第6話


第六話 未完成な線、警告と訓戒



朝の光が庭に差し込む中、ルーカスが訓練を始めようとすると、腕を組んだミリアムが声をかけた。


「ルーカス様、本日シェーラはクリスティアナ夫人のお付きの任についておりますので、訓練の進捗については、私が監督させていただきます」


「分かった」ルーカスは短く返事を返し、一人、昨日の成果で 覚えた感触で魔力球を作り出そうとした。手のひらに意識を集中 させ、昨日の感覚を思い出す。最初はなかなか形にならなかったが、集中を続けるうちに、淡い光を帯びた小さな球体がゆっくりと現れた。


(よし、今日もちゃんとできたぞ)

庭の隅の木陰から、ミリアムはルーカスの手のひらの上の光球を 注意深く 見守っていた。彼女の青い瞳は、注意深くその様子を捉えている。


ルーカスは、昨日の経験を思い出しながら、光球を安定させることに意識を向けた。球体はまだ少し揺れているが、昨日よりは早く安定してきたようだ。


『ルーカス、その球体のエネルギーの流れを、意識してください。 極めて精密に、調整された光学レーザーのように、エネルギーの流れの揺れは、目標への正確な到達を阻害します。極小の 振動を抑制し、安定した流れを維持すること。それが、より高度なエネルギー制御の根本的な第一歩です』


「おいおい、俺を最新鋭のコンピューターと勘違いしてねぇか?神経細胞の一つ一つにチップでも埋め込めばいいのか?」

Alphaの声が響くが、機械的なアドバイスに辟易する。



少しの間を置いて再びAlphaが答える。

『魔力球のエネルギーの微細な振動を制御する必要があります。魔力球の微細な振動はそのエネルギーのリズムです。魔力球の微細なリズムを感じ取り安定させる事で、光球もまた安定する可能性が向上します』


(リズム、か……確かに昨日もそれで上手くいったな)


ルーカスは、頭の中で昨日聞いたAlphaの例えを反芻する。それぞれの音が持つ高さの違いが、魔力の振動数の違い。そして、それを正しく組み合わせることで、安定した効果を発揮する。


彼は、手のひらの上のわずかに感じられる振動に集中した。

まるでとても静かな音楽を聴くように……すると、今まで少し不安だった光球が、安定しだした。そして温かい光を増したように 感じられた。


ルーカスはさらに、集中すると、手のひらの上で、淡い光を帯びていた球体は、彼の意識のリズムと同調するように、より一層輝きを増し安定した。それはまるで、彼の内なる魔力と、周囲の自然の魔力が共鳴し、一つになったかのような光景だった。

木陰からその様子を見守っていたミリアムの瞳が、驚きに見開かれる。彼女はルーカスが魔力球を安定させたことにすぐに気づいた。それは、並大抵の努力で成し遂げられることではない。


「……ルーカス様!」


ミリアムの冷静な声に、僅かな動揺が混じった。彼女は訓練の進捗を監督する立場にいるが、目の前で起こったことは、彼女の予想を遥かに超えていた。


『ルーカス、魔力球の安定化に成功しました。これは、あなたの魔力制御における重要な進歩を示します。次の段階へ進む準備が整いました』


Alphaの機械的な声が、ルーカスの意識に直接響く。その言葉に、ルーカスは満足げに小さく頷いた。まるで、当然の結果だと言わんばかりに。


(よぉし、Goodだ。この調子なら、目標までそう遠くない。ここからが本番だ)

魔力球を上下左右にゆっくりと動かしながら、ルーカスの目に、冷静な光が宿る。彼の心はすでに、この基礎的な制御の先にある、より複雑で強力な魔法の応用へと向かっていた。彼の中の「自身の知識と魔力を融合させた兵器を開発する」という明確な目的が、彼の魔力修行を加速させていく。

ミリアムはゆっくりとルーカスの傍に歩み寄った。彼女は通常、感情を表に出さないタイプだが、この時ばかりは、その表情に微かな感嘆の色が浮かんでいた。


「ルーカス様……まさか、これほど短時間で魔力球を安定させられるとは……」

ミリアムの言葉は途切れ途切れだったが、そこには偽りのない驚きと、彼への新たな評価が込められていた。



ルーカスは、光球を淡く輝かせながら、無邪気な笑顔を装いミリアムに向けた。

「できたよ! ねぇ、ミリアム! もっと他の、できる?」

ミリアムは一瞬、言葉を失い、それから小さく息をのんだ。


(この方は……本当に、どこまで先を見ているのだろう)


彼女はルーカスの才能の鱗片を肌で感じた。通常の者であれば、一つの段階を終えたことに安堵し、しばらく休憩を取るものだ。だが、ルーカスにはそんな気配は微塵もない。彼の視線は常に、次の目標へと向けられている。


「……はい、承知いたしました。では、次は魔力球を応用した『魔力線マナ・スレッド』の形成に挑戦していただきます」


ミリアムは姿勢を正し、真剣な表情で告げた。彼女の心の中には、ルーカスの早熟故の不安と共に、彼への強い興味と期待が芽生え始めていた。ルーカスは小さく頷くと、手のひらの光球をじっと見つめた。その光球は彼の次の課題を予期するかのように、静かに脈動している。


魔力線マナ・スレッド、か。なんか、面白そうだね」


彼の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。それは、新たな挑戦への期待と、彼特有の皮肉が入り混じった笑みだった。

この笑みは、ミリアムには単なる子供の好奇心に満ちたものと映っただろうが、ルーカス自身の心には、その先の目的へと続く計算と覚悟が秘められていた。


ミリアムはルーカスが頷いたのを確認すると、訓練用の木の枝を一本拾い上げた。

魔力線マナ・スレッドは、魔力球を細く長く、そして自在に操る技術です。上達すれば、この様に枝を魔力線マナ・スレッドで切断できます。」


彼女はそう言いながら、手にした枝に、淡い光の筋を走らせ音もなくを切断して見せた。ルーカスはミリアムが持つ半分になった枝と、自分の手のひらで脈動する光球を交互に見た。


(hmmm……つまり、細いナイフみたいなもんか)


ルーカスは呟いた。彼の頭の中ではすでに、細く鋭利なエネルギーの刃がイメージされていた。前世で培った戦術的な思考が、魔法の応用へと瞬時に切り替わる。


Alphaの声が意識の奥に響く。

『|魔力線マナ・スレッドの形成には、一点への精密な魔力集中と、それを直線的に指向させるイメージが必要です。例えるなら、照準を合わせて射撃するプロセスに似ています』


「(へぇ、まるで俺の得意分野じゃねぇか)」

ルーカスは内心でそう応え、口元にさらに深い笑みを浮かべた。その言葉はミリアムには届かない。彼の青い瞳が、獲物を狙うかのような鋭い光を帯びる。手のひらの光球は、彼の意思に呼応するように、微かに形を変えようと蠢き始めた。新たな課題への挑戦が、再び始まった。





・・・・・

・・・




ルーカスは僅かな休息を挟み、ミリアムが、地面に固定した丸太に、魔力線を当てるように試みた。



「ルーカス様。先ずは切断では無く、長さを保ちこの丸太まで届かせる事を意識して下さい。魔力線は魔力球よりも、危険度が上がります。くれぐれもお気をつけ下さい」


ルーカスは、こくりと頷き固定された丸太に、数歩離れて向かった、再びリズムを意識し体内の魔力を指先に集中させた。

肩から腕、そして手首を通り、銃の形にした指先へと、魔力を流し、目標へと照準を合わせ、ゆっくりと引き金を絞るイメージで放った。

放たれた魔力は丸太を掠め、僅かに逸れてその向こうへと消えていった。狙いは悪くなかったはずだ。

だが、放たれた『未完成な線』は、一本に繋がりきらず、不規則に連なった光の粒が尾を引くように流れていく。線というよりも曳光弾のようなそれに、ルーカスは眉をひそめた。


「(これじゃあ、ただの『光の玉飛ばし』の延長じゃないか。もっと、細く、一点に集中させる必要がある……もっと、レーザーポインターの光の様に…!)」

ルーカスは現れた現象に、舌打ちをし、再度意識を集中させると

脳内にAlphaからの指摘が入る


『ルーカス。現在の魔力放出パターンは、目標である「線」の形成に対し、最適ではありません。放出されたエネルギーは、指向性よりも凝集性が高く、線状ではなく点、あるいは粒子の連続として観測されています。これは、あなたが意識した「射撃」イメージの過剰な影響による乖離です』


「んな事ぁ分かってる!よく見とけ、次はJackpotだ!」



ミリアムは、ルーカスが放った光の軌跡を、険しい表情で追っていた。彼女の目には、それが確かに一般的な「魔力線」とは異なる、不規則に光の粒が連なる奇妙な現象として映った。


「ルーカス様……それは、『線』ではなく……」


彼女は言葉を選びかけたが、ルーカスの眉間のしわと、不満げな表情に気づき、すぐに言葉を飲み込んだ。この天才的な子供が、また何か自分なりの解釈を試みているのだろう。だが、その試みが、想定外の形を取ったことに、ミリアムは小さくため息をついた。


(この方の才は、常に私の想像の斜め上を行く……。だが、危険度が上がると伝えた矢先に、こんな不安定なものを……)

彼女の脳裏に、幼いルーカスが魔力を暴走させる最悪のシナリオがよぎり、厳しくも心配そうな眼差しでルーカスを見つめた。


そんなミリアムの不安を他所に、ルーカスは集中力を上げ、真っ直ぐと丸太に向かい、再び魔力を放った。

今度のそれは、一直線に繋がった光の筋ではあった。しかし、目指す魔力線というよりは、細く長い弾丸、或いはレーザーのように進んで行った。

二度目の失敗を受け直ぐ様、意識と結果のブレを修正し、すかさず三度、四度と次々と放っていく。


「る、ルーカス様!お待ち下さい!」


ミリアムの忠告を何処か遠くに感じながら、より深く意識を体内の魔力へと向けていき、幾度も繰り返した失敗と修正は、少しづつと精度を上げていった。

そして十数度の試みの後、それは完成した。


ルーカスが指先から放った光の筋は、まるで研ぎ澄まされた刃のように細く、そして目標の丸太へと寸分の狂いもなく到達した。放たれた瞬間、周囲の空気が微かに震えた気がし、ルーカスの青い瞳には、達成感とは異なる、静謐な確信の色が宿っていた。

ミリアムは、息をのんだ。彼女の目に映ったのは、これまで見たどんな魔力線とも違う、極限まで圧縮され、一点に収束した純粋な魔力の線だった。その細さと精度は、熟練の魔法士でさえ容易には再現できないレベルだ。


「……ルーカス様、これは……」


彼女の言葉を遮るように、Alphaの声がルーカスの意識に響いた。

『解析完了。魔力線の形成、並びに指向性制御に成功しました。これは、あなたの魔力制御における飛躍的な進歩を示します。ただし、現在の形態は、目標とした線の定義とは依然として乖離が見られます。その形状は、高密度な「弾」あるいは「光線」に近いと評価されます』


「ああ、分かってるさ。こいつは魔力線じゃねぇ。俺の求めていたのは、この『点』の精度だ。とはいえ、原理は理解できた。コレだろ?魔力線ってのは」


ルーカスは内心でそう応じると、手のひらから光の筋を放った。それは丸太に正確に直撃した。目には見えない衝撃波が走ったかのように、丸太の表面が僅かに焦げ付き、小さな抉れができた。正確無比な一撃に、切り口からは微かに煙が立ち上る。

ミリアムの顔から血の気が引いた。彼女は、目の前で起きた出来事が、たった3歳程の子供が成し遂げたものだとは信じられなかった。


「……ルーカス様、貴方は、一体……」

ルーカスは、何でもないことのようにあっけらかんと笑った。


「えへへ、見てみてミリアム! すごいだろ? ほら、もう一本!」


彼の指先から、再び研ぎ澄まされた光の筋が放たれ、今度は地面に設置された別の標的を正確に射抜いた。その表情は無邪気そのもので、まるで新しい遊び道具を見つけた子供のようだった。しかし、その輝かしい成果の裏で、彼の思考は常に、自身の知識と魔力の応用力の高さへと向けられていた。



「ルーカス様!」

ミリアムの声が、先ほどとは打って変わって、氷のように冷たく響いた。ルーカスはぴくりと肩を震わせ、振り返る。彼女の瞳は、普段の冷静さを保ちながらも、その奥に強い怒りを宿していた。


「私が、何を申し上げましたか?」


ミリアムは、ゆっくりと、一歩、また一歩とルーカスに近づいた。彼女の足音が、庭に緊張感を生み出す。


魔力線マナ・スレッドは魔力球よりも危険度が上がると、明確にお伝えいたしました。にもかかわらず、貴方は私の指示を無視し、自身の判断のみで、このような不安定で危険なものを何度も放たれた」


彼女の声は抑揚がなく、しかしその一語一句には、絶対的な規律と責任感が込められていた。ルーカスの手のひらで脈動していた光の筋が、彼女の威圧感に気圧されたかのように、微かに揺らぐ。


「え、だって……できたから……」


ルーカスは、子供らしく視線を泳がせ、口ごもる。無邪気さを装ってはいるが、その内心ではミリアムの反応を冷静に分析していた。


「『できたから』ではありません!」ミリアムは一喝した。「貴方の行われたことは、訓練の目的から逸脱し、何よりもご自身の身を危険に晒す行為です。万が一、魔力制御に失敗すれば、その魔力は暴走し、周囲の環境、そして何よりルーカス様ご自身に、取り返しのつかない被害を与えた可能性を、お分かりですか!?」


ミリアムは、わずかに震える声で続けた。彼女の頭の中では、制御を失った魔力がを周囲を破壊し、術者に深い呪刻を残す、最悪のシナリオが具体的に描かれていた。彼女がルーカスの護衛を任されている以上、その責任は彼女自身にも降りかかる。その恐怖と、ルーカスの才能への驚きが入り混じり、彼女の感情は普段以上に揺れ動いていた。


「貴方の才能は疑いようもございません。しかし、才能は、時に傲慢さと無謀さを生みます。魔力とは、その使い方を一歩間違えれば、世界を破滅させる程の災いを招く力にも成り得るのです。特に、貴方が生み出したその「点」の魔力は、私たちが教える一般的な魔力線とは、根本的に性質が異なります。その潜在的な危険性を、今の貴方は理解できていない!」


ミリアムは深く息を吸い込み、視線をルーカスの青い瞳に真っ直ぐ向けた。


「今後、私の指示に背き、独断で危険な魔法を行使することは、一切許されません。もし再びそのようなことがあれば、訓練は中止、もしくは私が貴方の魔力を封じる措置を取ることも辞しません」


ミリアムの声は抑揚がなく、感情を押し殺したようだったが、その奥には、彼への深い憤りと、制御不能な才能への恐怖が渦巻いていた。

ルーカスは思わずごくりと唾を飲み込んだ。ミリアムの言葉は、ただの脅しではない。彼女が本気でそうする覚悟を持っていることを、ルーカスは直感的に理解した。


(やべぇな……こりぁ、マジだ。迂闊に突っ走ると面倒なことになるな)


ルーカスは、内心で舌打ちをしながら、表面上は神妙な面持ちで頷いた。


「……はい、ミリアム。気をつけます」

素直に返事をするルーカスに、ミリアムはわずかに表情を緩めた。まだ幼い彼が、自分の言葉を理解し、反省したのだと思ったのだろう。しかし、ルーカスの心には、別の計算が始まっていた。


(言われた通りにする気はないが、表向きは従うフリをするのが得策か。面倒な小言が増えるのはご免だ。それに……魔力を封じられるのは、もっとご免だ)


彼の脳裏には、ミリアムが「魔力を封じる」と言った時の、その言葉の重みが残っていた。それは、彼の目的を達成するための手段を奪われることを意味する。


「結構です。では、本日はこれまでといたします。次回からは、私の指示をよく聞き、安全な手順を踏むよう、くれぐれもご注意ください」


ミリアムは、いつもの冷静な表情に戻り、そう告げた。ルーカスは小さく頷き、手のひらの光球を消した。彼の心は、内心の疑問と不満を押し殺していた。


「ルーカス様。昼食の準備ができております。このまま庭で済ませられますので、どうぞ」


ミリアムはそう言いながら、手際よく、訓練場の一角にある石造りの小さなテーブルへ歩み寄った。そこには、既に素朴なサンドイッチやフルーツ、水筒が置かれていた。彼女はルーカスが座るのを促すように、恭しく手で示し、その場を離れることなく、少し離れた位置で監視するように立っていた。

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