第31話「スパイシーな誘惑〜リリカ編」

「カナメっち!バジリコ三姉妹の大トリはこの私っす!覚悟して愛し合おうっす!」

リリカが満面の笑みで叫びながら、怪しげな七色に光るグミを手に近寄ってくる。


「って、ジャンケンに負けただけだろ?お手柔らかに頼むぜ」と俺は返したが、彼女はニヤニヤとしたままで聞く耳を持たない。


「《リリカ特製・アニマックスハーブグミ》っす!めっちゃ美味いから食べてっす〜!」

 

「……名前からして怪しさ満点なんだけど」


「大丈夫っす!これ食べれば、二人の心がドッキュン☆と繋がるんすよ!」


リリカは胸を張って差し出す。

その目はキラキラと純粋で、しかし期待に満ちていて断りづらい。

仕方なく口に入れた瞬間――


(……ッ!? な、なんだこれ……シナモンとハチミツと、パクチーみたいな匂いが山椒と絡まり暴走して……苦くて舌が痺れる……!)


「ど、どうっすか!? カナメっちのために、がんばって初めて作ったんすよ!」

リリカは一転して、両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、祈るような瞳で俺の反応を待っている。


俺はあまりのマズさに涙目になりながらも、可哀想なので必死に笑顔を作る。

「……あ、ああ、美味しいよ。すごく……個性的な味だ」


「本当っすか!!アタシも食べるっす!!……ぅわっ!!ニッガァ〜〜〜!!」

リリカが絶叫し、舌をベロベロ出して床を転げ回る。


リリカの叫びとともに、黒煙が一気に弾けた。

次の瞬間――俺とリリカの服装も、周囲の景色も一変していた。


「な、なんだここは!?」


気づけば俺は黒い羽織と和装を纏い、背中には巨大な包丁型の刀が背負われている。

リリカは豪華な十二単をアニメ風にアレンジしたような、煌びやかな衣装に変わっていた。

髪には金色の簪が揺れ、その瞳は宝石のように輝いている。


「……カ、カナメっち!? アタシ、お姫様になってるっス!!」

リリカが頬を染め、着物の裾をひらひらさせている。


振り返れば背景も完全に異世界アニメそのものだった。

紅蓮に燃える空、砕けた大地、空中に浮かぶ巨大な岩。

そして、そこにふわりと立っているのは――炎のマントを纏った冷徹な笑みを浮かべる、つぎはぎの顔の男だった。


「ついに、この時が来た……」


そう言うと、突如、男の体から黄色い粉が竜巻のように吹き出す。辺り一面が炎に包まれたように高温になり、俺は目を開けていられなかった。


そして地響きとともに、巨大な蠍が赤い炎を纏って姿を現した。

全身を覆う甲殻は灼熱のマグマのように光り、さらに鋭い鋏の灼熱のギザギザが赤い煙を纏いつつ、ギラリと閃く。

その瞳は灼けるような橙色で、見る者の魂をも焼き尽くさんばかりに睨みつけてくる。


「我が名は――《刃嗎禰羅神(ハバネラしん)》!!

人間どもを業火で焼き喰らうことで、血肉と魂を糧に力を増す不死のスパイス王だ!

とりわけ……英雄バジリコ丸の血を引く乙女、リリカ姫よ、貴様の肉体はわしと共に永遠の炎を宿す贄となるのだ!」


リリカは震え上がり、思わず俺の袖を掴んだ。

「カ、カナメっち……アタシ、狙われてるみたいっス……!?」

(涙目で袖をぎゅっと掴むリリカ。BGMも壮大)


「何でこんな展開になるんだよ!アニメじゃないんだし!」


マルティナ「……でも名前はカップ麺ぽいですわね」


ラヴィーナ「コンビニ限定!君は食べ切れるか?“辛さ爆炎系!ハバネラ神!”だな」


カナメ「あ〜、あるある!……って、お前らいつからそこにいたんだよ!!」


リリカ「お姉たち!アタシ達だけの感動的なドラマに入り込んで邪魔するんじゃないっすーー!!」



刃嗎禰羅神「(ぐぬぬ……許さぬ!)わしの圧倒的名乗りを台無しにしおって……!!」


怒り狂った刃嗎禰羅神が両腕を大きく広げ、灼熱の粉を空中に撒き散らす。

「ジョロキア・デスブレス!!」


瞬間、ラヴィーナとマルティナが赤熱の炎と唐辛子の竜巻に飲み込まれた。

二人の悲鳴が響き渡り——


ラヴィーナ「か、辛ァ〜〜ッ!? 」

マルティナ「わ、私達は……カップ麺じゃありませんわああ!!」


……その声すら一瞬で掻き消え、跡形もなく世界から消滅してしまった。


「す……凄い威力っす……」

リリカが震えながら俺の腕を掴む。

「カナメっち、気をつけるっすよ……もう、アタシ達しかいないっす」


灼熱の粉煙をかき分けながら、刃嗎禰羅神がぬらりと姿を現した。

その巨体が近づくたび、辛味の瘴気が肺を焼き、視界が揺らぐ。


刃嗎禰羅神「逃げ場はない……喰らえ、絶望のカプサイシン地獄を!」


リリカ「ひ、ひえっ……近いっす近いっす! 気持ち悪いし、息が辛いっす〜!!」

カナメ「くっ……でも、もう退けねえ……!」


そうは言ったが、俺はあまりの高熱に立っているのが精一杯だった。


その時、リリカが俺の手を強く握りしめた。

「カナメっち……信じてるっす。アタシ達、二人の愛があれば、辛さにも勝てるっす!」


……“愛“、その言葉に胸の奥で何かが弾けた。

俺の体を走る熱が、痛みでも恐怖でもない、暴力的なまでに優しい衝動へと変わっていく。


カナメ「行くぞ……!」

リリカ「ええ、いっしょにっす!」


次の瞬間、どこからかノリのいい主題歌が流れると共に二人の声が重なる。


「アルティメット・バジリコォォォォーー・スラーーッシュッ!!」


眩い緑の閃光と共に、背後に巨大なバジリコ丸が顕現。

灼熱の嵐を一瞬で切り裂き、閃光を帯びた俺の剣が、刃嗎禰羅神の胸を貫いた。


刃嗎禰羅神「ぐああああっ……! バジリコ丸よ、まだわしを苦しめるのかっ……1000年生きたこのわしが、こんな甘ったるい……き、きずなごときに……負けるものかああああああ……!!」


バジリコ丸「ふふふっ何千年生きても、愛を知らない貴様に究極のスパイスなんかできやしねぇ、本当はお前だって溺れたいんだろ?愛のスパイスに……」


刃嗎禰羅神「くっ……わしは、なんと無様なのじゃ……、何のために1000年も……こんな愛の無い辛さにばかりこだわっていたのじゃ〜〜!!」



最後の咆哮を残し、辛味の巨神は砕け散り、粉の嵐も嘘のように消えた。


——静寂。


リリカ「……終わった、っすか……?」

カナメ「ああ、俺たちが勝ったんだ」


ボロボロの衣装を気にして赤面しつつ、リリカがこちらを見上げる。

その瞳に浮かぶのは、勝利の喜びよりも、ただひとつ。


リリカ「カ、カナメっち……私達、運命の絆で結ばれてるっす……だから……その……キス……してくれるっすか……?」


俺は涙を浮かべてそう言ったリリカの勇気を讃え、そっと、優しく唇を重ねた。

リリカのその小さなピンク色の唇は、震えを隠し切れていなかった。

リリカの心臓がドキドキと鳴り、灼熱とスパイスの戦いの緊張感も、二人の間で甘くとろけていく。


灼熱の戦場に、甘すぎる口づけだけが残った——


リリカは呆然としながら、俺の胸に顔を埋める。


「……カナメっち……これが、愛の……スパイス……なんすね……♡」

その声は震えていたが、幸せそのものだった。


だが次の瞬間。

「ぶひゅっ!!」

リリカの鼻から盛大に赤い線が吹き出し、俺の顔を真っ赤に濡らした。


「は、鼻血!? え、ちょ、ええええええ!??」


背景が唐突に三姉妹の部屋へ戻る。ラヴィーナが腹を抱えて笑い転げ、マルティナはしたり顔で頷いた。


「アッハッハッハ!やっぱリリカにはまだ早ぇんだよな!」

「ごめんなさいね。わたくしの色っぽいターンで鼻血癖がついちゃったのよね」


「グスっ……アタシ、カッコ悪いっす……」

リリカは涙目で顔を伏せる。

「カナメっち、こんなカッコ悪い女……嫌いっすよね……?」


俺は少し息を吐いて、優しく笑った。

「いや、リリカ。さっきのあの夢、お前が作り上げたものか?」


「うん、そうっす。ヒーローカナメっちに悪の親玉から助けられるのが夢だったっすよ……」


「なんて言うか……凄い、楽しかった!お前とはなんか、気が合いそうだな!」


「ほ、ホントっすかぁ……!?」

リリカの顔に、涙と笑顔が同時に咲いた。

その姿は、さっきまでの戦場よりずっとまぶしく見えた。


「カナメっち〜♡♡♡♡♡」

鼻にティッシュを詰めたまま、俺の胸に顔を埋めるリリカ。

いじらしいその背中を、思わず優しく撫でた。


……ふと横を見ると、ラヴィーナとマルティナがじっと睨んでいる。

その表情は――明らかに嫉妬だった。

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