不条理存在【テセウスのオマジナイ】
第8話 目を離してはいけない後輩
「校内で部外者を見たら、先生へ報告を」
そんなポスターが廊下に掲示されていた。
どうやら最近、知らない生徒が学校内を徘徊してるみたいだな。
まさか、ァル子さんのことか?
でも、アイツは誰からも認識されないんだよな。
【ゼッコーアプリ】の問題が解決した今でさえ。
俺はぼんやりと考えながら、真昼間の廊下に立つ。
じわじわと吹き出す汗。
けたたましく鳴くセミの声。
遠くから香る誰かの弁当のニオイ。
いたって普通の学校生活だ。
昨日、あんなことがあったなんて誰も信じないだろうな。
俺は、引き裂かれたハズの胸を撫でた。
すると視線の先で、一人の女子生徒がコソコソと廊下を歩いていくのが見えた。
体は小さい。けれど、
運動部らしいスポーティな風貌の女の子だ。
あれがウワサの部外者だったりしてな。
なんて考えてると、
「あれれ? まさかセンパイ、部外者だったりしないスか?」
と、見知った声が聞こえてきた。
青緑色の長い髪をなびかせ現れたのは、制服姿の美良崎だった。
「お、先生に報告してみるか? お前のイジメも裁いてもらえるかもな」
「グサー! それは言っちゃダメっスよ。いや、悪いのはあたしなんスケドも」
胸を押さえながら苦しむ美良崎。
コイツは相変わらず元気だな。
まあ、それが逆に安心できる。つまり、
昨日の夜【ゼッコーアプリ】に殺されかけたのは、俺だけだってことだから。
「でも、目狩センパイも気を付けてくださいね、【ダレカさん】には」
美良崎は俺の肩に手を置いた。
その顔はホンキとも冗談ともつかない、曖昧なものだった。
「誰かさん? お前また、変なアプリとかに手ェ出してンじゃないだろうな?」
「雲海は嵐を前にしても自身がちぎれ飛ぶことを厭わないんスよ、目狩センパイ」
「何て?」
「白雪は太陽に身を焦がすと知れども顔を背けられないんスよ、目狩センパイ」
「マジで何? 日本語の連立方程式?」
俺はため息まじりに頭を回転させる。
「つまりお前は、『あたしがブッソウなウワサに興味持つのは自然の摂理だ』って言いたいワケだな? でも、どうしてそんな語彙マシマシで話すんだよ。お前ってそういうキャラだったか?」
「あ、えーと……SNSで見たんスよね、そーいう言い回し。試しに使ってみたけど、『キャラじゃない』っスよね。いや~、ウケると思ったんスけどね」
美良崎は模範解答な笑顔で答える。
テンプレートをポケットから取り出したみたいな。
俺はそれに、少し距離を感じた。
「別に、いいんじゃねェ? 俺はお前のそういうセンス、面白いと思うけど」
「何言ってんスか、センパイ。目狩センパイと比べたら大したこと無いですよ。だって昨日、突然消えたかと思ったら、乱れた服で校門に現れましたもんね」
いやまあ、第三者視点で見たらオモシロ人間(蔑称)かもしれないけどさァ。
「とにかく、さっきの続きを聞かせてくれよ。どんな不条理なウワサなんだ?」
すると、美良崎はスグに神妙な顔になった。
「偽物が紛れてるんスよ」
「偽物って、生徒の偽物か?」
「これを観てください」
美良崎が差し出したのは一枚の写真だった。
四月に撮ったクラス写真か。
真新しい制服を着て、黒板の前でみんなキレイに整列してる。
ただ、一つおかしい。
真ん中に映る女の子。
その顔が上手く映ってない。
印刷が滲んでしまったみたいにボヤケてる。
「こんなの、ただのミスプリントだろ?」
しかし、
美良崎は黙ったままスマホに数枚の写真を表示した。
別の日に撮った写真か。
そこには休み時間の、他愛もないじゃれ合いが映ってる。
もちろん、まほろも美良崎の隣で、楽しそうに笑っていた。
けれど、
写真の背景──
美良崎の背後に映り込んでいる女の子。
その顔はブレ、上手く収まっていなかった。
写真を撮る上でよくある話だ。なんて、
言えたら良かったのに。
その子は、さっきの集合写真でも顔がボヤケていた。
これが偶然じゃないなら、【不条理存在】のせいに決まってる……!
「偽物の子は、この学校の制服を着た生徒なんスけど、知らない顔なんス。それか、顔はソックリなんスけど、どこか違う的な……」
「それがクラスに紛れてるってワケか」
俺は視界のスミ、掲示板のポスターを改めて見つめた。
「校内で部外者を見たら、先生へ報告を」
そんな文が掲示されていたのは、【ダレカさん】が理由か。
「【ダレカさん】に成り代わられた生徒は消えちゃうらしいス。写真の子も今は行方不明になってて……。人間に化けた宇宙人が連れ去ってるってウワサも……」
「宇宙人ねえ」
後半部分は話半分で飲み込んだ。
「紛れ込んだ知らない生徒」って聞くとァル子さんを思い出す。
けど、確証は無いな。
どうせァル子さんのことだ。
また俺に【不条理存在】をぶつけ、その様を愉しもうとするに決まってる。
情報は集めといた方がいいだろう。
「忠告ありがとな、美良崎。じゃ、そろそろ帰るわ。俺って帰宅部ガチ勢だから」
「いやいや! 本題はこれからっスよ!」
俺が背を向けると、美良崎はいきなり腕にしがみつく。
ゲームを買ってとねだる子どものように、全体重を乗せて俺を引き留めた。
「ここまで恩を売ったのは全て布石! 蕾が花開くのはその美しさを世界に知らしめるためだけじゃないんスよ!」
「長くなるならベンチに座らせてくれ、自販機前の」
「あ! あたしはイチゴミルク好きっスよ!」
「おごるなんて言ってないからな?」
俺は野菜ジュースを片手に、ベンチで美良崎の話を聞く。
「──つまり、お前は今、まほろとギクシャクしてるってワケか」
「そうなんス! もちろん、悪いのはイジメたあたしなんスケド、また前みたいに話すには、どうすればいいか分からなくて……。合わせる顔が無いんスよ」
美良崎は唇を噛みながら、目を潤ませる。
「朝の部活も話しかけられなかった。教室でも気まずくて、寝たフリで逃げちゃう。だから、全部リセットしたい。自分を辞めたい」
寂し気に俯く美良崎。
そうだよな。
お前の罪はともかく、そう願う気持ちは分かる。
ここはバッチリ、センパイとしてコイツの心に寄り添いたいよな。
俺は彼女の肩に、優しく手を置いた。
「『前みたいに』なんて諦めろよ」
「辛辣過ぎっス……!」
美良崎は俺の胸倉を掴み、ブンブンと揺らす。
さながら、野菜ジュースを飲む前、しっかり振るように。
「今センパイ、慈しみに満ちた目であたし見てましたよね!? ゼッタイ優しい言葉かけて慰めるパターンでしたよね!? まほろだけじゃなくあたしにまで甘くして、三角関係始まるヤツでしたよね!?」
「でも考えてみろよ、美良崎」
俺は彼女の腕を掴み、クールダウンさせる。
「生きてりゃ、関係性なんて変わってくモンだろ? 特にお前らは、昨日の夜悲しみをぶつけ合った。だからこそ、新しい関係性で仲良くするしかねェって」
「それは……正論っス。でも──」
美良崎は言葉を飲み込み、紙パックのストローをガジガジと噛む。そして、
「正論じゃ、救われないっスよ、この気持ちは」
納得いかない表情で、イチゴミルクをじゅるじゅると吸った。
「なら、納得いくまで聞いてやるからさ。俺の前では気楽でもいんじゃねェの?」
「確かにセンパイみたいな人、かしこまらなくていいかもしれませんね!」
何かを閃いたように立ち上がる美良崎。
スッキリしたような笑顔だ。
昨日の朝に見たフレッシュさを思い出す。
「話しやすくていいですね、みぃくんセンパイは。こうやってゼロから仲良くなるのは、気楽で、とっても安心します」
「そりゃ良かった。ま、俺は胸を捌かれてもノーダメージな男だからな。ゆるーくテキトーに接してくれ」
「何スかそれ。次合う時、包丁持ってきた方がいいスか?」
「うーん、もうちょっとセンパイ敬うべきカモ……」
「とにかく! みぃくんセンパイに相談して逆に吹っ切れました! 逆に!」
「含みのある言い方~!」
「いやいや、これはあたしなりの照れ隠しっスから! 喜んでいいスよ」
「ま、話半分に聞いとくよ」
俺は野菜ジュースを飲み欲し、自販機横のゴミ箱に投げ入れた。
「まほろとの新しい関係性、慣れるといいな」
俺は振り返り、彼女に笑いかける。すると、
べこべこと、
美良崎は片手で紙パックを潰した。
「言わなきゃ、分からないですか?」
瞬間──
ぐらり。
視界が歪む。
熱中症にあてられたように、遠ざかっていく辺りの景色。
遠くに見える美良崎の顔を、俺はぼんやりと眺めていた。
その顔はモヤがかかったように滲んで、判別できない。
さっき見た、写真の子みたいに。
「話聞いてくれてありあとっス!」
美良崎はぺこりとお辞儀をする、俺の様子なんてお構いなしに。
「でも、次にあたしを見つけても、ゼッタイ話しかけちゃダメっスよ?」
「どういう意味だ?」
けれど、俺の問いかけに彼女は答えない。
そのまま、どこか楽し気な様子で去って行った。
何かに期待するような足取りで。
そうだよな。
今のコイツは、新しい関係性なんて言われても戸惑うだけだ。
何でもっと気が利かなかったんだろ、俺。
でも、
俺は信じたかったんだ、
二人なら大丈夫だって。
美良崎の背中を見つめながら、俺は一人微笑んだ。
なのに……、
俺が美良崎を見たのは、
それが最後だった。
その日以来、
美良崎こがれは行方不明になった。
⋆⭒˚.⋆✮⋆˙⭑˙⋆✮⋆.˚⭒⋆ ⋆⭒˚.⋆✮⋆˙⭑˙⋆✮⋆.˚⭒⋆ ⋆⭒˚.⋆✮⋆˙⭑˙⋆✮⋆.˚⭒⋆
「★評価」や「応援」めちゃくちゃ興奮します!
美良崎こがれの謎が気になった方は、反応してくれると幸いです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます