不死を求める不老の魔女、貴族に転生する

「「

第1話:魔女誕生

「姉さん!こっちこっち!」

「待ってよキャルロ!」


 昼下がりの、雲一つない晴天の日。

妹のキャルロと家の傍にある花畑でかけっこをしていた。


あまり体調の良くない母の為に、煎じたら熱を下げる効果のある薬草を取りに行った帰りだった。


 せっかく来たのだから少し遊んでいこうと言い出したのはキャルロ。

花畑は私たちのお気に入りの場所だった。


「ねぇ見て、綺麗にできた」

「あら本当。いつの間に花冠作れるようになったの?」

「ウフフ、内緒!」


 日が沈み、辺りが暗くなるまで遊んだ。

道に迷いやすい私の手をいつも引いてくれたキャルロの後姿は、一生忘れることはないだろう。


その存在がどれだけ私の中で大切か。




 目を開けると、そこは寝室だった。

キャルロの看病中に寝てしまったようだ。


キャルロの持病がまだ悪化せず、両親も健在だった頃の夢。

何とも質の悪い夢だ。もう心の中に仕舞ったはずのものなのに。


 両親が不慮の事故で亡くなってから、全てが上手くいかなくなった。

キャルロの病状が徐々にに悪くなり、発熱からくる四肢の痛みで歩くことさえ出来なくなってしまったのだ。


いくら解熱作用のあるお茶を煎じて飲ませても良くならない。

いくら医者に見せても原因不明としか診断されない。

いくら回復魔法をかけてもダメだと首を振る。

不治の病。人々はこれをそう呼ぶ。


 そんな事認めてたまるか。

同じく母親も体が弱く、よく体調を崩した。


しかし自身が調合し、煎じた薬を飲ませれば少しは改善したのだ。

きっと、キャルロも良くなる。そう信じて、今日も薬を作るしかないのだ。





「ただいまキャルロ」


 寝ているのか、返事が無い。

しかしそれはいつもの事だ。自分に言い聞かせるようにそう念じてから、寝室に向かった。


「キャルロ、今日は良い薬草が採れたのよ。これを飲めばきっと良くなるわ」


 話しかけてもピクリとも反応しないことに痺れを切らし、体を揺らそうとキャルロに触れた。


冷たい。

いつも熱を出しているからって、ここまで下げる必要はないだろうに。


「ねぇ、キャルロ。返事してよ。キャルロったら」


 どれだけ体を揺らしても、キャルロは目を覚まさない。

死後硬直を起こし始めた体は固く、それがキャルロの死を目の当たりにさせているようだ。


「キャルロ。嘘だと言ってよ。そんなの、私認めないから」



 その後、異臭がすると近隣住民が押し入ってくるまで私は動けなかった。

その異臭までもが私の希望を打ち砕く。


「あ~…キャルロの事は残念だったね。今の時代じゃどうすることも出来なかったんだろ?」


 こんなに長生きしただけでも奇跡だよ。

そう言って私の肩に手を置く大人。


どうしてそんな慰めを聞かなくてはならないのだろうか。

時代を理由に、技術不足を理由に愛する人の死を飲み込めなんて。


 許せない。絶対に。

魔法が、魔術があるからと医学に研究費を割いていなかった事くらい、薬学を齧っていた私には分かり切っていた。


 このままでは医学は何世紀経っても亀の歩み程しか進歩しないだろう。

それならば、この私が作り出してやる。


どんな病気も敵わない抗体を、体の中で半永久的に作り出すことのできる薬を。


その薬を【不死の薬】と銘打って、私は研究を始めた。






 研究を始めて、あっという間に約五年が経過した。

その人の症状に合わせて薬を調合し販売することで日銭を稼ぎ、何とか生きていくことはできている。


何をするにしてもまずは知識が資本だ。

そう考えた私はあらゆる土地を歩き回り、知識を身に着けた。


幸い齧っていた程度だった薬学を再び学びなおすことができた為、更に研究に身が入る。


 とはいえ私が作ろうとしているのはなんとも夢見がちな薬だ。

何十年でも、何百年でもくらいついてやる。


「お嬢ちゃん、山に行くのかい」

「えぇ。何か?」

「いやぁ。今は行かん方がいいと思うぞ」


 今いる国の山奥に、不死鳥が出ると噂が立っていた。

嘘かもしれないが、行ってみる価値はあるだろう。


 不死鳥の血には不死身になれるという伝説があるのは有名な話だ。

他にも人魚の肉や賢者の石、金など。

噓か真かも分からなくなるようなものが多数ある。


 しかし詳しく調べる手段が無い今、やれることは全てやるべきだろう。

だからこうしてわざわざ不死鳥を狩りに来たのだ。


何故か私には魔法の才があったようで、大抵の生物を殺める手段に困ったことはない。

キャルロの死を見て以降、そのあたりの倫理観を失ったような気もするが、さして問題はないだろう。



 しばらく山道を歩いていると、やけに騒がしい所に遭遇してしまった。

男が怒鳴る声が辺りに響いて仕方がない。

茂みの隙間から様子を見てみると、男が小さな子供を殴っているように見えた。


「てめぇのせいで俺は親方にどやされちまった!てめぇのせいだ!!」


 何を言っているのかは理解ができなかったが、多大なる責任転嫁をしているという事だけは分かった。

大の大人が子供に向かって見苦しい。


なんだか子供の姿がキャルロを彷彿とさせて胸がざわつく。

考えるよりも先に体が動いていた。


「そこのお前、大人しく手を挙げて地面に跪きなさい」

「誰だ!?」


 男が慌てて振り返る。

しかし声をかけたのが若い娘だと分かったからか、強張っていた顔が少し緩む。


「なんだ、餓鬼かよ。ビビらせやがって」


 注意をしたのにも関わらず男は動きを止めない。


「床に跪けと言ったはずだけど」

「丁度いい。餓鬼が一匹増えたなら親方も許してくれるはずだ」


 男が子供から離れ、歩いてくる。

警告を聞く気がさらさらないのだろう。


男に手を向けて、雷の魔法を放つ。

雷は命を奪うまではいかないが、動きを止めるのに最適の魔法だ。


感電した男は気絶し、床に倒れる。

か弱い人間にしか威張れない者は基本弱者だ。


 男の体を木に括り付け、身動きが取れないようにする。

もし追って来られたりしたら面倒でしかない。

動物の餌になろうが知ったことではないのだ。


「貴方、大丈夫?」


 殴られていた子供はぐったりとしているものの、命はあるようだ。

今ここで回復魔法をかけてやっても良いが、如何せん魔法は好きではない。


使いすぎると体が怠くなり研究どころではなくなるのだ。

それに、今日は不死鳥が目的で来たのだ。子供に構っている暇はない。


 応急手当を済ませた後、子供を背負い、体にロープで固定する。

少し重たいが、まぁ許容範囲内だ。



 山に入ってからかなり歩いた。

日もだんだんと傾きだし、辺りが暗くなってくる。

光が無い中山道を歩くのは危険だろう。念のために簡易的なテントを持ってきておいて正解だった。


 十分もかからずに組み立てを終え、中に子供を寝かせる。

歩いている間もずっと寝ていた。それほど体に負担が掛かっていたのだろう。


長い間手入れされていないであろう金髪は伸び放題。そのせいで男か女かすらも分からない。

見た目から年齢を割り出すのも難しいだろう。早く意識を戻して話を聞いた方がよさそうだ。

そこまで考えて、ふと思う。


何故私はこの子を助けようとしているのだろう。

あの時、別に無視すれば関わり合いになる事もなかった。

今自分一人なら、わざわざテントを立てる事だってせず、木の上で野宿という選択をしただろう。


傷だらけの子供がいるというだけでやる事も増えるのに。


 そういえば、この子供を見た時、キャルロが頭の中に浮かんだ。

キャルロも、こんな綺麗な金髪だった。

優しくて淡めの、光を通すと透き通って見える色。


そんなキャルロと色も、細さも、質感も、殆ど同じ。

我ながら気色が悪いと思う。赤の他人の髪の毛を、まじまじと観察しているなんて。

けれど、髪を撫でる手を止めることができない。


 涙が溢れて止まらない。

まるで、キャルロの頭を撫でているような感覚に陥るのだ。

もう一度この感覚を味わえるなんて、思ってもいなかった。


 私は夜が明けるまで頭を撫で続けた。


子供が起きていたことにも気付かずに。

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