最終話
春の光は、どこか嘘みたいに柔らかかった。
コンクリートの隙間から伸びる雑草も、駅前の喧騒も、全部が新鮮で、まだ自分に馴染んでいない風景だった。
──東京。
ここが、俺の新しい居場所だ。
高校を卒業して、大学進学を機に実家を出た。
あの家から、そして──すずなから、距離を取った。
理由は多く語らなかった。言葉にできなかった。
ただ、「進学先の都合」とだけ家族に伝え、俺はこの街に部屋を借りた。
本音を言えば、“逃げた”のかもしれない。
けれど、いまは、ようやく呼吸ができている気がする。
カーテンを開けると、外には満開の桜。
その桜を見ている俺の隣には──彼女がいた。
「寝癖、ついてるよ」
そう言って、遥が指先で俺の前髪を整える。
細く笑って、まるで何もなかったかのように、自然な仕草で。
「……また来てたんだな、朝から」
「だって、早く会いたかったんだもん」
そう言って、彼女はソファに座りなおす。うちの合鍵は、すでに彼女のカバンにある。
大学は別だが、週に何度か、こうして彼女は俺の部屋を訪れてくる。
以前のような遠慮も、沈黙も、もうない。
「ごはん、炊いてあるよ。冷蔵庫の卵でいい?」
「ああ……ありがとう」
「ふふ、それ“ありがとう”って言えるようになったの、ちょっと嬉しいかも」
遥は、何かを許すように笑った。
その微笑みが、たまらなく──眩しかった。
* * *
食後、彼女はカップに紅茶を注ぎながら、ふと、ぼそりと呟いた。
「最近、また来るの。変なメール」
俺の手が止まる。
「差出人不明のアドレスで、“見てるよ”とか、“また奪われたらどうするの?”とか……でも、別に怖くないよ」
遥は、そう言って笑った。強がりにも見えなかった。
「通報するべきだ。絶対に──」
「……大丈夫だよ、優翔くん」
遮るように、静かに言われた。
「……たぶんね、これはもう“終わった人”からのメッセージなんだと思う。だから、私は振り返らないようにしてる」
“終わった人”──
すずな。
名前は出さなかった。
けれど、互いにわかっていた。
遥の表情は、穏やかだった。
過去を断ち切るのではなく、その存在ごと抱きしめて生きていくという覚悟。
俺にはまだ、そこまで強くなれていない。
「ごめん……」
「謝らないで。私は選んだから、もう一度、君を」
──そう。
これは“やり直し”じゃない。
新しく始まった、“ふたりの初めて”。
「……ありがとう。戻ってきてくれて」
「ううん。私は、ずっとここにいたよ?」
遥は、照れくさそうに笑って、俺の肩に頭を預けた。
* * *
だけど。
それでも、夜になるとたまに夢を見る。
あの夜のこと。
すずなの笑顔。
あの問い。
──「私、間違ってた?」
答えは、今も出せないままだ。
けれど、それでも──俺は前に進む。
遥とともに、この新しい季節を歩いていく。
たとえ、影がついてきたとしても。
それでも、“光”のある方へ。
終
後書き
サイドストーリーで一話からの妹目線を要望あれば書くかもしれないけど、ここで本編は終わります。
まあ、NTRという部類ではまだホッとする内容だったんじゃないかなあと思う。(自分の他作品を読み返して)
途中で情緒不安定になる優翔はちょっと、ね。。
妹はこれヤンデレ、ではないです。。
別のナニカです。
この生き物は。
個人的に、遙のメンタルの強さにドン引きした。
『待てる』人って強い。
余裕あるからなんかな?
NTRの奥は不快なあと思い、楽しみながら書かさせていただきました。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
家族のために、俺は彼女と別れることにした 夜道に桜 @kakuyomisyosinnsya
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