第3話 パラレル3 彼の感情を整える者 - ノッペラボウの愛

# 彼の感情を整える者 - ノッペラボウの愛


私の名前はユイ。


私はノッペラボウの一族に生まれた。私たちは人間とは違う。顔に目も鼻も口もない。でも、その代わりに特別な力を持っている。人の感情を読み取り、整える能力だ。


私が初めて彼に出会ったのは、雨の降る夕暮れだった。


「くそっ!なんでいつも俺はこうなんだ!」


公園のベンチで、彼は一人叫んでいた。周りに誰もいないと思っていたのだろう。でも、私はそこにいた。木陰から、彼の感情の嵐を感じていた。


彼の名前は健太。感情の波に溺れる人だった。喜びも怒りも悲しみも、すべてが激しすぎて、自分でもコントロールできない。そんな彼の感情の渦が、私には鮮やかな色となって見えていた。


私は静かに近づいた。


「わっ!」


彼は私を見て驚いた。当然だ。突然現れた顔のない女性。怖がるのは自然なことだ。


「ご、ごめん...驚かせるつもりはなかったんだ」


私は何も言わなかった。言葉を発することはできるが、私たちの族は感情を伝えるのに言葉を必要としない。ただ、彼の隣に座った。


最初は緊張していた彼の感情が、徐々に落ち着いていくのを感じた。私の能力が自然と働いていた。


「なんだか...君のそばにいると落ち着くな」


彼はそう言って、少し照れたように笑った。その笑顔に、私の中で何かが温かくなった。


---


それから私たちは時々会うようになった。最初は公園で、そして彼の行きつけのカフェで。私は黙って彼の話を聞いた。彼は仕事のこと、友人のこと、家族のこと、様々なことを話した。


「ユイさん、君は本当に不思議だな。何も言わないのに、なぜか全部わかってくれてる気がする」


彼はそう言って、優しく微笑んだ。私の中の温かさは、日に日に大きくなっていった。


ある日、彼が特に苦しんでいるのを感じた。仕事で大きなミスをしたらしい。怒りと自己嫌悪で彼の感情は真っ赤に燃えていた。


私は決心した。私の力の一部を彼に分け与えることにした。これは私たちの族では禁じられていることだった。でも、彼を助けたかった。


私は手を差し出し、彼の胸に触れた。私の指先から光が流れ、彼の中へと入っていった。


「これは...なんだろう。すごく...落ち着く」


彼の目が驚きで見開かれた。そして、初めて見る穏やかな表情が彼の顔に広がった。


「ユイ、君は一体...」


私は初めて彼に言葉を伝えた。


「あなたの感情を、少し整えました。これからは、もう少し楽になるはずです」


彼の目に涙が浮かんだ。でも、それは悲しみの涙ではなかった。


---


時が流れ、私たちはもっと近づいた。彼は私の力のおかげで、少しずつ自分の感情とうまく付き合えるようになっていった。仕事でも認められるようになり、人間関係も改善していった。


「ユイがいなかったら、今の俺はないよ」


彼はよくそう言った。でも、本当は彼自身の力だった。私はただ、その手助けをしただけ。


ある夜、満月の下で彼は私に言った。


「ユイ、君と一緒に生きていきたい。言葉はいらない。君がいれば、僕は僕でいられるから」


私の中で、今まで感じたことのない感情が溢れた。人間で言うところの「愛」だろうか。私たちの族では、こんな感情を持つことは珍しかった。


私は彼の左手の薬指に触れ、私の力の光で包んだ。それが私の答えだった。


「ありがとう、ユイ」


彼は私を抱きしめた。顔のない私を、怖がることなく。


---


今、私たちは小さな家で暮らしている。彼は毎日仕事に行き、私は家で彼の帰りを待つ。時々、彼の感情が乱れることもある。でも、もう昔のようではない。彼自身が自分の感情と向き合えるようになった。


「ただいま、ユイ」


今日も彼は笑顔で帰ってきた。私は言葉なく迎える。でも、彼には伝わっている。私の「おかえりなさい」が。


私は顔がないけれど、彼は言う。私が「笑っている」と。


「ユイ、君の笑顔が一番好きだよ」


そう言って彼は私の手を取る。


私はノッペラボウ。顔はないけれど、確かに今、笑っている。彼と出会えて、私も変わった。感情を整えるだけだった私が、感情を持つようになった。


これが「愛」なのだと思う。


そして私は幸せだ。彼の感情を整える者として、そして彼の伴侶として、これからも彼と共に歩んでいく。


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