第4話:不老

 ウィルモットが傍にいるようになってから作業効率は格段に上がった。

人間が生きる為にしなくてはいけないこと…例えば家事や素材の買い出し等。それをウィルモットがすべて引き受けてくれたのだ。

その分研究室に籠れる時間が増え、集中できる。


 それに加え、どうやらウィルモットには剣の才能があったようで、素材探しに行くときは護衛として辺りの警戒までこなしてくれるようになった。

レベッカにも魔法の才能があったが、かと言って魔法を使いたいかと聞かれたらそれは否だ。

使った後に訪れる体の怠さがどうしても嫌いなのだ。使うなら薬の開発の為に使いたい。魔法は攻撃手段だけで収めておくものではないのだ。

これは中々良い拾い物をしたかもしれない。




 こうして黙々と研究を続けて約二十年。あっという間に過ぎていった。

不死の薬に使えそうな素材は順調に集まりつつある。

体の修復を助ける不死蝶の鱗粉に、脳みその老化を防ぐ人魚の鱗。そこに免疫力と細胞分裂の手助け役として私の支援魔法の術式を組み込めば、計算上は完成しているはずなのだ。


 マウス実験で安全性は確認済み。それを私が飲んだのが約十年前。

これを飲めば風邪などひかないはずなのに。


「どうして私寝込んでるのかしら」

「どうもこうもないよ…。無茶するからじゃないか」


 咳き込むレベッカの背中をさすりながら、困った顔で水を渡すウィルモット。付き合いが長くなるにつれ彼も言うようになってきたものだ。

レベッカがベットの住人になったのは欲しい素材があるからと徹夜を繰り返し、自身の体調も顧みず森の中や水の中と駆けずり回ったからである。


「そうじゃなくて。私確かに不死の薬を飲んだわよね?どんな病気にも負けないものなのに」


 もしかして、失敗していたのか。原理的にはこれでいいはずなのに。

風邪でくらくらする頭で失敗した原因を考えるが、焦りが募り、何も思い浮かばない。


マウスで実験した際は、異様に長生きする個体が多かったのを覚えている。

それは体が常に健康であるからだと考えていたが、違ったのだろうか。


「焦らないで。レヴィの研究が間違ってたことなんて、今まで無かったでしょ?」


 そう言いながらタオルを水に浸し、再び額においてくれる。

この二十年でウィルモットとも随分と打ち解けた。愛称で呼ばせたりなんかして。親しくなるのを怖がっていた癖に、なんて少し思い出に溺れる。


 そこで、ふと思った。


「ウィル、貴方老けたわね…?」

「えっ」


 そういえばウィルモットも推定年齢は三十歳近い。昔のような若々しさはないが、その美貌は年々磨きがかかっている。そのせいで今まで違和感を覚えなかったのだが。

それに比べて私はどうだろうか。あの頃から全くと言っていい程変わっていない。正確に言えば不死の薬を飲んでから。


 レベッカの一言に思ったよりダメージを受けているウィルモットに鏡を持ってこさせる。

そこに移るのは皺という概念のない肌。ニキビがおでこにあるのはご愛敬だが、ニキビが頻繁にできるのはおおよそ二十代までだろう。例外も勿論あるだろうが、少なくともウィルモットの肌にニキビは見当たらない。


 嫌な予感がする。すでに私が飲んだものを不死の物と仮定して、これからどう改良していくかと同じものをかなりの量作って保管してある。

もしもこの薬が不死の薬ではなく、不老になる薬だとしたら?

それならば今風邪をひいている事も、ウィルモットとの年齢差を感じたことも、辻褄が合う。


マウスが異様なほど長生きしたのも恐らく歳を取りづらくなったことが原因だろう。ネズミと人間では歳のとりかたが違うのだ。いくら人間用の薬を飲ませたとて完全なる不老になる事はない。それ故に気づくのが遅れた。


 こんな代物、世に出す訳にはいかない。

不老ということは人間を超越した時を生きられるようになるという事だ。

そんなもの、あって良いとは言えないだろう。不死はそう銘打っているだけで、完全なる健康体を目指すものだ。人間を超越させないように仕上げるつもりである。


 幸いレシピはレベッカしか知らないうえ、材料も独自のものだ。一般人には手も出せない代物と言える。

これはチャンスなのだ。永遠とも言える時を手に入れた今、薬を完成させることは不可能ではない。

すでに地盤はできている。地道に研究を続けるまでだ。



「けど、不老じゃあ意味ないのよ。不死じゃないと」


 レベッカの呟きを聞いたウィルモットはなんとなく現状を把握した。ウィルモットは頭も切れる男だったのだ。

レベッカが不老になった今、ウィルモットが先に寿命を迎える事は明らかだ。

そうなったら一体誰が彼女を支えるというのだろう。

彼女には同じ次元の、同じ境遇を持つ人間が必要だ。


 レベッカの真髄は、強い女性ではない。全く真逆の、寂しがりやの女の子なのだ。

そんな彼女の心の支え。ウィルモットが目指すべきはそこだ。

人間は孤独に弱い。それが物理的なものでも、精神的なものでも。ウィルモットは彼女に尽くすと決めた。ならやり遂げるしかないだろう。


 ウィルモットには一つレベッカに隠していた特技があった。

それは自身の見た目を変化させる魔術だ。どんな人間にもなれるし、どんな年齢にもなれる。

しかしそれは見た目だけで、実際の年齢は変えられないし、人間性も変わらない。

魔法が悉く苦手なウィルモットが唯一使える魔法だ。


 つまり、ウィルモットも不老の薬を飲んでレベッカと同じくらいの年齢に見た目を変えれば、不変の関係でいられるのだ。

思い立ったら即行動。レベッカが眠った後、薬が保管されている地下に向かった。

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