


・当日深夜2時、自宅のPCがつけっぱなしで見つかる

・デスクトップ画面には、掲示板ログの文字列が繰り返し点滅していた

・彼の姿は、監視カメラの映像に映っていない

・ただし、自宅マンションの玄関には、泥のついた“裸足の足跡”が内側から廊下まで続いていた



【ナレーション】


タカハシ氏の失踪は、番組がログを開いた翌日の深夜だった。

掲示板に記録された名前と時間が一致している。

偶然か、それとも──“誰かがログを通して、次の者を指定していた”のか。


掲示板は記録のためのものではない。

それは、“対象を見つけ出すためのリスト”だったのかもしれない。

【映像:事件後の再調査パート】

スタジオの照明は暗く、スタッフの数も明らかに減っている。

タカハシの席は空のまま。



【ナレーション:声にわずかな動揺】


タカハシ氏の行方は、現在も判明していない。

行方不明となった深夜、彼のPCに表示されていた文字列は――


「タカハシ 23日 深夜2時」


この行は、2013年のスレにおいて、元々は存在しなかったものだった。

つまり、“今”書かれた可能性がある。




【映像:再解析ログ】


スタッフがスレのデータを改めて調査。あることに気づく。


「この掲示板ログ、更新されてる……オフラインなのに」

「ローカルのログファイルなのに、1行だけ……“増えてる”。昨日まではなかった」



【新たに発見された行(画面に表示)】


「次は、ヤマグチ。25日、深夜1時50分。」


(※ヤマグチ=現在番組に在籍しているアシスタントディレクター)



【スタッフ間の動揺】


「冗談だろ……これって、俺のこと?いや、こんな偶然……」

「お前、家で見返したりしてないよな……?」


(スタッフの1人が気づく)


「待って……この“ログ”、誰かが“見てる”前提で書かれてる……」



【ナレーション】


スレの投稿は日記形式ではない。

明確に“誰かへ向けて”記述されている。

しかもその内容は、“これから起こること”を示しているかのように正確だった。


それはまるで、“閲覧者の中から次を選び、記録する”存在が、今もなおそこにいるかのようだった。



【その夜/ヤマグチが発見される】


・局近くのトンネル内で倒れていた

・耳と鼻から出血、呼吸は停止していたが心臓は微弱に拍動

・意識不明のまま病院に搬送


【彼のスマホには、“録音ファイル”が1つだけ残されていた】


ファイル名:「note_1.wav」


再生すると、ザザ……という音の中に微かに声が混じっている。


「……たすけて……まだ、見てる……誰かが、読んで……くる……」



【映像:再びスレッド画面】

新たな書き込みが表示される。


「記録は更新された。次の名を記す。」


直後、モニターの画面がブラックアウト。



【ナレーション】


ログは記録ではない。

これは“選定”である。

読んだ者を記録し、次を指定し、繋げるための“ページ”。


このページに、あなたの名がまだ記されていないと、誰が言えるだろうか。

【映像:番組収録の翌朝】

ニュース速報を伝えるテロップ。

「番組AD・ヤマグチ氏、意識戻らぬまま搬送先の病院で死亡」


死因は脳内出血とされるが、解剖では脳そのものに外傷も血管破裂もなかった。

医師は「内部から、何かが崩れたようだ」と証言。

鼓膜は両方とも裂けており、聴覚から強い刺激を受けた可能性があるという。



【ナレーション】


我々は、彼のスマホに残された音声を解析した。

ノイズに紛れて断片的に浮かび上がった音声波形。

その一部をスペクトログラム解析にかけたところ――


“ある言葉”が、映像として浮かび上がった。



【映像:スペクトログラムに浮かぶ文字】


「記録者ハ シンデイル」



【スタッフ一同、沈黙】


「……誰が、書いてるんだ……?」

「投稿主が死んでるなら、じゃあ今書いてるのは……?」



【映像:2013年のネット掲示板バックアップを再調査】

ログファイルの“書き込みIP”を確認。

最初の20投稿までは同一プロバイダからの発信だった。

だが、21投稿目から、IPが未登録のノードになっていた。

まるで、存在しないネット回線から発信されていたかのように。


スタッフの1人が呟く。


「……書き込みは、“向こう”から来てる……」



【映像:スレッド内の奇妙な投稿/番組で抜粋されたもの】


132:名無しの記録者 2013/06/28(土) 01:50:02.66


きょうはだれもきていない。

でもみている。

あなたのうしろは、きいている。

これをよんだあなたのなまえを、おしえて。

わたしはしっているけど、あなたにもおしえてあげる。


――つぎは、○○。


(この“○○”には、番組スタッフの本名が表示されていたが、映像では伏字処理)



【ナレーション:抑えた声で】


ログは“過去”のものではない。

それは、“死者による投稿”である可能性がある。


投稿が続いている。

この瞬間にも、名前が記録され、順番が“更新されている”。



【映像:番組アーカイブフォルダが、勝手に更新される】

編集PCの画面に通知が出る。


「log_■■■_2013.txt を更新しました」


だが、誰もファイルに触れていない。

中を開くと、新たな行が追加されていた。



「さいごノ名ハ、ミテイル者ノナカニ」



【ナレーション】


このページは、閉じられない。

見た者の記憶の中に潜み、書かれ、増殖していく。

“記録者”は、もう一人ではない。

今、この番組を観ている“あなた”も――すでに書き込まれている。



【映像:都内の一般家庭の通報映像】


番組の放送後、視聴者から複数の通報が相次ぐ。


「放送中に、自宅の部屋とまったく同じ構造の“部屋”が画面に映った」

「テレビの画面越しに、こっちを見てる“顔”があった」

「放送を見ていた子どもが“もうひとり自分がいた”と泣き叫んだ」


その中で、ある視聴者が録画データを提供した。



【再生映像:2025年7月22日 午後11時59分】


テレビ画面にスレッドログが映る中、

画面の奥、スレ主が「ここにいた」と記した“白い棚と薄いカーテンのある部屋”が映り込む。


だが、提供者の録画映像には――

画面の中に映った部屋の時計が、録画者の部屋と同じ時刻で動いている。


それだけではない。



【ズーム:録画者のテレビ画面】

画面の右下、カーテンの隙間に人影。

その“部屋のレイアウト”が、提供者の自宅と完全一致していたことが判明。


提供者は数日後、マンションから転落死。

窓は内側から施錠されており、争った形跡はなかった。



【ナレーション】


このスレッドに記されていた“部屋”の構造は、投稿当時、ネット上には出回っていなかった。

にも関わらず、現在判明しているだけで全国14件の一致例が報告されている。


我々の調査によれば、この“部屋”の条件は以下の通り:


・白いレースカーテン

・IKEA製の木製棚(廃番品)

・壁に小さな穴(ネジ跡)

・時計が“2時”で止まっている(※映像では動いていた)



【映像:番組編集室】


別のスタッフが気づく。


「この部屋……俺の部屋と一緒だ」

「昨日、時計が壊れたんだけど……まさか……」


彼の発言を最後に、編集室の映像は停止。

そのスタッフは翌日、失踪。


PCの中に残された動画ファイルの最後には、

誰かが撮影した“編集室の中”の映像が残っていた。


映像の中で、誰もカメラを持っていないのに、

ゆっくりと部屋の全景がパンすると――


編集スタッフの背後、画面の中に、“もうひとりの彼”が立っていた。



【ナレーション】


記録は、再生されることで形を変える。

それは映像であり、空間であり、名前であり、記憶でもある。


もはや、“見ること”と“見られること”の境界は曖昧だ。

あなたの部屋にも、“記録された空間”の共通点はないだろうか。


棚、時計、カーテン。


“部屋”は、もうそこにあるのではなく、ここに来ているのかもしれない。



【映像:番組放送から3日後】


ある都内のマンション住人から局に一本の電話が入る。


「再放送を観ていたら……自分の部屋が、画面に出てきました。いや、似ているじゃなくて、完全に一致してるんです。棚の配置も、時計の位置も、カーテンの柄も。おかしいのは、テレビ画面の中の“棚の上”に、自分が捨てたはずの古い写真立てが映ってたことです」


スタッフが確認のため録画映像を取り寄せ、該当部分を検証する。

すると――



【映像:録画されたテレビ画面の静止フレーム】


・画面に映る部屋:白いカーテン、茶色の木棚、左奥の時計は1時53分

・よく見ると、棚の上に“写真立て”が映り込んでいる

・そこに入っている写真は、依頼者と、顔のないもう一人の人物


スタッフ「この写真、送ってもらえますか?」

依頼者「……ええ。でも、捨てたんですよ。7年前に」



【数日後】

依頼者が転落死。

同じように、窓は内側からロックされ、部屋の中に荒らされた形跡はなかった。

だが、床には再放送の録画DVDと、棚の上から落ちたと見られる写真立てが割れて落ちていた。


写真の中の“顔のないもう一人”の人物が、少しだけこちらを向いているように見えた。



【ナレーション】


この時点で、同様の通報は全国23件に拡大。

“映像の中の部屋”と一致する住人の数はさらに増え、

構造、内装、時刻、光の入り方までも一致する例が多発していた。


その中で浮かび上がった、ある奇妙な共通点。


“すべての部屋に、時計がある”

“その時計は2時を中心に狂う”

“時計の針は、画面を見つめている者の視線とリンクする”



【実験映像:再現ロケ】


スタッフが再現スタジオに同じ構造の部屋を作り、モニターでスレの映像を流す。

すると、静止画であったはずの部屋の映像の中で――時計の針が1分進む。


照明を落とした瞬間、映像の奥で、カーテンがわずかに“揺れた”。

スタジオには空調なし。密閉空間。



【さらに、あるスタッフの証言】


「俺の部屋、去年引っ越したんですよ。なのに、なんであの映像の中の棚の位置が、前の部屋と一致してるんだよ……。しかも今の部屋には棚なんてないのに……

昨日、起きたら、その棚が部屋に置かれてました。」



【その夜、スタッフ失踪】


現場に残されていたのは、

・倒されたモニター

・再生途中で止まったスレログの映像

・開いたままのクローゼット、その奥の壁に――


“もう記録はいらない、もう知ってる”という文字が書かれていた



【ナレーション】


部屋が映るのではない。

映像が、あなたの部屋を“書き写している”。


どこかのスレに書かれた記録の“部屋”は、

記述された瞬間から、あなたの部屋に重なるように作り変えられていく。


すべての視聴者は、自宅という名の“再現セット”の中にいる。

今、その部屋に“誰もいない”という保証は、どこにもない。



【映像:局内/深夜】


収録スタジオの防犯カメラ映像。

深夜1時47分、誰もいないはずの編集室に人影が現れる。

だが、センサーは作動していない。

その影は、照明の当たっていない角度から“カメラを覗き込んでいる”。


スタッフの誰とも一致しない顔。

というより、その“顔”は、記録された映像の中に既に存在していたものだった。



【ナレーション】


「記録」は、人が書いたものではなかった。

最初のスレ主“名無しの記録者”は、2013年6月23日に既に死亡していたことが、親族への取材で判明した。


にもかかわらず、スレッドは6月28日まで更新が続いていた。


IPは全て、存在しないノードから発信。

ログファイルの更新日時は、現在時刻と一致し続けている。


それはまるで、スレッドが“今も生きて書いている”かのように。



【映像:ログファイルが自動で開く】


「log_■■■_2013.txt」

自動でスクロールが始まり、最下部に追いつく。


そこに書かれていたのは――


「この映像を観ている者の部屋は、記録済み。」

「顔は認識した。」

「次の行を記述します。」


その直後――


モニターに現れる、一行の新たな文字。


「いま、あなたがいる場所:____」


(モニターが、一瞬ノイズを挟んだのち、“視聴者の部屋”に見覚えのあるレイアウトを映し出す)



【通報映像:最終放送後のYouTubeライブ】


非公式アカウントが、番組放送を“再アップ”していた。

動画の再生中、視聴者から多数のチャットが殺到。


「え、これ俺の部屋だろ……?!」

「画面の中で、俺が寝てる……何これ何これ何これ」

「誰か……俺の名前、画面に出てる……助けて……」


配信は、視聴者数“666人”を越えた瞬間、自動で強制終了。

サーバーには、視聴者ログが一切残っていなかった。



【番組の最終報告】


局の公式見解により、該当回はすべて封印。

再放送およびアーカイブ化は中止。

映像ファイルは削除済みとされている。


だが、ネット上ではすでに複製された映像が“別の形”で流通しはじめている。

TikTok、YouTube Shorts、ブログの埋め込み動画……

短く切り出された“ある場面”だけが、何度も拡散されている。


その場面とは――

画面の中の部屋から、“もうひとりの自分”がこちらへ近づいてくる瞬間



【ラストカット】


画面は完全な静寂へ。

ノイズの奥から、1秒ごとに打ち込まれるキー音。


カチ……カチ……カチ……カチ……


そして、最後に現れる文字列。


「これで最終行とする。」

「……次が、最初の行になるまでは。」


画面が真っ黒になり、終了。



※タイトルロール表示なし


※音声も途切れたまま



【場面:スタッフの自宅】


再編集を担当していたAD“ミズノ”の部屋。

カメラは固定された監視カメラ視点。

深夜2時ジャスト。

部屋の明かりは消え、微かなモニターの明かりだけが点いている。


ディスプレイには再編集中のファイルが表示されている。


「log_■■■_2013_edit.mov」


タイムラインには、“最後の行”の文字が表示されたまま。


──「これで最終行とする。」

──「……次が、最初の行になるまでは。」


モニターの前でうなだれるミズノの背中。


……その肩が、不自然に揺れる。

まるで“誰かの指先”が、ゆっくり押しているように。


カメラは固定のまま。誰もいないはずの部屋。


ゆっくりと、ミズノが振り返る。


その顔が、カメラの真正面にくる瞬間。

静止した映像の中で、ミズノの目だけがカメラに向かって動く。


次の瞬間──映像が切れ、画面が暗転。



【真っ黒な画面に、わずかに浮かび上がるテキスト】


「このページを読んだあなたの名前を、教えてください。」

「あなたの部屋の棚は、今もそこにありますか?」



【そして、静かに浮かぶ“続編ファイル名”】


  log_■■■_2025.txt


  自動保存中……


                       了

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モキュメンタリー番組制作会社の記録 山猫家店主 @YAMANEKOYA

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