第15話 居酒屋とお悩み相談②

 食事を始めてからしばらく。


「ん~~~~っ! ほんとにおいしいね、このお店っ!」


 大ジョッキのビールをぐいぐい呷って、シャルが幸せそうに頬を緩ませる。


「喜んでくれたみたいでよかったです!」

「うん! 大満足! よーし、ビールもう一杯だーっ!」


 空になったジョッキをテーブルの端に置いて、「ふんふん♪」と鼻歌を歌いながらタブレットをぽちぽちするシャル。

 楽しそうで何よりだけど、今日の飲みっぷりはかなり豪快だ。すでに空になったジョッキが六つテーブルの上に並んでいる。俺はまだウーロン茶二杯目なのに。


「なんだか今日はよく飲みますね?」


 あまりにもピッチが速い飲み方に心配になって訊いてみると、シャルは顔を真っ赤にしながら「んー?」と蕩けた声を返してくる。


「そうかにゃー?」

「っ……そうです」


 両手を猫みたいに丸めておどけるシャルに一瞬息が詰まりかけた。

 酔ってるからこんなことしてくるんだろうけど、それにしたってかわいすぎる……!

 俺が悶絶していると、「今日は飲みたい気分だったからねー」とどこか遠い目でからあげを頬張りながらシャルが言う。

 飲みたい気分っていうと……なんだろう。


「ちょっとお疲れ気味とか?」

「ん~……そうではないんだけど……ちょっと悩んでるっていうか」

「悩み、ですか?」

「うん。聞いてくれる? 敦人ぉ」


 シャルが人懐っこい猫のようにすっ、とすり寄ってくる。薄いシャツ越しにぴったりとシャルの肌の温もりを感じて、どくんと心臓が飛び跳ねた。


「な、なんですか?」

「んーっとね、昼野先生いるでしょ?」


 昼野先生っていうと、シャルと同時期――つまり、この四月に着任してきた新任の女性教師だ。担当は日本史で、歳も確かシャルと同じくらいだった気がする。

 シャルがふわふわ系の先生だとすれば、昼野先生はギャル系って感じの先生だ。


「昼野先生がどうかしたんですか?」

「そのぉ、この間のことなんだけどぉ――……」


 飲み過ぎて呂律が怪しいけど、シャルは悩みを打ち明けてくれた。

 どうやら休み時間になると昼野先生の周りには質問に来る生徒たちでいっぱいになるらしく、その内容といえば勉強のことやそれ以外のことも……所謂、なんでも相談室みたいなポジションを確立しているらしかった。


「……ちょっとだけ羨ましいなーって思っちゃう」

「まぁ、昼野先生も人気あるらしいですからね」

「……私だってかわいいってアメリカで言われてたもん」


 シャルがビールジョッキにあごを乗せて頬を膨らませる。

 うわ、拗ねてる先生いい……じゃなくて。

 先生は真剣に悩んでるんだよな。だったら、俺も真剣にそれに寄り添わないと。


「あっ、わかったぁ! 私もギャルっぽい見た目に変わるぅ!」

「たぶんそれはみんな逆に心配すると思います……」

「うーん、じゃあどうしたらいいのかなぁ?」

「っ……!」


 こてんと傾けたシャルの頭が俺の肩に乗っかって危うく変な声を上げそうになった。

 お酒のせいか今日はやけにスキンシップが激しい。待ってる間、ずっと俺の太ももに指で『?』って書いてくるし!


「あ、そ、そうだ! 紅華っ!」


 俺が声を上げると、シャルは俺の太ももに『?』を書くのをやめてパチパチと目を瞬かせる。


「紅華……。あ、白州さんだね! 紅華ちゃんがどうしたの?」

「あいつ、この間先生のところに質問に行ったんですよね?」

「あ、うん! この間一回来てくれたんだ!」

「そのあと、紅華に会ったんですけど言ってましたよ。『授業中はおっちょこちょいだけど、分かりやすく丁寧に教えてくれる優しい先生だ』って」


 その瞬間、今までの悩んでいた顔が嘘かのようにパッと笑顔の花が咲いた。


「ほ、ほんとっ!?」

「はい。俺、あいつの友達だから間違いないです」

「えへへ……優しいせんせい……」


 俺の言葉を噛み締めるように、シャルがニコニコしたまま繰り返す。

 確かに昼野先生は人気だし、比べてしまって凹む気持ちも分かる。

 きっと、俺だってシャルの立場だったら同じことを思うかもしれない。

 だけど――


「そうやって一人一人に優しく向き合ってあげられるのが、先生のいいところだと思いますよ!」


 できる限りの笑顔を湛えて、俺は答えた。


「そ、そうかな?」

「そうですよ。だから、自信持っていいと思います」


 ……あんまり人のこと褒めたり励ましたりしたことないからちょっとだけ恥ずかしかったけど。


「……誰かと比べて悩まない方がいいのかなぁ?」

「そうですね。えっと――……」


 続きの言葉が喉元で詰まる。

 ……言うかすごく迷う。でも、


「何かに真剣に悩んでる先生もいいですけど、やっぱり先生には笑顔の方が似合うっていうか……」


「ふえぇ!?」


 シャルが大袈裟にのけぞって、ゴンと壁に頭をぶつける。

 さすがに今のはキザ過ぎたか!?

 つい雰囲気に流されてしまった感はあるけど、なに恥ずかしいこと言ってんだ俺!


「い、今のはちょっと口が滑って……!」

「えへへ……っ。笑顔が似合うかぁ……えへへへ」


 頬をだらしなく緩ませて、シャルがくねくねと身体をくねらせる。

それから、


「こうかなっ?」


 両頬に人差し指を当てながら満面の笑みをお見舞いしてきた。

 星が弾けるような全力の笑顔に、きゅっと胸が締めつけられる。

 か、かわいい……! 学校の先生ってことを忘れるくらいに……!

 シャルの笑顔に悶絶していると、シャルは「あ、そうだ!」と突然大きな声を張り上げた。


「元気をもらったお礼に敦人のことも元気にしてあげるねっ!」

「え、元気に?」


 なんだろうと思った矢先。


「えいっ!」

「っ……! ちょ、せ、先生っ!? く、くすぐった……ははははっ!」


 ちょん、と脇腹をつつかれて俺は個室に大爆笑を響かせた。


「おお! 敦人も笑顔になった! これはどうだーっ!」

「あっははははは!」


 ――と、そんなことがありつつ宴は続いて。

 最終的に予定通りへべれけになったシャルを駅まで送り届けて今日のところはお開きとなった。

 ちゃんと帰れるのか、あれ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「先生……キスは授業の範囲外です」 阪田咲話@書籍発売中 @sakusakusakuwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ