第2話:一人目【ウィルモット】

 その日、僕は神様と出会った。

僕の人生を大きく変える、僕の女神様。



 僕は所謂捨て子で、ゴミを漁ったり盗みを働いたりして何とか命をつないできた。


親の顔ももう思い出せなくなってきた頃。雨を凌ぐ為に入り込んだ建物が、運悪く奴隷売買所だった。

あっけなく捕まってしまい、奴隷として売り捌かれ、労働の日々。

酷い日は丸一日働き続けた後に、ノルマをこなせなかったバツとして体罰を受け、ご飯すら貰えなかった。


 何もしてないのに、何故こんな目に合わなくちゃいけないんだろう。

人生を変えるなら、自分から動かなくちゃいけないのかなぁ。


 そう思い続けたある日。いつも閉まっていて出られない牢屋のカギが開いていたのだ。

そういえば今日の戸締りはドジでいつも怒られていた男だった。

怒られた鬱憤を僕たち奴隷で発散していくから嫌いだったけど、今は感謝しかない。


 逃げ出すなら今しかないだろう。

そう決心した僕は、見つからない様に変装をしつつ、何とかアジトから抜け出すことができたのだ。


 アジトから少し離れた場所にある、不死鳥が出るとかで人気が無くなった森。そこでひとまず休むことにした。

森は隠れやすいし、何より、人間がいない。目撃情報は少ないほうがいいと思ったのだ。

しかし、それが間違いだった。


 森の整備されていない道には、足跡が残りやすいのだ。

歩く人もいないから、一瞬で居場所がばれてしまう。


「見つけたぞ、この餓鬼ィ!!」


 枝をかき分け歩いていた所で、男の声が響いた。

追ってきていたのはドジな男。ボスに相当絞られたようで、所々にケガがある。

それもそうだ。子供の奴隷は調教しやすいとかで高値で売れる、とアジトの奴らがぼやいていた。

自分もかなりいい値段したのだろう。失うのは損失でしかない。


 男は鬼の形相で追いかけてくる。

思いきり走っても、やはり大人の足には敵わない。すぐに腕を掴まれてしまい、投げ飛ばされた。


 木に体を勢いよく打ち付けてしまい、一瞬呼吸が出来なくなるほどの衝撃が全身を襲った。

痛みで思ったように体が動かなくなってしまう。

何とか立ち上がろうともがいている間に男がすぐ傍まで来る。


恐怖で思わず涙が出てきた。


「てめぇのせいで親方にどやされちまった!てめぇのせいだ!」


 男が怒鳴りながら蹴りつけてくる。

頭やお腹、急所ににあたる部分は何とか庇うが、蹴られる衝撃と痛みでどうにかなってしまいそうだ。


お腹を踏みつけられ、呼吸が上手くできない。

どうにか足をどかそうとすると、更に勢いよく足を振り下ろされてしまった。


目の前がチカチカと光って、良く見えない。

人が滅多に通らないこの場所じゃ、助けも期待できない事ぐらい一目瞭然だ。


 こんなひどいめにあうのなら、ゆうきなんてだすんじゃなかった。


もう痛みも感じなくなってきていたその時。


「そこのお前、大人しく手を挙げて地面に跪きなさい」


 凛としていて心地のいい声が耳に入ってきた。

根性で目を開いて、その人物を捕らえる。


 その女の人の周りだけ、輝いて見える。

女神様かな、もしかして幻覚かも。そう思う程に美しく見えたのだ。


 しかし彼女の存在は幻などではなかった。

僕の女神は存在したのだ。


 女の人は雷を操り、いとも簡単に男を気絶させる。

もう自分を害する者はいない。

その安心からか、僕はいつの間にか意識を失っていた。




 誰かに頭を撫でられる感覚がして、目が覚めた。

頭を撫でていたのは知らない女の人で、よく見たらさっき助けてくれた人だった。


僕が起きている事に気づいてないのか、女の人は頭を撫でながら泣き出してしまった。

何が原因で泣いているのか分からないし、泣いているところを見られるのも嫌だろう。

僕は寝たふりを続けながら、女の人の様子を伺う。


 そういえば、誰かに頭を撫でてもらうなんて、久しぶりだ。

僕を捨てた両親も、あまりそういった事はしてくれない人だった。


その温かさが何だか嬉しくて、初めて落ち着いて過ごすことができた。




「起きなさい。もう出発したいのだけど」


 朝日が昇り、テントの中にも光が入って来ていた。

何かを焼いて食べていたようで、少し香ばしい香りが残っている。


「…ありがとう。助けてくれて」

「別に。親の勝手であんな目にあう子供を、見てられなかっただけ」


 お礼を言うと、女の人はそっぽを向いてしまった。

心なしか頬が赤い気がする。

しかしそれは一瞬の事で、気が付くと真顔に戻っていた。


「ケガは?私あまり回復魔法が得意じゃないから、上手くできてないかもしれないのだけれど」


 そういえば、昨日より体の痛みが随分と良くなっている。

得意ではないというのは嘘ではないのだろう。所々痛む部分がまだある。


だが、回復魔法と言うのは相当な魔法使いでないと使う事すら難しいとされていたはずだ。

使えるだけでも凄いことなのだ。実際回復魔法を使える人に会ったのはこれが初めてである。


「もう痛くない。ありがとう」


 僕がそう言うと女の人は無言で頭を撫でてくる。

されるがままにしていると、女の人は手を止め、立ち上がった。


「私の名前はレベッカよ。貴方は?」


 答えようとして、言葉に詰まる。

そういえば、僕って何て名前だっただろうか。

名前は一応あったはずだ。けど、もう長らく呼ばれていない。


 何も答えない僕に、レベッカはため息を吐く。

呆れられたか、と気落ちする僕を放ってレベッカは辺りを見渡した。


 一番にレベッカの目に入ってきたのは一匹のネズミ。

ネズミ、マウス…モルモット。


「そうね…。じゃあ、貴方は今日からウィルモットと名乗りなさい」

「ウィ、ウィルモット?」


 えぇ、可愛いでしょう?と胸を張るレベッカ。

ウィルモットなんて名前、あまり聞いた事が無い。完全に思い付きだろう。

それが何だか可笑しくて、なにより嬉しかった。


 世界に一つの、僕のための名前。


「…ふふ、変な名前」

「なによ。まぁ、呼びにくいからウィルとでも呼んであげるわ」


 完全に初対面。かつどこの馬の骨とも分からない子供に名前をあげるなんて、レベッカは優しすぎる女の子だ。


僕の心は、レベッカに完全に奪われてしまった。

一目惚れとはこういったものの事をいうのだろうか。それとも僕が単なだけか。

けれど、出会ってしまったからには後には引けない。


 レベッカがどんな悪人でも、僕は彼女の助けになると誓おう。

それが、命の恩人へのせめてもの恩返しだ。

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