追放の国

夜市川 鞠

追放の国

 

 キッチンで、ママが野菜を切る音がする。沸騰した鍋に、切った野菜が次々と投げられ、コンソメの香りがリビングの方まで漂ってきた。パパはソファの上で新聞を広げ、アニはいつものように大学の受験勉強に励んでいた。イモウトである私は、リビングのテーブルでお絵描きをしながら、晩御飯の支度を待った。

 ピピピピッ ピピピピッ

 冷蔵庫のタイマーが鳴り、コンロの火が止まった。ママがタイマーを止めたのを合図に、四人は食卓に集う。

 私は机に出していたお絵描き帳とクレヨンを鞄にしまい、テーブルの上を拭いた。ママが赤いホーロー鍋に入ったコンソメ野菜雑炊をテーブルの真ん中に置く。

私の目の前にはママが、その横にはパパが、左横にはアニが座り、いつものように食卓を囲んだ。

「お腹すいたー」

「イモウト、お茶淹れてー」

「はーい」

「じゃあ、手を合わせて、いただきまーす!」

 ごくごく普通の家族に見える私たちは、実はホントウの家族じゃない。

 私たちは、前の家族から追放され、此処、「追放の国」に送られたものたちだ。

 私たちが家族結成を決めたのは、七年前のこと。

牢屋の扉が開けられた時、私たちの運命もまた、開かれた。

 私は生まれつき子宮がなかった。私の住んでいた村では、女は跡取りとなる婿を産まねばならなかった。役目を遂行できないものは、必然的に生贄になる――という名目で、神主の餌食となるはずだったのだが、神主は私を犯す前に、児童ポルノ罪で先に追放の国送りとなり、それに続くようにして、石女の私も此処へ送られることになった。連行される前日、実母からは、「常世へ行っても元気でね」と言われた。当時七歳だった私は常世ってのがなんだかわからなかったけれど、幼いながらに、なんとなく、売られるんだってことはわかった。そして、家族にはもう、二度と会えないんだろう、ということも。そして、此処は母のいう常世、なんてものではなかった。

 此処――"追放の国"には、家族から「不要」の烙印を押されたものたちが集う。此処へ送られるものは、現世でなんらかの罪を犯したものばかりということは、乗せられた船に満ちた異様な雰囲気と、臭気と、ぎらぎらした目つきでわかった。私たちは、狭くて臭い牢屋の中で、追放の国で生きる術を教えられた。現世とは真逆の、追放の国特有のルールを。


一に、追放の国に追放されたものは、現世での名を名乗ってはならない。二にて述べられる「family」での役割を、それぞれの名とする。

二に、追放の国では、「family」を形成し、成り上がるために共に歩め。

三に、追放の国では、罪を極めたものが最高権限を持つ。己の罪を極めよ。

四に、罪を極めるためならば、手段は問わない。

※ただし、最高機関にて”革命“と判断する事態が認められた場合、この国のルールは逆転する。


 国のルールに則って、私はイモウトになった。元の名は、本当に忘れてしまった。

 横にいるアニは、私より三つ上の男の子だから、「兄(アニ)」と呼ばれているし、ここにいるママやパパだってそうだ。

 アニは、捨て子だった。アニが十一歳の時、母親が新しい男を作って家を出ていったそうだ。取り残されたアニは、近所の人の通報によって此処へ届けられた。言葉通り、大人の都合で「いらない子」の烙印を押された子どもだった。

 向かいに座るママは、殺人罪で此処へ左遷されたひと。産後鬱のワンオペで、とうとう過呼吸になってしまって、リビングでひとり紙袋を口に当てて呼吸を整えているうちに、赤ちゃんが死んでしまった。

 気を失うように眠ってしまったママは、常に泣いていた赤子の声が聞こえないことに気づき、急いでベビーベッドの部屋へ向かったそうだ。赤ちゃんが安らかに眠っていると思ったのも束の間、息をしていないことに気づく。うつ伏せによる窒息死だった。親戚や夫から、常に母親と女の両立を求められていたママは焦り、赤ちゃんの死を隠そうとした。夫が帰ってくる前に、急いで近所の工務店へ走り、赤ちゃんがひとり入れるほどの大きな植木鉢一つと、土と、鮮やかな花の苗を購入し、赤ちゃんを新聞紙に包んで植木鉢の中に土葬した。夫は帰宅度、すぐに娘はどこかと問い、答えないママの頬を打った。包丁を突きつけられて脅され、親戚に預けたという嘘もすぐにバレて、警察沙汰になった。死を隠そうとしたことに世間の非難は集まり、ママは家族から「人殺し」の烙印を押された。夫が育児を手伝わなかったことは闇に隠された。ママだけが悪者になった世界から、ママは追放されたのだ。

 斜め左に座るパパは、痴漢の冤罪で此処へ来た。帰宅ラッシュのときに、死にたい女の子の餌食になった。パパは言われたことをそのまま呑みこんでしまうようなところがあり、警察に何度も詰められるうちに、ホントウがなんなのかわからなくなった。パパの友人からは、「男は本能に従ったまで。これは男に対する差別だ!」などとわけのわからぬ擁護を受け、それがまた批判を呼んだ。最初は夫の無罪を主張していた妻や娘からも、しだいに侮蔑されるようになった。一瞬にして全世界の女の敵と化したパパは、極悪非道人として、追放の国へ流されたのだ。

 この国は、悪を極めることによって、財貨を己のものにしようと企む者たちで溢れている。もちろん、私たちのように平穏を望む者もいるだろうが、イレギュラーな存在であることは間違いない。

 船の中で、漆黒の瞳で虚空を見つめていたのは私たち四人だけだった。私たちは、どこか示し合わせるようにして「family」になった。類は友を呼ぶのか、他の猟奇的な犯罪者たちと違って、私たちは、ホントウの家族に「いらない」の烙印を押されただけの、かわいそうな人間の集まりだった。周りのぎらぎらした人間のように、俺たちを捨てた世間を見返そう、なんて気持ちは微塵も持っていなかった。それが、復讐になるとも考えていなかった。ただただ、消えたい、と願うばかりだった。

「family」を形成するにあたって、それぞれの罪(もしくは追放された理由)を話す、いわゆる「カミングアウト」を行う。

「カミングアウト」は私にとってリスクでしかなかった。私の役割を周知することは、私がそういう道具だと周囲に言い渡すことにほかならない気もしていた。ただ、当時七歳だった私は、この最悪の国で、どうにか自分のことを守ってくれる大人が欲しかった。私のことをいやらしい目で見る大人が――私を犯そうとした神主が同じ船に乗っているのではと思うと気が気でなかったし、船を下りたとて、神主の他にもそういう類いの連中がうじゃうじゃいるだろう。

 アニは、男の子だけれど髪が長くてどことなく中性的だったから、怖くなかった。パパから痴漢という言葉が出てきたときは身構えたが、絶望の瞳の奥に無実のかけらを見つけたとき、この人はきっと私を傷つけないだろう、と思った。「俺は全てを失ってしまったけど、死にたい女の子が、電車に轢かれて何億の賠償金を遺族に背負わせる道を選ばなくてよかった。あの子の父親だったら、娘が生きていてよかったって思うよ」なんて言うひとが、極悪非道人なわけが、なかった。けれど、世間では、ある種のレッテルを張られたら最後らしい。最後には、パパのどんな言葉も、ねじ曲がって伝わってしまっていたのだろう。ママは、人殺しに仕立てられたひとで、赤ちゃんが死んでショックなのに、それまで誰も助けてくれずにひとりで頑張っていたのに、ママだけが悪者にされていて、可哀想だった。

 私がカミングアウトしたとき、パパとママは泣いていた。ひどい、かわいそうにって泣いていた。私はパパとママが泣いてくれて初めて、子どもが大人の生の供物になることは、怒るべきことなんだって、ホントウの意味で気付けたのだ。子宮がない、という理由で、捨てられたのはおかしいことなんだって、気付けたのだ。それがたとえ、生命の正の法則に反していたとしても。産まれてきただけで、生きているだけでいいんだよと肩を抱かれて、私は生まれて初めて泣いた。生贄として神主に身を捧げよと、父に迫られたときも、愛する母と別れるときだって、ひとつも泣かなかったのに。

 私はあの時、虐げられるのが当たり前で動物として淘汰されるべき存在から、みんなと同じ人間になれたような気がしたのだ。

 周りの「family」が大罪を犯して、追放の国での富と名声を手にしようと企む中で、私たちは、いつかくる「革命」を待つことにした。私たちが「family」に課したミッションは、ごくごく普通の「家族」になること。失った家族を超える、「家族」になることだった。

 それが、此処ではひどく難しい、と気づいたのは、ミッションを提出した後のこと。

罪を重ねずに過ごすので、当然、此処での社会的地位は最下位。半地下のような場所で、生活保護を受けて暮らしている。なお、追放の国は政府の監視下にあるので、死刑囚でない限りは、日本国憲法第二十五条に則って、「健康で文化的な最低限度の生活」が送れるようになっていた。

 私たちには家や最低限の家具などが支給されるが、ごろつきの犯罪者がうようよいる中で、男女ともに身を守り、生き延びねばならない、というのは至難の業だった。追放の国には至る所に監視カメラが設置されており、もちろんこの家だってそうだ。トイレからお風呂に至るまで、生活圏の全ては政府の監視下。監視カメラに捉えられたいかなる犯罪も、社会的地位のポイントに反映される。それは、殺人や強姦などといった非道なものばかりではない。此処では、万引き、ポイ捨て、叩く、蹴る、などの暴力(※自己防衛を除く)もポイントに加算されてしまうのだ。この国で、罪を犯さない、ということは案外難しい。罪を重ねれば、高級マンションに住むことができ、毎日高級レストランの食事を食べられる。罪の誘惑は至る所に存在していた。

「family」結成時に定めたミッションは、一年達成するごとに家族ポイントとして通常の犯罪ポイントの二倍、生活面に還元されることとなっている。そして、それを七年間保持し、達成したとき、「革命」が起きる、という裏ルールがあった。大抵の「family」は、罪を重ねて上りつめようとするため、自身と「family」に極悪非道な犯罪的ミッションを課し、七年目に突入しないように六年間の達成状態を目指すことになる。七年目が来たら、革命と判断され、逆転が起こりうるからだ。革命が起これば、犯罪者の立場は一気に最下位となる。

 だから、私たち「family」は、あえて普通の家族を七年間保持することを決めた。犯罪者が簡単に成り上がれる国で、普通の生活を維持しようなんてバカなミッションをするやつらはそうそういない。しかも、それを、七年間維持しよう、なんてのは普通に考えて無謀だからだ。けれど、私たちは、人間のままでいようと決めた。革命を起こし、追放の国で頂点を取るのだ――。

 今日、私たちの「family」ミッションは七年目を迎える。お昼の鐘が鳴り、私たちのミッション達成までちょうど十二時間を切った。私たちは、この七年間、罪の誘惑に負けず、誰も傷つけずに、私たちが獲得できなかった家族を演じてきた。

「私たち、よくやってきたよね」

「ほんとだよ。俺なんか、此処にいても大学行けないのにさ」

 アニは、いつか追放の国から追放される日を夢見て、勉強を重ねてきた。アニは賢い大学へ行って、官僚になって、この国を変えるんだって。私は、アニならホントウに変えられるんじゃないかな、と思う。

「そういえば、追放の国で本当に逆転が起きたら、どうなるの」

 それは、アニが大学へ行けるのか、という意味合いで言ったはずだったけれど、どこか違う響きを持ってみんなに届いた。私自身も、発言して初めて、どこかでずっと続くと思っていたこの生活にもきちんと終わりがあることを悟った。

 沈黙を打ち破ったのはパパだった。

「まあ、それは革命がホントウに起きてから考えればいいじゃないか。な」

「そうよ。でも、ママが考えるに、逆転が起きたら私たちは国の最高機関なわけだから、きっと大学もできるわ。犯罪に怯えずに、各々が好きなことができるって最高じゃない」

 私たち家族の「family」ポイントは、七年間でほぼゼロポイント。革命が起きれば、私たちが頂点となることは明白だった。虐げられた私たちは、自らの力で国を獲得することになる。革命が、本当に存在するならば。

 私は今になって、なんだか、終わらないでほしいな、という気がしていた。たとえハリボテだったとしても、私にとって此処は、ホントウの家族以上に私にとって家族だったから。私はこの七年間、犯罪者が蔓延っているこの国で、一度も辱めを受けなかった。私は、半地下の世界で守られてきた。食料調達の時は父のみが出て行き、ママとアニが家を守ってくれた。父は負傷して帰宅することもあったが、元看護師だったというママのすばらしい治療によって回復したし、私とアニも外へ出ることがなかったから、病気をあまりしなかった。私とアニは愛に飢えていたから、この半地下が一番で、外に出たいという気も起こらなかった。ただ、何があっても生き抜けるように、パパ指導の元、筋トレと体力作りはうんとしてきた。狭い半地下から、王都の方角を割り出し、万が一に備えて、脱出のための地下通路を、キッチン下の食糧庫に作ってきた。走り込みはいつもそこで行っているから、それなりに足は速いし体力もある。地下通路は王都へ続く下水道と直結しており、そこで煙幕など、私の村で教えられた人を傷つけない護身術を実践してみたりもした。それは幸い、この七年間で一度も使わなかったけれど。

 あまりにも幸運な七年間の思い出にとっぷりふけっていると、急に物々しいサイレンの音が聞こえた。それは、いつか村で火事が起きたときにきいたあの不謹慎な音にそっくりだった。

『警告。警告。この国に、革命を企むモノを発見。革命発生まで、残り十二時間。全犯罪者は逆転を警戒せよ』

 突如、町中に響き渡った放送に、唖然とする。

「え、今の、何……?」

 外が急に慌ただしくなった。窓の割れる音とヘリコプターの飛ぶ音。どこからともなく罵詈雑言が飛び交い、銃を乱射する音と悲鳴が街を包んだ。

「逃げるぞ」

 パパとママは示し合わせたように頷いて、防護服を着用するように促した。ピストルを渡されて、遂にこのときが来てしまったんだと悟る。

「プラン1で行く」

 プラン1というのは、万が一に備えて私たち家族が編み出した脱走経路のことだった。私たちはこの七年間で、私たちにしか通じない言葉をたくさん編み出してきて、でもそれを使うだなんて微塵も考えていなかった。

 幸せだった日々は、一瞬にして地獄と化す。いつか、私が生贄にされたみたいに。いや、あそこはもともと地獄だったか。幸せが壊れるとわかるのは、この七年間が、私にとってあまりにも安全で、あまりにも幸せだったからだ。

爆破音が響き渡り、家の窓が割れて鍋の中へ入った。私たちは、ついさっきまで、普通に会話をして、楽しく食卓を囲んでいたのに。ドンドンと扉を叩く音が聞こえ、扉が破られる。銃をかまえた男と目が合う。私たちは銃弾を避けて、キッチンの床下にある食料庫に潜った。食料庫の奥にある小さな扉から、地下道へ行ける。

野太い男の声が、「下へ逃げたぞ!」と追ってくる。足音からして、たぶん、五、六人はいるだろう。

「振り返ったら死ぬぞ! 走れ!」

 パパが私の手をひく。食料庫の奥にある小さな扉を開き、私とアニが押し込まれた。続いてママが入った時、パアンと嫌な音がした。振り返ると、パパの胸に、血が滲んでいた。槍のようなものが貫通していて、それが爆弾と分かったときにはぞっとした。

 パパは、私たちに背を向けたまま、「プラン2だ」「幸運を祈る」と指で合図をした。小さな鉄の扉が閉められる。私たちは狭い地下道を走った。暗闇の中でも走れるのは、明りがなくても地下道の経路を把握しているからだった。しばらくして、遠くの方でパパが死ぬ音が聞こえ、土埃とともに生ぬるい風が流れ込んできた。



「プラン2」は誰かが死んだ際に、残った家族でミッションを達成する、という意味だった。ママはよく、人って簡単に死ぬのよ、と看護師時代の話をよく聞かせてくれたけれど、本当にそうらしい。数時間前、一緒に昼食をとっていたはずのパパは、もうこの世にいないのだから。

 マンホールからの僅かな彩光を頼りに、私たち三人は足を進めた。追っ手は見えないから、パパが食い止めてくれたのだろう。こういうこともあろうかと、地下室にはたくさんガスボンベを蓄えていた。爆破の威力は相当なモノだったはずだ。

マンホールの蓋が外れでもしたら、とビクビクしながら歩いたけれど、地上で行われている無意味な争いはマンホールから下へは流れてこないようだった。

 革命達成まで、あと六時間を切った。お昼から何も食べていなかったけれど、アドレナリンが出ているせいか、まったくお腹が空かなかった。マンホールからの採光は火の色を帯び、夜の地下道を照らした。

「喉、乾いたね」

「うん」

「パパ、死んじゃったね」

「うん」

「ここの水飲んだら、お腹壊しちゃうかな」

「下水なんて飲めないでしょ」

「だね」

 とりとめのない会話をアニと交わしていたら、後ろでドサっという音が聞こえた。

振り返ると、ママがお腹を抱えて倒れていた。額に汗を噴いているが、熱でもなさそうだ。

「大丈夫? お腹、痛いの?」

 ママは、険しい顔つきで右下腹部を押さえて、ああ、とため息を漏らした。

「歩けそうにないわ。私は置いていってちょうだい。アニと、イモウトで逃げて」

 そう言うと、ママは目を閉じた。「プラン2よ」「幸運を祈るわ」と指で合図をした。

 その合図が出たときは、何があっても自分たちが生き残ることを優先すると、堅く約束していた。けれど私は、嫌だよ、と言った。ママと離れたくなかった。

 アニが私の手を引く。嫌だ、嫌だと泣き叫ぶうちに、地下道の水に、あるはずのない月が映っていた。月に、人影が、ひとつ、ふたつ、みっつ。

――マンホールが開いている。

私とアニは、全速力で走り出した。

「子どもがいたぞ!」

「捕まえろ!」

 男たちは、倒れているママには見向きもせずに、私たちを追ってきた。銃の代わりに、刺股とロープを持っているところからして、おそらく売人だろう。捕まれば、私は運命を繰り返すことになる。アニも同じ運命を辿るか、生きたままに腹を割かれて内臓を売りさばかれるかのどちらかだろう。

 私はポケットから粉を取り出し、煙幕を作った。男たちが騒ぎ立てるうちに、側道へ入って行方をくらませた。

 私たちが生き延びさえすれば――ママは、助かるかもしれない。

 私たちが革命を起こすから。必ず、起こすから。どうか、それまで生きていてね。

 革命が起きるまで、あと三時間。


 

「王都って書いてある」

 アニが、マンホールを指差して言った。私たちは、地上へと続く長い梯子を登る。アニが先で、私があとを追うように登った。アニは、マンホールの蓋を開けようと試みた。重い蓋を何とか押し上げて空が見えたとき、アニは足元を滑らせ、私の上へ降ってきた。私は、反射神経でアニをよけてしまって、しばらくして、ゴン、と嫌な音が聞こえた。

「アニ……?」

 返事がないのが答えだった。アニは、約三階の高さから落っこちて、死んだのだ。ただ、アニの力によって、私ではとうてい開けられないであろうマンホールの蓋が開いていた。

 そしてとうとう地上へ出たとき、ピーッとサイレンが鳴った。

『おめでとうございます。個人革命が達成されました』

 放送が流れ、地上に立つ私の元に花が降り注いだ。私は白衣姿の警備の人たちに囲まれ、あれよあれよという間に王都の城へと招かれた。

 豪華絢爛な城の中。レッドカーペットの上を歩く。私が一生手にすることのなかった黄金が、此処にあった。カーペットの先には空白の王座があった。

『頂点に選ばれし者の判定を行います』

 警備のものが大きなモニターを持ってきた。きっと、政府の管理する「family」ポイントが算出されるのだろう。

『family No.142460 イモウト 七年間通算個人ポイント 0  ◇個人革命達成』

 私はモニターに映し出された結果を不思議に思った。そこには、「個人革命」とあったから。「プラン2」に移行したからだろうか。パパ、ママ、アニは死んでしまったから? 

もう私に家族はいないから?

「あの……familyで革命を達成したはずなのですが」

 おずおずと尋ねると、画面が切り替わった。

『familyでの革命は達成しておりません』

「それは、私のfamilyはもう生きていないからですか?」

 画面上に、『「family」ポイントを確認しますか?』の文字が現れる。私は、恐る恐る『はい』のボタンを押した。画面が白く光り、私の「family」ポイントが、カタカタと打ち込まれていく。

『family No.142460 通算「family」ポイント 34億70万』

嘘だ。こんなポイントなら、革命は達成できない。詳細ボタンをクリックする。

『family No.142460 パパ   七年間通算個人ポイント 13億3070万

 family No.142460 ママ   七年間通算個人ポイント 11億2000万

family No.142460 アニ   七年間通算個人ポイント 9億5000万

family No.142460 イモウト 七年間通算個人ポイント 0  ◇個人革命達成』

「何これ……何で私だけ0ポイントなの。パパは? ママは? アニは?」

 さらなる詳細ボタンを押して、私はその場にへたりと座り込んだ。隠された真実にめまいがした。

「みんな、嘘つきだったんだ……」

 パパは、少女殺人罪だった。遙か昔に、痴漢と言われて全てを失った男は、女子高生への憎悪が消えなかったらしい。十五歳~十八歳までの女の子を殺して、ポイントを稼いでいた。私は今、十四歳だけれど、年齢で言えば、あと一、二年ほどで高校生になる。数年違えば殺されていたかもしれないという事実にぞっとした。

 ママは、食料の窃盗罪だった。そういえば、誕生日と、「family」結成記念日だけ、私たちのご飯はコンソメ野菜雑炊から、ステーキとケーキに変わっていた。ママは、特別な支給があったと言っていたけれど、違ったのだ。あれは、ママがデパートや他の家から盗んできたものだったのだと、今になって気づいた。

 アニは、驚くことに売春だった。母に捨てられたアニは、母を求めたのだろうか。私に降りかかった悪夢を、アニが体験していたのだとしたら、と思うと気が気でなかった。しかし、思えばアニは思春期の男の子で、そういうことに興味がないはずもなくて。そういえば、いつも勉強している分厚い参考書たちはどこからやってきたのだろう、と考えると、合点がいった。アニは、自分で稼いだお金で本を買って、勉強していたのだ。ポイントが加算されることを知っていたはずなのに、どうして……。

 ひとりになって、私だけが守られていたことに気付く。七年間0ポイントの、お気楽温室育ち娘には、今さら何も解らないのだった。ただただ、みんなに騙されていたんだという怒りがふつふつと湧き上がってくる。

 けれど、と思う。私は、その優しい嘘に守られていたのだ。思い返せば、七年間、私は村の悪夢にうなされることなく、生き抜くことができた。パパは人殺しだったけれど、私のことは殺さなかった。盗むことはいけないことだけれど、ママの作るおいしいご飯で、私は生きてこられた。アニは、小学校に通っていない私に、基礎的な勉強から法律の話まで、たくさん教えてくれた。アニが勉強していたのは、もしかすると、私に、追放の国を変えさせるためだったのではないかと思えてくる。

 私の家族は、嘘がとても上手だった。

『頂点に立つ者よ。そなたの望む国を創れ』

 私は首を振る。私の、パパは、ママは、アニは、ホントウの家族のもとへ帰りたかったはずだ。けれど私は、みんながいなくなったら、どこにも居場所がない。豪華絢爛なお城にひとりぼっちなら――。

「追放の国を、破壊して」

『承知しました。革命を遂行します――』

 目を瞑る。辺りは一瞬にして光りに包まれた。

これで、私は、私にとってホントウの家族の元へ行ける。


 追放の国は、王都からの閃光によって、瞬く間に消滅した。




ニュース速報:20XX年、太平洋に真っ黒な島が発見されました。島の中心には、『追放の国 イモウトの記憶』というブラックボックスが発見されており、近隣で飛行機の墜落事故がなかったか捜査している模様です。また、各国の調査支援チームや専門家たちによって、謎のブラックボックスの解析が進められています――。

ニュース速報:20XX年に発見された謎のブラックボックスの内容が、ついに明らかに!



※なお、この文書は、20XX年に発見された『追放の国 イモウトの記憶』の記録を解析し、物語化したものになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追放の国 夜市川 鞠 @Nemuko3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ