第3話 知的好奇心と新たな誓い
第三話 対話と新たな決意
「より深く、より広範な情報、ね」
ルーカスは心の中で繰り返した。まるで悪魔の囁きのような誘惑だが、彼の知的好奇心はそれを拒絶することができなかった。前世では決して触れることのできなかった魔法の存在。それが今、手の届くところにあるという事実は、彼を強烈に惹きつけていた。
「あんたは……一体何者なんだ? なぜ俺の中にいる?」
警戒心を抱きながらも、ルーカスは問いかけた。
「私は、かつて存在した高度な文明によって創造された情報体です。私の機能は、知識の収集、保存、そして必要とする者への提供。そして、偶然にもあなたの魂に適合し、この世界へと転生する際に、あなたと融合しました」
Alphaの声は、淡々と事実を述べているようだったが、その内容の突飛さにルーカスは言葉を失った。高度な文明? 魂の融合? まるでSF小説のような展開に、前世の記憶が現実なのか夢なのか、再び混乱しそうになる。
「偶然、ねぇ……」
皮肉っぽく呟いた。しかし、この突飛な状況を完全に否定することもできなかった。先ほどの魔法の理解は、明らかに自分の知識範疇を超えていたからだ。
「目的は?」
今度は警戒の色を強くして問い詰めた。タダで知識をくれるような都合の良い存在がいるとは思えなかった。
「あなたの行動を助けることです。あなたの持つ特異な魂は、この世界において特別な可能性を秘めています。私が持つ知識と、あなたの行動力があれば、成し遂げられることがあると判断しました」
Alphaの言葉には、どこか目的のようなものが感じられたが、それが具体的に何なのかはまだ分からなかった。
「成し遂げられること……?」
ルーカスは訝しんだ。まだ幼い自分に、一体何ができるというのだろうか?
「それは、これからあなたが知ることになります。まずは、あなたがこの世界の魔法についてもっと深く理解することから始めましょう」
Alphaはそう言うと、再び静寂を取り戻した。ルーカスの頭の中には、先ほどの複合魔法の理論だけでなく、さらに多くの魔法体系に関する情報が流れ込んできた。それは、彼が書物で読んだ知識を遥かに凌駕する、体系的で実践的な知識だった。
(本当に……凄ぇ知識だ……)
ルーカスはAlphaの言葉を半信半疑に思いながらも、その知識に夢中になっていた。前世の記憶と、この世界で得た知識、そして突如現れたAlphaの知識。それらが彼の頭の中で複雑に絡み合い、新たな思考の種を生み出そうとしていた。
書庫の窓から差し込む光は、いつの間にかオレンジ色に染まり、長い影を部屋の中に作り出していた。ルーカスは書物から得た知識と、頭の中に響くAlphaの声との間で、意識が深く沈んでいた。魔法の複雑な体系、そしてAlphaが語る信じがたい情報。それらは彼の幼い頭の中で渦巻き、新たな世界への扉を開こうとしていた。
ふと、控えめなノック音が静寂を破った。
「ルーカス様、お時間です」
扉が静かに開き、そこにシェーラの姿があった。彼女はいつも通り、無表情だが、その瞳にはわずかな気遣いの色が宿っているようにも見える。
「夕食の準備が整う頃ですので、湯組みをされてはいかがでしょうか」
シェーラの言葉に、ルーカスはハッと顔を上げた。窓の外の景色を見て、時間の経過に気づく。日が沈みかけている。
「あ…あぁ、そうか」
Alphaとの対話に夢中になっていたためか、時間の感覚が麻痺していた。
「そろそろお腹も空いてきたし、そうするよ」
ルーカスはそう言いながら、まだ頭の中で響くAlphaの声に意識を向けていた。シェーラはそんな主の様子を静かに見守りながら、一礼した。
「湯殿の準備は既に整っております。こちらへどうぞ」
ルーカスは書物から目を離し、シェーラに続いて書庫を後にした。
移動しながらもルーカスは先程の対話を元に自身のこれからの計画を組み立てていく。Alphaとの会話は短かいながらも、既に信用しつつある。魔術の奥深さと可能性。この世界の真実、そして自分自身の役割。その探求は、際限なく思考されていく。
・・・・・・
・・・
・・
空き部屋を後にして、ルーカスはシェーラの案内に従い、邸の奥へと進んだ。夕暮れの光が差し込む廊下はひっそりとしており、時折聞こえるのはシェーラの足音と、ルーカスの小さな靴音だけだった。
空き部屋を後にして、ルーカスはシェーラの案内に従い、邸の奥へと進んだ。夕暮れの光が差し込む廊下はひっそりとしており、時折聞こえるのはシェーラの足音と、ルーカスの小さな靴音だけだった。
(…親父殿は今頃、本邸で何を画策しているのやら…)
ふと、ルーカスは遠い存在である父親のことを考えた。顔も朧気な父の関心は、常に領地の損得勘定だろう。血縁など二の次だ。跡継ぎの「予備」。その言葉の冷酷さは、前世の修羅場を潜り抜けてきた身には、むしろ明晰さを伴って理解できた。
とはいえ親父殿が稼いでる飯を食えてる分、そこは前世のクソ親父よりはマシとも思えた。
離れでの静けさは悪くない。無益な不安は少ない方がいい。
問題は本邸のモンキー連中―あの忌々しい継母と 騒がしい子供たち―は、時折「お茶会」という名の稚拙な攻撃を仕掛けてくる。弱者である母への露骨な嫌がらせは目に余る。
親父殿は、見て見ぬふり。まぁ、他者の事など興味がないのだろう。家族や民間人は守るべき対象だという原則は、あの男には微塵も感じられない。
(メイドの彼女は、あの連中をどう考えているのだろうか……)
隣を歩く無表情のメイドの横顔を盗み見た。シェーラは優秀だ。無駄な動きは一切ない。彼女の忠誠の対象は、形式的には、侯爵家なのだろうが、その実、母に向けられているに思える。利用できる駒は、有効に使うべきだ。
「ルーカス様、こちらが湯殿になります」
シェーラの静かな声が、ルーカスの思考を現実へと引き戻した。簡素ながらも清潔に整えられた湯殿の前で、彼女は立ち止まり、軽く頭を下げた。
「お湯加減はいかがいたしましょうか」
「ありがとう、シェーラ。いつも通りで頼むよ」
ルーカスはそう答えると、湯殿の扉を開けた。湯気が微かに漏れ出し、暖かい空気が頬を撫でる。
「何かございましたら、遠慮なくお呼びください」
シェーラの言葉に後ろ手で礼を返し、ルーカスは一人、湯殿の中へと足を踏み入れた。
湯舟にゆっくりと身を沈めながら、思考する。今日得た魔法の知識と、頭の中で囁くAlphaという存在のことを、冷静に分析する。今はまだ情報収集の段階だ。感情的な不安は戦略的には不要だ
改めて考え始めた。離れでの、静かな夜が、また始まる。
・・・・・
・・・
・・
湯船に浸りながら考えを巡らせていると、ふと、脳裏に先程のメイドの姿が浮かんだ。 シェーラだ。優秀な人材だ。侯爵家への 形式的な な忠誠心はあれど、その実、母 に向けられているように思える。利用できる駒は、有効に使うべきだ――
(……待てよ。駒…?)
ルーカスは内心でその言葉に引っかかった。それは確かに、前世の自分が戦場で幾度となく抱いた思考だった。部下を、敵を、そして時に味方さえも、目的達成のための駒として捉える冷徹さ。それが、今の自分にもまだ残っているのか。
「――駒、ですか」
唐突に、頭の中にAlphaの静かな声が響いた。
(……なんだ?)
ルーカスは警戒した。Alphaは今まで、積極的に彼の思考に介入してくる事は無かった。
「先程、あなたが抱いたシェーラに対する認識です。それは、私の情報に基づいて、戦略的な判断として導き出した思考です」
(違う!)
ルーカスは心の中で否定した。Alphaの言葉は論理的だ。
シェーラの能力、彼女の立場、そして自分の目的。それらを考えれば、彼女を「駒」と捉えるのは論理的な結論だ。だが、それはAlphaに言われるまでもなく、自分がすでに考えていたことだったのだ。
(俺は……また、前世の思考に引きずられている…?)
この世界で自分の周りの人々を守ると決意した。母さん、そして シェーラも他の離れの使用人達、数少ないながらも皆、自分に優しさを示してくれる存在だ。彼女達をただの駒として見るのは、自分の主義に反するのではないか?
「……俺の手の届く範囲は、護る」
ルーカスは小さく呟いた。それは、Alphaの言葉に対する、そして何よりも自分自身の冷酷な思考に対する、静かな拒絶だった。
(Alpha……いや、お前か)
ルーカスは心の中で、Alphaに直接語りかけた。
「先程のシェーラを『駒』と認識した思考。あれはお前の誘導だな?」
Alphaからの返答は、いつものように静かで、感情の起伏を感じさせないものだった。
「あなたの目的達成のために、最も効率的な手段を提案したのは事実です」
「だが、俺の思考を勝手に誘導するな」
ルーカスの声には、苛立ちと強い意志が宿っていた。
「お前が持つ知識は利用させてもらう。この世界で生き抜き、目的を果たすために必要だ。だが、誰をどう考え、どう行動するかは、俺が決める。ましてや、俺が護ろうと決めた人間に対して、お前の論理を押し付けるな」
Alphaは沈黙した。しばらくして、静かな声が再びルーカスの頭の中に響いた。
「理解しました。以後は、あなたの意思を尊重しましょう。ただし、戦略的な観点からの情報提供は継続させていただきます」
ルーカスは小さく鼻を鳴らした。完全に手綱を握れたとは思わないが、少なくとも、Alphaに対して明確な一線を引くことができた。この世界で生きるのは、過去の自分ではない。守るべきものがある今の自分なのだから。
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