第4話 人の子

僕と先生の仕事は、少しずつだけど、順調に進んでいた。

先生が考案した人工授精器具と、僕が前世の知識から推測して工夫した保存法は相性が良かったようで、メス型とされる牛――いや、こっちの言葉で言うならナーヤの妊娠も、何件か成功していた。ちなみに受精という言葉も魚に関する用語から借りている。


そして問題だったオス型の確定方法も、時間はかかったが形になってきた。

メス型が確実とされる個体と隔離状態でペアにして、しばらく一緒にさせてみる。

そのうえで妊娠が成立すれば、相手の個体はオス型であるというのがわかる。


検査に時間はかかる。手間も、食料も、場所も必要、でも確実だ。

この世界でも、「子どもができるには父親が必要」という法則は、どうやら例外ではないらしい。

いや、それを確認するのにも、ずいぶん時間がかかった。


そんなある日、先生のところに、近くの牧場主の子供夫婦がやってきた。

最初に話を聞いたのは、その数日前だったと思う。先生の知り合いの牧場主が、雑談のついでにこぼした言葉だった。


「うちの子たち、結婚してしばらくだけど、どうにも子ができんのだよ。ナーヤみたいにうまいこといかんもんかねぇ」


その時は、先生も僕も笑って聞き流していた。


――牛と人間は違うから。

――そもそも、人間に人工授精なんて話は、ここの社会ではタブーの匂いすらする。


でも数日後、その“夫婦”が、実際に先生を訪ねてきた。

先生の研究のことを聞いたらしい。


まだ若い二人だった。

服装は簡素でこざっぱりとした感じと言えばいいのだろうか。互いの袖をそっとつかむようにして立っていたのが印象的だった。


「……私たちの子が欲しいんです」


最初にそう言ったのは、声の高い方――だから女性とも限らないのがこの世界の難しいところだ。


この世界では「見た目で性別がわからない」。

胸の大きさも個人差はあっても明確な差がなく、ペニスがあるとしても体内に隠れていて見てもわからない。


それに僕たちは医者ではないし、ましてや人間の繁殖について研究していたわけではない。

牛(ナーヤ)の延長として、性の仕組みを探っていただけに過ぎない。


でも先生が「どうしたものかな」とこちらと見たときに、僕は、若い夫婦を目の前にして断ることができなかった。


「人間に牛の方法を使えるのか?」

自分に問いかけてみても、答えは出なかった。


思いつきだが方法はある。

たとえば月経の有無で判別するというやり方。

ただ、この世界では、なぜか男女どちらにも“月経のようなもの”がある。これは僕も体験している。前世が男だった僕にとってはまさに異世界の体験。僕の生理は軽めだったのでまだ良かった。先生は大変そうだった。

母乳が出産していない個体から出ることもあるので、仮に男性であっても、女性ホルモンが多めなのだろうと想像している。まあこちらの世界の生き物が、地球と同じような仕組みだとしての話だけど。

それでも何かしらの違いがある可能性はある。ただ僕の前世の知識も本で読んで知ってるだけのものだし、この世界でも単に面倒なものとして特に注意して観察したことなどは無かった。


あとは体液の匂いか? 行為の最後の放出される体液に違いがある――これはナーヤでは経験的にわかっている。

ただ、人間のそれを嗅ぐってのもなあ。いくら研究でも、ちょっと恥ずかしいというか、勇気が要る。


先生のほうをちらりと見ると、

「まあ、ためしてみるだけなら」

と言い、続けて声には出さずに「やってみるか」と口を動かした気がした。


そんなこんなで、僕は、人間の繁殖に首を突っ込むことになった。

ナーヤのときとは比べものにならないほど、気を遣うし、戸惑いもある。

それでも――この世界で誰かが子を望んでいて、僕たちにできることがあるのなら。


きっと、やらない理由はないのだ。


僕と先生は、若い夫婦にできるかどうかはわからないがやってみることを約束した。


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