第4話
第四話 真夜中の講義
夜になり、ルーカスは自室のベッドに寝転がり、今日シェーラから教わった魔法の基礎について頭の中で反芻していた。
(魔法、精霊術、魔術か……。魔術は錬金術に近いって言ってたな。物質の構成を変える、か……)
その時、いつものようにAlphaの声が頭の中に響いた。
『ルーカス、今日の魔術に関する講義内容について、いくつか補足しておきましょう』
「Alphaか。ちょうど考えてた。あの物質の構成を変えるってやつ、お前の知識で何か分かるか?」
Alphaは少し間を置いて答えた。
『この世界の魔法における物質の構成変化は、私たちの文明で取り扱っていた量子エネルギーの操作と類似した原理に基づいている可能性があります。そして何より、この魔力は、私たちの知る電磁気力、弱い核力、強い核力、重力といった普遍的な力に加え、世界に遍在する第5の根源的な力として振る舞っていると考えられます』
「第5の力?」
ルーカスは聞き返した。前世の物理学の知識にもない、根源的な力という概念に興味を覚えた。
『はい。私たちの文明では、物質は極微のエネルギーの振動によって構成されていると考えられていました。この魔力は、その原子核や電子の結合、さらには物質を形作る根源的なエネルギー振動に直接作用する特異な性質を持っていると推測できます。その振動を特定のパターンで操作することで、物質の性質を変化させることが可能だったのです。この世界の魔術も、この魔力という第5の力を用いて、同様の操作を行っていると推測できます』
「hmm。シェーラは魔力を触媒に『構築式』ってのを描くって言ってたな、それが量子レベルのエネルギーの操作パターンに対応するってことか?」
『おそらく。構築式は、特定のエネルギー振動パターンを物質に作用させるための設計図のようなものと考えられます。魔術師は、魔力を流し込むことで、そのパターンを現実世界に展開し、分子結合のみならず、極めて高度な魔術においては原子レベルでの物質の再構成を促すのでしょう』
ルーカスはAlphaの説明に聞き入った。シェーラの言葉だけでは掴みきれなかった魔術の核心が、Alphaの量子エネルギーと「第五の力」いう概念を通じて、完全に違った形で見えてきた気がした。
「じゃあ、性質の違う物は作れないって言ってたのは?」
『根本的なエネルギー振動パターンが大きく異なる物質を、直接的に変換することは困難であると考えられます。原子核レベルに作用するには、膨大な魔力と極めて高度な制御が必要です。例えば、水素をヘリウムに変換することは可能でも、全く異なる元素である鉄を効率よく作り出すには、非常に複雑な、或いは莫大なエネルギー効率を要するプロセスとなるでしょう。錬金術的な視点で見れば、中性子や陽子の数を操作する必要があるのかもしれません』
Alphaの解説は、まだ仮説の域を出ないものの、ルーカスの知的好奇心を大いに刺激した。この世界の魔法は、Alphaの故郷の科学と、どのような違いと共通点を持っているのだろうか。夜は更けていくが、ルーカスの探求心は尽きることがなかった。
『なるほどな……エネルギーの操作で物質を再構成する、か。よし、Alpha、ぶっ飛んだアイデアを思いついたぞ」
ルーカスはベッドの中で身を起こし、天井を見つめながら言った。
(前の世界じゃ、古くて頑丈なライフルが、手っ取り早く人をあの世送りにする一番の手段だったな。爆発なんていう面倒なことをすっ飛ばして、魔法で直接やっちまおうぜ…)
「この原理で、俺が前の世界で使ってた『銃』みたいなものも作れると思うか?」
Alphaはいつもの静かなトーンで答えた。
『銃、ですか。貴方の記憶が示す、発射体を推進するために加熱されたガスの急速な膨張を利用する装置ですね。』
「ああ、やかましくて原始的なガラクタだよ。」
ルーカスは皮肉を込めて言った。
「だが、第5の力ってのを量子レベルでエネルギーを操れるのであれば、もっとマシなことができるはずだろ?
マナの高エネルギー弾を直接ぶっ放すとか、魔法を込めた金属で銃そのものを無から作り出すとかよ」
ルーカスは少し興奮気味に自分のアイデアを語った。
(ったく、間抜けな上官のせいで、何人もの仲間が死んじまった。もっと効果的な武器があれば、今頃みんなでビールでも飲んでたかもしれねえのによ)
「火薬なんて不安定なゴミ使わなくても、魔力があれば、もっと強力で使いやすい武器が作れるんじゃないか?」
Alphaはしばらく沈黙した。
『理論的には、あり得ます。マナを利用して金属元素を『銃』の構成に再構築することは、高度な魔術の領域に属します。さらに、高濃度に濃縮されたマナを投射体として直接射出することも、この世界の魔導学の包括的な理解と、適切な『構築式』の開発次第では達成可能です。この基礎を応用することで、様々な形態や機能を持つ武器を開発できる可能性があります』
「それだよ、それ!」
ルーカスは小さく拳を握った。
「アルファ、お前の頭脳と俺の……まあ、この手の経験があれば、このクソッタレな世界で最強の武器を作れるかもしれねえな。もっとも、地元民がそれを理解できるほど賢いかどうかは、また別の話だがな」
『現在判明している理論に基づいていれば可能でしょう』
「まぁいい。つまり、魔術の核心はエネルギー振動パターンの操作にある、と」
ルーカスはAlphaの説明を咀嚼するように呟いた。
「それなら、そのパターンを応用すれば、銃火器だけじゃなくて、他の兵器も作れる可能性がありそうだな」
『可能性は確かに存在します。あなたの記憶にある、例えば『爆弾』のような兵器も、エネルギーを急速に解放するパターンを構築することで、魔術的に再現できるかもしれません。またより複雑な構築式や制御技術を用いることで、エネルギー効率や連射性能を高めることも理論上は可能です。
ただし、その際には安全性の確保や、意図しない暴発を防ぐための高度な制御技術が必要となるでしょう』
「安全対策、ね……」ルーカスは前世の記憶を辿った。
(クソッタレ共のクソ爆弾でどれだけのいい奴らが死んだことか……この世界では、そんな悲劇は繰り返しはしない…!)
「まあ、それはおいおい考えるとしてだ。他に何か、魔術について知っておくべきことはあるか?」
『魔術は、触媒となる物質の理解が非常に重要です。物質の構造や特性を深く理解することで、より高度な再構築が可能になります。また、構築式を描く際には、正確な知識と集中力が求められます。わずかな誤りが、意図しない結果を引き起こす可能性があるからです。その他にも異なる素材を用いることで、耐久性やエネルギー伝導率などが変化し、武器の性能に影響を与える可能性があります』
「緻密な作業ってわけか。まるで電子回路みたいな」
ルーカスは前世の知識と重ね合わせて考えた。
「失敗すると、ショートして火が出たりするのか?」
Alphaは静かに言った。
『類似した現象が起こり得るでしょう。魔力は強力なエネルギーであり、制御を誤ると、周囲に甚大な被害を及ぼす可能性があります。特に、大規模なエネルギーを扱う魔術においては、細心の注意が必要です』
「肝に銘じておくよ」ルーカスは頷いた。
「それにしても、魔法ってのは面白いな。前世では考えられなかったことが、ここでは現実に起こり得る」
Alphaはその言葉に、わずかながら同意のようなものを含んだ。
『あなたの探求心は、新たな発見へと繋がるでしょう。私もあなたの学習を可能な限りサポートさせていただきます』
夜は深く、静かに過ぎていく。ルーカスはAlphaとの対話を通して、この世界の魔法の深淵に、少しずつ足を踏み入れていくのだった。
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