第2話 結ばれる、しかし生まれない

 この世界では、見た目で性別がわからない。


 いや――正確には、「性別という概念そのものが存在しない」と言った方がいいかもしれない。


 外見上の雌雄の区別がない。ペニスは体内にあり、胸のふくらみも人によってまちまち。服装も名前も自由というか男女の概念が無いので男っぽい服装とか女っぽい名前みたいなのがそもそも無い。声の高低にしても年齢や体格に依存しているようだった。

 この世界の人々にとって、魚のような下等な生物にあるオスメスという違いは哺乳類には無いというのが常識だった。

昔の哲学者は、魚など下等な生き物は神によって二つに分かたれたのだと言っていたりもしたらしい。プラトンみたいな人はこちらの世界にもいたわけだ。

 


 ただし、解剖学的に見れば、完全に同一というわけではない。 実際に確認できたのはだいぶ後になってのことだけど、この世界の動物にも、卵巣と子宮を持つ個体と、精巣を持つ個体が存在する。


 つまり――僕のいた世界の言葉で言えば、「女」と「男」だ。


 ただし、これは外からはまったくわからない。

 本人すら、自分がどちらなのかを知らずに一生を終える。解剖でもしない限り、内臓の構造を知るすべがないからだ。


 

 結婚も恋愛も、そうした性の知識を前提にはしていない。

 誰かと惹かれ合い、生活を共にし、契約を結び、夫婦になる。


 だから――偶然、卵巣と精巣を持つ個体がペアになれば、子どもが生まれる。

 けれど、卵巣と卵巣、精巣と精巣――つまり「女性×女性」や「男性×男性」の組み合わせの場合、妊娠はしない。


 もちろん、誰もそれを「同性婚」とは呼ばない。

 この世界には、「同性」とか「異性」という概念が存在しないからだ。


 

 昔の僕は、こんな世界でどうやって社会が回っているのか不思議だった。


 だって、ランダムに結婚すれば、妊娠するカップルとしないカップルは半々になるんじゃないか? 子どもが生まれないペアが続出して、人口は減り続けるんじゃないか?


 でも、現実は違った。



 統計的には妊娠するカップルの割合はランダムな2分の1よりも高かった。


 たとえばコインを2枚投げれば、表表・裏裏・表裏・裏表の4通りがあり、同じように同数の男女がランダムにくっつくとして異性のペアになる確率はちょうど半分になるはずだ。


 でも、この世界のカップルは、それ以上に「妊娠する組み合わせ」に偏っていた。


 科学的な理由はまだはっきりしない。

 遺伝的な何かか、フェロモン的なものか、あるいは無意識の行動パターンの違いか。


 ただひとつ言えるのは――

 この世界の人々は「知らずに」選んでいるのに、ある程度「妊娠しやすい相手」を嗅ぎ分けている、ということだ。

 


 もちろん、すべてがうまくいくわけではない。


 子どもが生まれない夫婦もたくさんいる。

 その場合、多くは養子を迎える。施設から引き取ったり、親戚の子を育てたり、あるいは亡くなった友人の子を引き受けたり。


 これは、僕が生まれた前の世界――日本という場所でも見られた文化だ。

 日本というのは、太陽が昇る場所、という意味を持つ地域の名前で、制度上も精神的にも「血のつながり」にこだわらない家族形成が行われていた。特に昔は、後継ぎのいない家に養子縁組で子を迎えるのが当たり前だった。

 


 ちなみに、子どもが生まれる夫婦のほとんどは、僕の言葉で言えば「異性」――つまり、卵巣を持つ者と精巣を持つ者の組み合わせだ。

 だが、ごくまれに女性同士で妊娠することもある。


この世界での宗教でも産めよ増やせよみたいな教義はあり、有名な聖人のカップルはどちらも妊娠して子供を産んだと伝えられている。これは真偽不明の神話なのだけど、実際に二人の親のどちらも妊娠出産する事例というのは珍しいながら存在している。

 どうやって妊娠したのか? ――この謎はいまだ完全には解明されていない。


 

 とにかくこの世界では、「男女」という言葉を使って話すのは、僕ひとりだけだ。


 誰もその区別を知らないし、知ろうともしない。宗教的タブーと言ってもいい。


 


 だけど――

 子どもを望む人々が、何年も結果を得られずに苦しんでいる姿を、僕はこの目で何度も見てきた。


 知らないことで、救われることもある。

 でも、知らないことで、苦しむこともある。

 


 そう思ったときからだ。

 僕は、この世界の「性の仕組み」を少しずつ探り始めた。


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