第5話  決意の深化

穏やかな朝の時間と訓練の始まり



朝の光が差し込む寝室で、鳥のさえずりが遠くに聞こえる。

そして、隣の部屋からは、母クリスティアナの優しい旋律が、澄んだ音色で聞こえてきた。それは古い木製の小さな小箱から流れるオルゴールの音色だった。

クリスティアナは毎朝、ルーカスが起き出す少し前に、静かにその小さな小箱の蓋を開けるのが習慣だった。


その旋律は、高い音と低い音がゆっくりと絡み合い、透明な クリスタルのような響きが部屋を満たした。それは暖かくありながら、わずかに悲しい、脆くも感じられる彼女の魂を映し出しているようだった。

病弱な彼女が、日々の人生にそっと希望の光を灯すように確かに 存在していた。ルーカスはその音色を聞くたびに、平穏に包まれ、温かく安心感と共に起き出し、静かに一日の始まりを感じていた。


朝食の席に着くと、クリスティアナはいつものように柔らかな笑顔で迎えてくれた。テーブルには、湯気が立つ温かいミルクと、焼き立てのパン、そして蜂蜜が用意されている。


「おはよう、ルーカス」


「おはよう、母さん」

ルーカスは、挨拶を交わしながら椅子に座った。


「今日のパン、すごくいい匂いがするね」


クリスティアナは嬉しそうに微笑んだ。


「ええ、今日は少し 特別 な粉を使ってみたのよ。ルーカス、 もっと 食べるかしら?」


「うん!」

ルーカスはためらうことなく答えた。


クリスティアナはルーカスの前髪を優しく直しながら言った。

「昨日は書庫で楽しく過ごせたかしら?何か 面白い 本は見つかった?」


「うん、すごく面白かったよ」


「魔法の本をたくさん読んだよ。魔法って、本当にすごいんだね」


「あらあら、そんなに夢中になったの?でも、あまり無理をして目を疲れさせないでね」

クリスティアナは少し心配そうな眼差しを向けた。


「魔法も大切だけれど、ルーカスの体の方がもっと大切なのよ」


「分かってるよ、母さん」

ルーカスは 笑顔で答えた。

(まあ、本を読んでいただけじゃないだが…… Alphaとの邂逅はより深い魔術の知識を得られたのは良いスタートだ)


クリスティアナはミルクをルーカスの前に動かしながら話す

「 今日 はシェーラと一緒に、お庭で魔法の練習をするのでしょう?危ないことはしないと約束してね」

と念を押した。


「うん、約束するよ」

ルーカスは子供らしく笑顔で答えた。

(危ないなこと、ね……まあ、それも程度問題だ)

今後の計画を思い内心で苦笑する。




・・・・・

・・・


朝食後、に動きやすい服に着替えて、外の空き地に出ると、シェーラ達がすでに待っていた。

今日はここで初歩的な練習を行う予定だ。


「おはようございます、ルーカス様」

シェーラは静かに一礼した。


その横には2人の騎士がおり、ギルバードがにやけながら、ミリアムが静かに敬礼しながら迎えていた。

ルーカスは二人にも挨拶を返し、シェーラの示す訓練場へと向かった。


「 今日は、昨夜お話した魔力の初歩的な放出を試してみましょう。まずは、ルーカス様の周りにある魔力を感じることから始めます。私が魔力の流れをサポート致しますので、体内の変化を感じてみてください」


シェーラの指示に従い、ルーカスは目を閉じて集中した。シェーラの掌から体中を這う何かが巡り、自身の手の周りに暖かな空気が集まるような感覚を意識する。


「どうですか、ルーカス様、感じられますか?」


ルーカスは目を開け、「うん」と頷いた。


「素晴らしいです。それでは、目の前の的に向かって、小さな火花を散らすイメージで放出してみてください」


ルーカスは手を的に向け、集中した。指先からわずかな火花がパチッと散った。


「おっ!なかなかやるじゃんか、坊っちゃん!」

ギルバードは楽しそうな声を上げる。


それを見てミリアムは、鋭い一瞥を向け隣の同僚を咎める。

「軽率な言動は慎みなさい。まだルーカス様は幼く、何が起こるか分かりません。訓練が終わるまで気を緩めるべきではありません」


「ったく、真面目すぎるんだよなぁ」

ギルバードはうんざりしたように小声でボヤく。


「ギルバード!」




背後で騒ぐ2人をよそに、ルーカスは手のひらを見つめ、昨夜アルファから教わった知識が、確かに自分の力になりつつあるのを感じていた。



「お見事です。ルーカス様。 次は手のひらの上で 、魔力を小さな球の形にしてみてください」

とシェーラが指示した。


ルーカスは再び目を閉じ、手のひらの中の魔力に意識を集中する。既に魔力そのものは感知出来るようにはなった。

その感覚で丸い形をイメージしようとするが、なかなか上手くいかない。エネルギーが手のひらのあちこちに散らばっていくような感覚だ。


『エネルギーの流れを均一に保つことを意識してください。特定の周波数で振動させるイメージを持つと良いかもしれません』

Alphaの声が頭の中に響いた。


(周波数だぁ?ラジオじゃねえんだぞ。魔力からDJがおしえてくれるってのか?)

ルーカスは心の中でボヤキながら苛立ちを募らせた。



その様子を見てシェーラが少し心配そうな声で尋ねた。

「ルーカス様、何かお困りですか?」


「ううん、 大丈夫だよ 」ルーカスは少し引き攣りながら微笑んでそう答えた。



( 全然 大丈夫じゃない!周波数とか言われても、イメージできねえっての!)と悪態をついていた。


『微細なエネルギーの偏りが形状の崩れに繋がります。あたかも磁力を帯びた粒子を磁場で安定させるように、中心への意識を強く持ってください』


Alphaの次のアドバイスに、ルーカスはさらに混乱した。

(磁力?魔力をギターアンプみたいに繋げればいいのか?全然意味が分かんねえ!)


「力を一点に集めるよなイメージです。最初は小さく、もっとゆっくりと中心に集めるように……」シェーラの声が続く。


ルーカスは眉をひそめ、必死に魔力を集めようとする。だが、手のひらの中のエネルギーは依然としてまとまりがなく、温かい空気の塊といった感じだ。


(ったく、周波数だの磁力だの……もっと分かりやすい言葉でいってくれよな。せめてコード進行に例えてくれ!)

ルーカスは心の中でAlphaに愚痴った。



ルーカスはシェーラの言葉に集中し、改めて手のひらの中心を意識した。小さな、温かな塊を指の先に力を込め、散らばっている魔力をゆっくりと中心に集めようとする。


『リズムを意識してください。速すぎず、遅すぎず、一定のリズムでエネルギーを凝縮していくイメージです。 まるでドラムのリズムキープのように』


Alphaの声が、先程より少しだけ理解しやすい例えで響いた。

リズムか。それなら少しは分かる。ルーカスは心の中でドラムのリズムを刻みながら、手のひらの魔力を意識した。

すると、先程までバラバラだったエネルギーが、ゆっくりと手のひらの中心に集まり始めた。 温かい感触が徐々に強くなり、小さな、だが確かに球状の塊が、彼の掌の中に形成されていくのを 感じた。


「おっ!」ルーカスは思わず声を出した。手のひらには、光を帯びた小さな光の球が浮かんでいた。それはまだ不安定で、時折形が歪むものの、確かにそこに存在している。

シェーラは僅かに驚き、その光景を見つめた。


「お見事です、ルーカス様。 このような短時間で成功するとは思いませんでした。もしやとは思いますが、昨夜お一人で練習なされたのですか?」

僅かに疑うような目線で問いかけてくる。



「まさかっ。色々と楽しみで遅くまで考えてたけど、やり方も分からないのに練習なんて出来ないよ」

その問いかけに苦笑しながら答える。


「失礼しました。あまりにも早い習得でしたので」



ギルバードは目を輝かせ、大きく拍手した。

「すげぇ。まさか本当に一発でやるとはなぁ」


「確かに形成されましたが、まだ不安定です。ルーカス様、油断せずに、今の集中を維持してください」


「相変わらず厳しいよなぁ、ミリアムは」

ギルバードは笑いながらも言う


「でも、本当に大したもんだよ、ルーカス坊っちゃん!」


ルーカスは手のひらに浮かぶ小さな光の球をじっと見つめていた。

(huum、意外と簡単にできたな。Alphaのヒントのおかげか……それとも、俺のロック魂が目覚めたか?)

まだ 不安定な光の球は、彼の思考を反映するように、わずかに揺らめいていた。

何となくルーカスはそれを動かせると考えた。


すると、彼の意識に呼応するように、手のひらの中の光の球が、ゆらゆらと右へと数センチ程移動した。だが、制御が甘いのか、動きはとても不安定で、光も僅かに揺らめいている。


「……!」ルーカスはかすかに声を出した。


シェーラは彼の 予期せぬ 行動に目を丸くした。

「ルーカス様、今のは動かそうとしたのですか?私が指示するよりも前に……」


ミリアムは素早くルーカスに歩み寄り、厳しい眼差しで彼を見下ろした。

「ルーカス様!危険な行動は慎んでくださいと申し上げたはずです!もし制御を失い、暴発でもしたらどうするのですか!」

彼女の声には、明らかな心配が含まれていた。


ギルバードは目をパチクリさせ、

「おや、もう動かせたのかい、坊っちゃん?こりゃまた天賦の才 だねぇ!」

と感心したように言った。


「…悪かったよ。気をつける」


ルーカスは、ミリアムの剣幕に懐かしさを感じた。

(まさかここまで過保護な指導とはね…ブートキャンプで叱られているようだ……もっとも、今はまだ、暴発させるつもりはないんだが)


ルーカスは光の球が自分の意思で動いたことに、僅かながらも確かな達成感を覚えていた。

(ふむ、動いたな。まだコントロールは甘いが、原理は理解できた。あとは復習あるのみか)

不安定に揺れる光の球を見つめた。



『ルーカス、先程の魔力球の動きが不安定で 滑らかでなかたのは、 複数の要因が考えられます』

とAlphaの声が響いた。


『まず、魔力球を構成するエネルギーの振動周波数と、あなたが意図した動かす周波数との間に、わずかなずれがありました。

次に、「右へ」という大まかな指示だけでは、速度や軌道といった詳細な意図が不足していました。そして、魔力球というエネルギー場の内部における凝集力も、まだ十分ではなかった可能性があります』


(出来たつもりだったが、魔法ってのは想像よりも複雑だな……ただエネルギーを出すだけじゃダメってことか)

ルーカスは内心で少し感心しながらも、その奥深さに改めて気が付かされた。


『しかし、あなたが先程 、心の中で「コード進行」という言葉を使ったのを私は認識しました。もしそうであれば、周波数とは 、 和音を構成する音の高さのようなものだと考えると良いでしょう。 それぞれの音の高さが異なるように、魔力の振動数もまた、異なる 特性を持っているのです。そして、その振動数を正しく組み合わせることで、より安定した、意図通りの効果を発揮させることができるのです』


「なるほどな。じゃあ、この光の球を安定させるには、どんなコードを押さえればいいんだ?」

ルーカスは手のひらの上の光球を見ながら、 少し皮肉っぽくAlphaに問いかけた。


『コードを適切に押さえることで、音程を刻めます。しかし、エネルギーとの相関性はありません』

『他に何かご質問は?』


「…あぁ、そうかよ。ご丁寧にありがとうよ。まるでマニュアルしか読めない新兵のようだ。俺が欲しかったのは、即効性のある裏技なんだがな。


『どういたしまして』


(んな事ぁ聞いてねぇ)


そんな意識とはよそにシェーラが続けてくる


「それでは今度は、その光の球を安定して維持することに集中してみましょう。形が崩れないように、意識を集中させてください」

シェーラは優しく指導した。


ルーカスは言われた通り、手のひらの中の光球に意識を 集中 させる。最初は不安げに揺れていた球体も、徐々に安定を取り戻し、温かい光を放ちながら静止した。


「その調子です。それでは、その球体を あなたの目の前で 、ゆっくりと動かしてみてください。最初は少しずつで構いません」


ルーカスは慎重に、意識の中で光球に動きを指示する。最初は思うように動かず、揺れるが、次第に少しながらも左右や上下に移動させることができるようになった。

その度に、Alphaから『一定のリズムを意識してください』というアドバイスが内に響いた。


しばらく球体の制御に成功したところで、シェーラは次の段階へ進んだ。

「ルーカス様、今度は少し複雑な形に挑戦してみましょう。

まずは 、立方体をイメージしてみてください」


ルーカスは手のひらの中の光球を 注意深く見つめ、頭の中で立方体を想像する。四角い 形を 意識し、マナをその形に試みていこうとするが、球体から角を生やすように形を変えるのは至難の業だった。エネルギーが言うことを聞かず、試みるたびに形が歪んでしまう。

まるで柔らかい粘土を、形を保たせたまま硬質な箱に変えようとするように、マナをカチッとした立方体にするのは至難の業だった。


(立方体か…これはギターコードを覚えるよりも、よほど骨が折れるな…)

ルーカスは内心で苦笑した。


「難しいですね、ルーカス様。焦らず、ゆっくりとイメージをしてみてください」

シェーラは辛抱強く見守っている。


続いてシェーラは、

「それでは、三角錐はどうでしょうか。立方体よりは少し単純かもしれません」

と提案した。


ルーカスは再び集中し、今度は三角錐を思い描く。立方体よりはが少ない分、いくらか簡単かと思われたが、やはりマナを特定の形に保つのは容易ではなかった。試みを繰り返すうちに、光球は形を保てずに消えたり、歪んだまま静止してしまったを繰り返していた。

その後もしばらく、Alphaやシェーラからアドバイスを、受けながら、試行錯誤していった。



・・・・・

・・・


「お疲れ様です、ルーカス様。初めから完璧にできる人はいません。 今日はここまでとしましょう。ですが、今日の感覚をしっかりと覚えておいてください。 宿題として、今日の感覚を思い出しながら、様々な形をイメージする練習を続けてみてください」

シェーラはそう言って、訓練を終わりを告げた。



「ありがとう、シェーラ。色々教えてくれて」

ルーカスは少し息を切らしながら、額の汗を手の甲で拭った。


その言葉を聞いたミリアムが、わずかに眉をひそめた。

「ルーカス様、シェーラは あなたの 指導役を務める身です。そのように直接感謝の言葉を述べるのは、形式に悖るかと存じます」


ルーカスは少し怪訝な顔をして、

「あー……そうなのか? でも 、母さんがいつも『人に親切に』って……」と言葉を濁した。


「お気持ちはよく分かりますが、立場というものがございます。今後は、心の中で感謝の念を持つに留めておかれるのがよろしいか

と」

ミリアムは、穏やかに諭した。


シェーラは静かに微笑み、ルーカスに温かい眼差しを送っていた。


ギルバードが近づいてきて、ルーカスの肩を軽く叩いた。

「いやー、坊っちゃん、なかなか筋がいいじゃないか!俺も昔、剣の訓練で最初はヘトヘトになったもんだぜ?」


ミリアムはそれを見て、厳しい表情でギルバードを睨みつけ

「貴様は馴れ馴れしすぎる!態度を改めろ」


ギルバードは肩を竦めて笑い続けた。

「油断は禁物です。基礎をしっかりと固めることが、さらなる進歩への唯一正しい道です」と釘を刺した。


ルーカスは二人に苦笑しながら頷き、

「分かってるよ」

と小さな声で答えた。体は少し重く感じるが、初めて魔力の球を自分の意思で動かせたという感覚は、心地よい疲労感と共に残っていた。(さてと、母さんの顔でも見に行くか……)

そう思いながら、ルーカスは庭を後にした。








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