第29話 天誅(コンスタン視点)

 父が急に領地にやってきた。父と会うのは洗礼の儀以来だからまだそんなに経っていないのに、何の用事だろう?


 洗礼の儀で俺に降りた神託は「天誅」だった。その瞬間、物心ついた時からちらりほらりと戻っていた記憶が全て繋がり、俺は意識を無くした。


 神託が神託だっただけに、父は俺をまた領地に戻した。母は「コンスタンに誰かを天誅しろというご神託だわ」と言っていたが、間違いない。あんなことをした俺は天誅を受ける側だ。それは父や母にも及ぶかもしれない。1日も早く俺を廃嫡にし、縁を切ってくれ。


 初めて、あの時の記憶を感じたのは、3歳にもならない時だった。時折見える映像の残虐さに心を閉ざした。いつか俺もあんな目に遭うのだと思うと怖くて怖くてたまらなかった。


 そして、貴族の子供達が集められた第一王子の茶会で初めて第一王子の顔を見た時、強烈な吐き気と嫌な気持ちが浮かび上がってきた。


 ラメルテオン公爵令嬢を見た時、なぜか綺麗な令嬢が破落戸に襲われそうになり、自害している様子が頭に流れ込んできた。


「スタン、お願い。あの女を酷い目に遭わせて。もう、社交界に顔を出せないようにして」


 あの女の声が聞こえてきた。あの女。そうだ、俺はあの女を愛していた。王太子妃なのに俺を愛しているといい、何度も肌を重ねた。あの女は俺の全てだった。言われるがまま汚れ仕事をさせられていたのに。今ならわかる。あの時の俺はおかしかった。なぜかあの女な言いなりになってしまった。


 そもそもなんであんな女を愛していたのだろう? 全くわからない。


 俺にはちゃんと婚約者がいたはず。そうだ、彼女はどうなったのだろう。俺は彼女にずいぶん酷いことをした。あの女に嫌がらせをした罪で断罪した。皆が見ている前で婚約を破棄した。


 あり得ない。俺の婚約者は大人しい人だった。穏やかで優しくて、誰かをいじめるなんてあり得ない。


 俺が覚えている最後は、王宮にフェンタニル軍が攻め込んできて、俺はそいつらに殺された。あの女も殿下もどうなったか知らない。でもその時、死ぬ時に死にたくないと強く思っただからまた子供からやりなおしているのか?


 「天誅」俺はあの時の罪で天誅されるのか? 今まで被害者だと思って怯えていたが、被害者ではなく加害者か。乾いた笑いが漏れる。

あれだけのことをした。罪もない人を苦しめた。「天誅」されるのはあたりまえだ。


「コンスタン! リルゾールに行くぞ!」


 勢いよく扉が開けられたと思ったら父が訳のわからないことを叫んでいる。リルゾール? 確か遠くにある大きな国だ。


 父は蒸気して赤みを帯びた顔で話を続ける。


「昨夜女神が夢枕に立ったのだ。あんな形で神託をもらうのは初めてだった。女神はお前に送った神託の説明をしてくれたのだ。お前は女神に選ばれし者なのだそうだ。他の選ばれし者達と力を合わせ、とある国王に「天誅」を下す役目を与えられた。今すぐリルゾールへ向かえと言われた」


 何を言っている。俺が女神に選ばれるわけがないだろう。「天誅」を受けるのは俺なんだ。きっと上手いことを言って俺を誘き出し、「天誅」を下すつもりなのだろう。怖い。身体の震えが止まらない。


「行きません。ここにいます」


「何馬鹿なことをいっているのだ。神託だそ。しかも女神が直々にお姿をお見せになったのだ。お前に選択肢などない。我がアルプラゾラム侯爵家の命運はお前にかかっている。アルプラゾラム侯爵家の嫡男として、無事「天誅」を果たすのだ」


 あの時の俺は次期侯爵として次期外務大臣として父から英才教育を受けていた。王太子の側近に選ばれ、賢く美しく慈悲深い婚約者を得て、順風満帆だった。どうしてあんなことに。どうして俺は……。


「とにかく、ここから出ろ」


 父は俺の腕を掴み、凄い力で部屋から引っ張り出した。そして従者に湯浴みをさせ、髪を整え、綺麗にしろと命じた。メイドには旅支度を命じて入る。


「午後にはリルゾールから迎えがくる。一緒に行く護衛と侍女を決めてくれ」


 執事は頷いた。俺はメイド達に湯船に突っ込まれ頭の先から足の先までピカピカに磨かれた。櫛も通さずもつれていた母譲りの金髪も輝きを取り戻した。


 死ぬなら美しい姿の方がいいだろう。どんな殺され方をするのだろう。できるだけ痛くない方がいいな。


 いや、「天誅」だ。たくさんの人を殺した俺が痛くない死に方などできるわけがない。小さい頃から恐ろしい映像を見せ、心を病ませ、そしてきっと残虐な「天誅」を受ける。罪を償うためにこの世界に生まれ変わらせたのだろう。


 もう。諦めよう。どんな目にあっても身から出た錆だ。あんな女を狂おしい程愛してしまい、人としての良心を無くしてしまった俺には「天誅」がピッタリだ。



 俺の荷物が馬車に詰め込まれた。ずっと領地に引きこもっていた俺を大切にしてくれた乳母夫婦が一緒にリルゾールについてきてくれる事になった。


 リルゾールからの到着した使者が俺達の馬車に乗り込んできた。


「それでは、リルゾールへと参ります」


 そう言うと同時に目の前の景色が歪んだ。気持ちが悪い。吐き気がする。これも「天誅」か。俺はいいが乳母夫婦は関係ない。女神、どうか「天誅」は俺だけにしてくれ。


 歪んだ景色が元に戻った。


「リルゾールに到着いたしました。初めての転移魔法はいかがでしたか? 転移酔いは大丈夫ですか?」


 転移魔法? 転移酔い?


 俺は転移酔いでまだ目がまわっている。早く「天誅」してほしい。俺は使者に「早く殺してくれ」と縋りついた。


 困ったような顔て使者は俺を見る。


「そんなに辛かったですか? 大丈夫です。すぐ楽になりますよ」


 良かった楽にしてくれるんだ。


 使者が指をパチンと鳴らし、俺の頭に手を置いた。

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