第5話:そして、転生

 不老の薬を飲んだ事がバレたのは、飲んでから約十年が経った頃だった。

ウィルモットが一向に老いず、逆に見た目がどんどん若返っていくのだ。いくら他人に興味が無いレベッカでも気づくのは必然だった。


「貴方、自分がどんな薬を飲んだか分かってるの!?」


 ウィルモットの両腕を掴み、必死な形相で詰め寄るレベッカ。いつの間にか追い越された身長は平均より高く、誰もが大きいというサイズだ。

しかしそんな彼の顔はまるで捨てられた子犬のような、怒っている方がいたたまれなくなる表情をしている。これがギャップというやつなのだろうな、とウィルモットは自身の顔の良さを最大限生かし、レベッカに泣きついた。


「だって、キミを一人ぼっちにしたくなかったんだ。歳を取らないキミは必ず見送る側になってしまうだろう?」

「…そんな顔をしても無駄よ」

「ねぇ、レヴィなら分かってくれるでしょ?僕、レヴィとずっと一緒にいたいんだ」


 ウィルモットの怒涛のおねだり攻撃にレベッカは少しの沈黙の後、呆れたようにため息を吐いた。

ウィルモットの言葉に嘘がない事はなんとなく分かる。これでも半世紀近く一緒にいるのだ。

彼自身が生きながらえる為ではなく、レベッカと共にいる為なんて言われたら、許すしかないだろう。


「…もう飲んでしまったのなら仕方ないわ。その代わり、こき使うから覚悟しなさいよ」

「レヴィ!」


 嬉しそうに抱き着いてくるウィルモット。その頭を軽く撫でてやれば嬉しそうに頭をすり寄せてきた。

永遠とも言える時を手に入れた二人。一人は不死の薬を求めて。一人はその者の傍にいる為。


時に剣の特訓をし、誰よりも強い力を手に入れた。

時に魔法を極め、人知を超える転生の術を完成させた。

時に薬を作り、誰かの命を救った。


こうして随分と長い年月が流れた。





「ウィル、私が頼んだのは聖女の涙よ?スカイドラゴンの鱗なんて今は必要ないわ」

「ごめんレヴィ…。聖女は王国に厳重に管理されてて難しいんだよ」


 見た目を変える術を持たないレベッカ。何十年も同じ見た目の人間がいると怪しまれるのは避けられない。

その為何度も転生し、別人としての人生を手に入れていた。

ウィルモットは転生の術が使えない代わりに見た目を変える事ができる。姿を変え人に紛れつつ、転生したレベッカを見つけ出しては常に傍にいた。


 今回の人生ももうかなりの年月が経っており、知り合いは皆老人になっていた。

レベッカが表を歩くのはリスクがあるため、ウィルモットがお使い係として各地を駆け回っているのだ。


「…今回もそろそろ限界かもしれないわね」


 お詫びにと紅茶を淹れていたウィルモットは心配そうにレベッカを見つめる。

ウィルモットから受け取った紅茶は絶品で、香りが芳醇だ。


「レベッカ、今度はどれくらい時を飛ぶの?」


 空になったティーカップを受け取りながら聞くウィルモット。

どこまでも心配性な彼を安心させるため、準備をしながらウィルモットの腰を軽く叩く。


本当は肩に手を置きたかった。

しかしいつの間にか伸びたウィルモットの肩に手が届かないのだ。レベッカの中ではウィルモットは拾ったばかりの頃の印象が残り続けている。ウィルモットはその事に少し不満げである。


「……まぁ、ざっと百年ってところかしら。前回五十年もとべたし、大丈夫よ。」

「百年かぁ…。長いなぁ」

「私がいない間、研究資料の保管はよろしく頼むわよ」

「分かった…って、もう行くの!?」


 ウィルモットがレベッカの手を撫でながら話している間にすでに転生する準備は整っていた。

これで何回目かも分からないのだ。もう慣れてしまっている。


「あのねぇ、レヴィからしたら一瞬の事かもしれないけど、僕は百年間潜伏し続けるんだよ?それもキミがいない状態で!だからもう少し情緒ってものを…」


 もにょもにょと拗ねる様に指をいじるウィルモットの頭を撫でる。

確かに無神経だったかもしれない。しかしレベッカの第一優先は薬の開発なのだ。

照れて顔が真っ赤になったウィルモットから手を離し、術を発動させる。その瞬間、レベッカの意識は遠のいた。


次の人生も、自由であれますように。と願いを込めて。







 レベッカが気が付いたのは自身の身体年齢が五歳の頃である。

いつも遠目で見る事しかできなかったくらい高級な布で作られた服を着て、それまた手が届かないどころか一生をかけても手に入らないであろう大きさの屋敷で暮らしている。

そんな自身の家柄を、頭のいいレベッカは一瞬で突き止めた。


レベッカが転生した先は、公爵家だと。


 なんということだ。よりにもよって最上位の公爵家だなんて。

これでは将来王家に嫁ぐか、公爵家を引っ張る女主人になるしか道はない。自由など、この身分の者には無いのだ。

いつも身分は平民だった。何回転生しても平民なのだ。それもその筈。そう軽々と貴族になれてたまるか。


資金面で苦労することは確かに無いだろう。しかし自由がないという事はつまり、親の敷いたレールしか走れないスリルもクソもない人生だ。


 レベッカはそんなもの求めていない。欲しいのは研究をする時間ただ一つ。

いっそのこと家を出ようか、と思ったが、それは流石に良心が痛む。自身の都合で公爵家一つ潰しかねないというのはいささか問題があるだろう。


「レベッカお嬢様、どうかされましたか?」

「…大丈夫です」


 この年齢からすでに社交界に向けて教育が始まっている。その勉強をしていた際、ふと薬学の本が目に入ったことで記憶が戻ったのだ。

多少大人びた発言をしても喜ばれるだけ。子供が成長したと喜ぶ今回の親の顔が浮かんだ。


 今回の両親は公爵家の親。その認識しかできないような人物だった。

普段全く姿を見せないし、偶にすれ違っても声すらかけない。愛情というものを忘れてきたのだろうか。

いや、決して愛が無いわけではないのかもしれないが、愛されている自覚は持てなかった。


その分多くの期待を押し付けてくる。プライドの高い貴族ならではのものが多い。

賢くあれ、気高くあれ。そして、王家に嫁ぐのだ、と。


 賢くあるのは簡単な事だ。軽く貴族のマナーを覚え、所作を綺麗に保っているだけなのだから。

しかし一番の問題は、研究のための場所の確保と、その時間だ。

資金は毎月入るお小遣いで良い。むしろ多い方だ。しかし場所はどうしたものか。家から離れた場所を借りても良いが、何回も出入りを繰り返せば怪しまれるのは間違いないだろう。


「…あら。久しぶりね」


 頭を回転させながら自室で夜空を見上げていると、部屋に一匹の蝶が舞い込んできた。

いつの日か拾った不死蝶だ。ウィルモットの事が嫌いなようで、レベッカが転生しいなくなると同時に不死鳥も姿を消すのだ、を聞いた。

今回もレベッカが現れるまで自由に過ごしていたのだろう。しかし素直にレベッカの元へ帰ってくる所を見るとずいぶんと懐かれたものだ、と少し嬉しくなった。


 不死蝶はレベッカの手にとまり、翅を休める。少し経つとまた飛び出し、レベッカの周りをフラフラと回り始めた。

何かあるのか、とレベッカが立ち上がるのを確認すると、蝶は何かに導かれるよう部屋を出た。

周りにバレぬようコッソリとついていくと、蝶は階段を降り、調理場に向かい始めた。

レベッカもあまり行かないような場所を勝手知ったる様子で進む。


 ようやくとまったと思えば、そこは料理のレシピ等が置いてある本棚だった。

一、二冊手に取ってみてみるも、特に変わった様子はない。


「本ではないとしたら、この本棚に何かあるのかしら?」


 レベッカが本棚を詳しく調べ始めてようやく蝶は彼女の肩にとまった。どうやら本棚に秘密があるのは間違いないらしい。

壁に耳をつけノックしてみる。音が軽く、かつ反響しているため本棚の先に隠し通路でもあるようだ。

何とはなしに蝶がとまった本を取り出す。すると本棚がゆっくりと動き出し、隠されていた通路が姿を現した。


 通路は薄暗く、奥には下へ続く階段があった。

魔法で光源を確保しつつ、慎重に進む。いつも騒がしい屋敷だが、今この時だけはまるでレベッカしかいないのではないかと錯覚してしまう程静かだ。


 突き当りまで行くと、鉄で作られているのか分厚く頑丈なドアが設置されていた。

鍵は無いが重たい為かけるのに少し時間がかかった。何とか体が入る程の隙間を作り、滑り込む。


そこには大量の金や宝石の他に、大量の本が丁寧に保管されていた。どうやらここは隠し金庫のようだ。

しかし誰からもこの場所の話など聞いた事がない。

保管されていた本を見てみると、かなり昔の物が多い。その年に起こった事件、災害、情勢の変化。

知る者が知れば悪用されかねない事が大半を占めている。


 恐らく先代が意図的に後世に伝えなかったのだろう。後継ぎが信用できなかったのだろうか。

しかしレベッカは書かれている殆どの事を自身が体験してきたのである。

どうせ知っていたことだ。勝手に見てしまった事は反省するが、誰にも話す気もない。これで勘弁してほしいものだ。


 少し探索してみると、宝石類の他に貴重な素材や今となっては滅びてしまった生物の標本、またその植物を乾燥させたものまで。

レベッカの目は過去最大級に輝いていた。

レベッカの肩にとまっていた蝶も、いつの間にかとびまわり、お目当てのもの見つけたのか何かの瓶にとまっている。

蓋を開けて中身を出してやると、喜々としてすいはじめた。瓶の中身はどうやら蜂蜜のようだ。しかも中々状態がいい。


「貴方、これを飲む為に私を利用したのね?」


 レベッカはそう言いながらも顔は穏やかである。何といっても籠るにはうってつけの部屋を見つけたのだ。

ここに保管されているものは誰ぬも見つからぬよう場所を移して保管しておく事にする。

ただ秘密基地を見つけただけで、そこを自身の部屋にすると、両親にはそう報告すればいい。


 蜜をすいきってしまった蝶がおかわりをせがむように辺りを飛び回る。

ここを見つけることができたのはこの蝶のおかげだ。レベッカは少し多めに蜂蜜を出してやった。

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