第17話 群神シャオル

「◯。⚪︎⚪︎◯◎。○◎◯」

「我が神よ、呼びかけに応えて下さい」


 ノクスが頭を下げると同時、無数の触手が伸びて壁や地面、セリアに巻き付いた。衝撃でステンドグラスが割れる。


「ひゃっ、コレ気持ち悪いよぉ!うわわっ!」


 セリアは触手によって身体を引き寄せられ、拘束していた鎖を引き千切る。その拍子に拘束も解かれてしまった。


 ノクスは回収したセリアを抱え、割れたステンドグラスに足をかける。

 そして再度こちらを睨み付けた後に、言った。


「お前達さえ居なければ儀式は完璧だった…!覚えていろよ…」

「あーあ、折角楽しくなってきたのに終わりかぁ。また遊ぼうね、2人とも♡」

「…くそ」


 なんとか仕留めたいところだが、巨体と触手に阻まれて届きそうにない。

 仮に届いたとしても、セリアに撃ち落とされるだけだろう。


「では我が神よ、後は頼みます」


 ノクスはシャオルを一瞥した後、ガラスを散らせながら姿を消す。後少しまで追い詰めたが、逃げられたか。

 それよりもこっちだ。今も触手を壁や地面に吸着させ、高周波の声を発している。


「カデナちゃん、どうしようか〜」

「倒すしか…無いね。このまま放置すると、多分被害が尋常じゃ無いよ」


 しかし、コレとどう戦ったら良いのだろうか。

 とりあえず拘束しようと考えていると、複眼になっている右目が一斉にこちらを見た。一つの目玉に入った三つの瞳孔が、私達を敵だと認識して見つめている。


「。◯◯◎⚪︎◯。◎【◎。⚪︎⚪︎◯】」


 何か、言っている?

 その音に思考を奪われていると、触手が今ある場所を離れ、凄まじい速度で向かってきた。

 咄嗟に回避と鎖の反撃を行うが、圧倒的数によって押し負ける。手数が全く足りない。


「【。⚪︎⚪︎◎。】」

「まっずいね〜!」

「…!【鎖撃・連】!」


 突如空間に現れた裂け目から、群れを成した小魚が現れる。魚達はこちらを認識するや否や、弾丸の様なスピードで飛んで来た。

 なんとか鎖の薙ぎ払いで打ち落とせたが、逃れた数体が身体を掠める。


「カデナちゃ——「なんとか拘束する。ユウナは技の準備」…了解〜!」


 さて、ここからどうするか。

 この巨体を拘束するのに【影縫】で足りるか?

 …物は試しか。


「【影縫】」


 そう呟くと、シャオルの影から鎖が現れる。鎖はギリギリ巻き付く事が出来たが、拘束した瞬間に触手によって切り落とされた。


 コレを完全に捕まえるなら、かなり異能を使わないといけないだろう。反動がデカくなるが——


「関係ないか」


 さらに強力なイメージが必要だ。

 影に縫い止めるのでは無く、引き摺り込んでしまう様な…。


「【影縫・重】」


 先程と、何の変わりもない鎖が現れる。

 鎖は同じ様にシャオルの身体に巻き付き、拘束を始める。

 きっとお前は気付いていないだろう。この鎖が——


「大量の鎖を圧縮した質量の塊ってことがね」


 ドンッと、巨体が地面を揺らす。その巨石が落ちる堅く重さは、地面に亀裂を与えた。

 シャオルは無を写すその目で、こちらを凝視してくる。その瞬間、ユウナの足が動いた。


「こんなデカブツに効くかな〜?【崩毒】」

「◎。◯◯◯。」


 ユウナの弾丸がシャオルに命中した。金切り声の様な甲高い音が響く。

 崩毒…名前の通りなら身体を崩壊させる毒だろうか?あいつの肉体に毒が効くなら、だいぶ良いダメージになりそうだ。

 …効けばね。


 銃弾が肉体の中で止まり、そこから毒が渡ったらしい。一瞬ビクリと跳ね、動きが止まる。数秒周りの魚も止まっていたが、突然痙攣した様に複眼を動かした。

 そのまま、巨体を擦り付けながら突進してくる。


「おぉうわぁ〜!」

「…!拘束も解かれた」


 見る限り、正常に動いて毒は分解されている。

 拘束出来ない、毒の適応も早い。…どうする。


 そんな事を考えている間にも、シャオルが口を開き泡を放出する。

 ふよふよと気の抜ける効果音を鳴らしながら飛ぶ泡が、教会の壁に触れた瞬間音を立てて消える。そして泡の触れた場所が、最初から何も無かったかの様に消失した。


「っ!ユウナ、外に!」

「!おっけ〜!」


 それを観測した瞬間、すぐに扉を蹴破って外に飛び出す。触れた物を消失させる泡が無数に…流石に分が悪すぎる。


 外に出て教会を振り返ると、その瞬間に教会が崩壊した。壁は穴だらけになり、全体を支えていた支柱が消えた事で、重さに耐えきれず音を立てて破壊された。


 崩れ落ちる瓦礫を押し除け、シャオルが空に解き放たれる。裂け目を生成し、空を覆い尽くす程の魚の群れを召喚している。

 召喚された魚の中には、先程までは見られなかったサメイルカが混じり、背後を護る様に巨大なクジラが鎮座していた。


「。◯◯◎。⚪︎」


 シャオルが超音波の様な何かを発すると同時、魚群の視線が全てこちらを向く。あっちは、私達を完全に敵として認識しているらしい。


「流石にこの数相手には戦えないよ〜。カデナちゃん、何か策はある〜?」


 私だってこの数は無理だと思う。

 空の青を埋め尽くす青の群れが、空気を押し除けながら向かって来る。


「…ユウナ、無茶してくれる?」

「当たり前だよ〜。…ヨモギ、大丈夫?」


 ユウナが銃を優しく撫でると、脈打つ様に応えた。ヨモギ…それがユウナの友達の名前か。

 …私も無茶する事になるが魅せてやろう、絶望的な盤面をひっくり返す奥の手を。

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