第27話:模倣品と悪評
リーフェンブルクの中央広場で開かれる定期市が、いつもとは違う喧騒に包まれていた。中央の一番目立つ場所に、きらびやかな金の装飾を施した大きな露店が設営されている。その看板には「金獅子商会 新商品発表会」と大きく書かれていた。
露店の前には、既に多くの市民が集まっている。好奇心に満ちた表情で、テーブルの上に並べられた商品を見つめていた。
「皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます!」
露店の中央で声を張り上げているのは、金獅子商会の宣伝担当マルクスだった。
「本日、我が金獅子商会が自信を持ってお届けするのは、『暮らしを便利にする魔法の道具』です!」
彼が手に取ったのは、見覚えのある形をした椅子だった。しかし、よく見ると、リリアナが作った「心を聞く椅子」とは微妙に異なっている。
「この『快適チェア』は、座る人に合わせて形が変わる画期的な商品! そして何と、お値段はたったの二クラウン!」
群衆の間に、驚きのざわめきが起こった。
「二クラウンですって?」
「本当にそんなに安いの?」
市民たちの関心が一気に高まる。
***
同じ時刻、クローバー工房では、エルミナが血相を変えて飛び込んできた。
「大変よ、リリー!」
彼女の手には、金獅子商会の宣伝用チラシが握りしめられている。
「あの金獅子商会が、リリーの道具にそっくりな商品を売り始めたのよ!」
「え?」
リリアナが驚いて顔を上げた。
「それって……どういうことですか?」
「見てよ、これ!」
エルミナがチラシを広げると、そこには確かにリリアナの製品と酷似した道具の絵が描かれていた。しかし、価格は驚くほど安い。
「『快適チェア』『方向指示器』『温度管理装置』……どれもリリーの道具とほとんど同じじゃない!」
リリアナは言葉を失った。自分が心を込めて作った道具が、こんな形で真似されるなんて。
「でも、こんなに安く作れるはずが……」
「きっと、どこかで手抜きをしてるのよ。品質なんて二の次で、見た目だけ似せて作ったに違いないわ」
エルミナの怒りは収まらなかった。
「許せない! すぐに広場に行って、本物との違いを説明してくるわ!」
***
中央広場では、金獅子商会の実演販売が続いていた。
「ご覧ください! この『快適チェア』の素晴らしい機能を!」
マルクスが実際に椅子に座って見せると、確かに椅子の形が微妙に変化した。しかし、その動きはぎこちなく、調整も荒々しい。
「どうです? これまで高価で手の届かなかった魔法の道具が、これほどお手頃価格で!」
その時、群衆をかき分けてエルミナが現れた。
「ちょっと待ってください!」
彼女の声が広場に響く。
「その商品は、クローバー工房のリリアナ・エルンフェルトさんが開発した技術の模倣品です!」
群衆がざわめいた。
「模倣品?」
「そんな馬鹿な」
マルクスは一瞬困惑したが、すぐに営業スマイルを浮かべた。
「お客様、何かの勘違いではないでしょうか? こちらは我が金獅子商会が独自開発した商品です」
「違います!」
エルミナが食い下がる。
「本物と比べてみれば、品質の差は一目瞭然よ!」
「品質の差、ですか」
マルクスがにやりと笑った。
「確かに、一部の職人が作る高級品は品質が良いかもしれません。しかし、お客様」
彼が群衆に向き直る。
「誰もが高級品を買えるわけではありません。我々は、より多くの方々に、より手頃な価格で、暮らしの知恵をお届けしているのです」
群衆の中から、賛同の声が上がった。
「そうよ、安い方がいいわ」
「高級品なんて、庶民には手が届かない」
エルミナは歯噛みした。価格という現実的な魅力の前に、品質の説明は霞んでしまう。
***
その日の夕方、金獅子商会の模倣品は飛ぶように売れた。特に、リリアナの「温度調整器」を模倣した「自動調理鍋」は、主婦たちの間で大人気となった。
商業地区の食堂「陽だまり亭」でも、女将のベルタがその「自動調理鍋」を購入していた。
「これで料理の手間が省けるなら、安いものよ」
ベルタは満足そうに鍋を眺めた。確かに見た目は立派で、機能も謳い文句通りのようだった。
「さあ、今夜はこれで腕によりをかけたシチューを作りましょう」
彼女は鍋に材料を入れ、錬金装置を起動させた。最初は順調に温度が上がっていく。
「素晴らしいじゃない。これなら火加減を見ている必要もないわ」
ベルタは安心して、他の仕事に取りかかった。
***
しかし、それから三十分後。
「あら? なんだか変な匂いが……」
ベルタが厨房に戻ると、「自動調理鍋」から黒い煙が立ち上っていた。
「まさか!」
急いで装置を止めようとしたが、制御装置が反応しない。温度はどんどん上がり続け、鍋の底が真っ赤に焼けている。
「火事よ! 火事!」
ベルタの叫び声が、食堂に響いた。
幸い、近所の人々が駆けつけて大事には至らなかったが、鍋は完全に焦げ付き、厨房の壁も煤で黒く汚れてしまった。
「一体、何が起こったの?」
駆けつけた衛兵隊長バルガスが状況を確認すると、「自動調理鍋」の錬金装置に明らかな欠陥があることが判明した。
「温度制御の錬成が不完全だ。こんな粗悪品を売りつけるとは……」
バルガスの顔が怒りで赤くなった。
***
翌日、ベルタの食堂での火災騒ぎは、街中の話題となっていた。
「生活魔道具って危険なのね」
「魔法なんて、やっぱり信用できない」
「錬金術師なんて、胡散臭い連中よ」
市民たちの間に、生活魔道具全般への不信が広がっていく。
その風評は、当然ながらクローバー工房にも及んだ。
「あの工房の道具も、危険なんじゃないの?」
「同じような物を作ってるんでしょう?」
リリアナは、街を歩く度に聞こえてくる噂話に、胸が締めつけられる思いだった。
自分が人々の役に立ちたい一心で作った道具が、こんな形で疑いの目を向けられるなんて。
「私の道具も……危険だって思われているんでしょうか」
工房に戻ったリリアナは、深く落ち込んでいた。
エルミナが彼女の肩を抱く。
「リリーの道具は違うわ。心を込めて、一つ一つ丁寧に作ってるもの」
「でも、皆さんにはそれが分からない」
リリアナの瞳に、涙が光った。
「結果的に、私が人を不幸にしてしまった」
人々の生活を豊かにしたい。そんな純粋な想いから始まった錬金術師としての道が、こんな形で汚されるとは。
リリアナの心に、深い傷が刻まれていた。
***
その夜、金獅子商会の執務室では、ゲルハルトが事故の報告を受けていた。
「申し訳ありません。品質管理が不十分で……」
マルクスが頭を下げたが、ゲルハルトは意外にも動揺していなかった。
「構わん。予想の範囲内だ」
彼の唇に、薄い笑みが浮かんでいる。
「むしろ、これで生活魔道具全般への不信が高まった。本家のクローバー工房も、同じ疑いの目で見られることになる」
ゲルハルトの計算は、着実に実を結んでいた。
たとえ自社製品に問題があっても、それが競合相手の評判をも落とすなら、むしろ好都合。
商売とは、そういうものだった。
街に暗雲が立ち込めている。
そして、その雲はまだまだ厚くなりそうだった。
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