第16話 儀式
「きゃはっ!あははははっ!♡」
飛んでくる槍を避ける。
地面に着弾した血の槍は、すぐに液体に戻る。そして別方向からまた、私に向かって飛んで来た。
「そこら中に血溜まりがあってどこから飛んでくるか分からない…」
大量の魚が爆散した事による血のフィールドが、全方位から常に私を狙っている。避け続けてはいるが、少しずつ身体を掠め、皮膚を抉っていてジリ貧だ。
ユウナは作戦のために外に出て準備してもらっている。残りは13分くらいか…この猛攻の中、時間を稼ぐしか無い。
槍を鎖で巻き付け、壁に叩きつけて消滅させる。勢い付いた血が壁に飛び散った。
「楽しいねぇ楽しいねぇ!もっと足掻いて見せてよぉ!【血針雨】ぇ♡」
その一言と共に、壁や天井に張り付いていた血が無数の針となって降り注いだ。
考える前に技を発動させ、鎖を生成する。
「【鎖撃・旋】!」
鎖を高速で回転させて針を弾く。思いつきでやったけど、小さい針は簡単に吹き飛んで相性が良かったらしい。
範囲外を見てみると、椅子や地面に大量の針が突き刺さっていた。防げていなかったら、今頃穴だらけになっていただろう。
それにしても、回転させた鎖は攻撃と防御どちらにも有用そうだ。…いや、早く回転させなくてもアレなら…?
「あはっ♡全部防げたんだぁ、すごいねぇ!」
「…生成」
「きゃはっ!何をするつもりなにかなぁ?」
私のイメージを、異能で反映させて生成する。
造られたのは、先に行くにつれて鎖の輪が小さくなっていく一本の鎖。逆端には持ち手が付いている。
持ち手を強く握り、先端が地面に触れない様に振り回す。扱いが難しいが、その先端を余裕綽々と笑うセリアに向けて放った。
「いっ——たぁ!…あはっ、今何が起こったのかなぁ?♡」
セリアの肩を穿った鎖を再び振り回して放つ。
一度目は当てられたが、次は鎌で弾かれてしまった。
「適応はや…まあ良いか。そうだね、コレに名付けるとしたら…【鎖状鞭】かな」
「鞭?あはっ!全然見えなかったぁ♡」
先に行くほど細くなり、手元から伝わった力を増幅させて放つ。運動エネルギーを極限まで高めた先端から放たれるのは、音速を超えた打撃と衝撃波。鎖である分扱いが難しいが、それだけ威力や速度にバフがかかる。
【鎖状鞭】、即ち鎖で出来た鞭が、セリアの肩を貫いた。
セリアは肩の傷に手を当てると、自らの血を見て狂気を感じる笑みを浮かべた。
大鎌を構えて飛び込んでくる動作をしたため、【鎖状鞭】を振って先に攻撃を仕掛ける。
しかし当たる直前、紅い目に蒼い光が灯った。
「【蒼狂】っ!あはっ!♡」
瞬間、セリアの姿が消える。
ドンッと言う強い衝撃が辺りに広がり、先程までセリアが居た地面には巨大な亀裂が入っている。
耳の奥でジャラジャラと鎖の音が鳴る。
「【鎖——っぐ!!」
背後から地を揺らす様な圧力を感じる。振り返って技を使おうとした瞬間、横腹に鋭い痛みが走る。
そのまま壁に叩きつけられた。朦朧とする中傷口を見ると、左の横腹がざっくり切られていた。かなり深く入っており、血が溢れ出してくる。
「はぁ♡はぁ♡あはっ!身体が軋むみたい…キモチいいよぉ♡うぐ…きゃはっ!♡」
「…今……のは……」
突然消えたと思ったら、背後に現れて切られた?霞む視界で睨みつけていると、セリアがゆっくり歩み寄り、笑いながら言う。
「あはっ!教えてあげるよぉ♡私の技【蒼狂】は、傷を負って失った分の血を蒼い血で補強する技っ!しばらくしたら反動もあるけどぉ、使ってる間は身体能力が何倍にも跳ね上がるんだぁ♡きゃはっ!どうかな?私の舞台、楽しんでくれたぁ?」
狂気的に笑うセリアの目から、蒼い血がだらりと溢れてくる。だが、セリアはそれすら気にしない様子で笑い続ける。
コツコツと鳴るブーツの音と、ノクスが儀式を行う声だけが聞こえて来る。
残り時間はあと——
「はぁ〜♡楽しかったぁ!でも、また私の勝ちだねぇ♡」
ゆっくり、その足取りは私に近づく。
もう少し…あと少し。
「じゃあね、カデナちゃ〜ん?きゃはっ♡」
あと…少し…。
あと…一歩でっ…!
セリアがその床を踏む。その瞬間、私の口は開いた。
「【鎖縛】っ!」
「ぇっ?ってうわぁ!」
セリアの踏んだ床から、鎖が飛び出して来る。私を倒したと思い油断していたセリアの身体に、鎖が巻き付き始める。
足、腕と拘束していき、ギリギリと締め上げる。
「こ…れは、街で使ってたっ!」
「そう、【鎖縛】。これで…勝負はお相子かな?」
「…いつ…いつ仕掛けたの?そもそもなんで動けるの!?」
「…最初から」
セリアが異能を明かした直後、私は倒れた"フリ"をして、罠を設置した。直進的に突っ込むセリアなら必ず踏む。【蒼狂】は誤算だったけど。
「動ける理由は…まあ、ただの応用だよ」
服を捲って、横腹の傷を見せる。
「それっ…」
「極細の鎖で無理矢理縫って止血した」
「……きゃはっ!キミ、常軌を逸してるよぉ♡」
「あなたがそれ言うんだ」
まあ良いけど、と言葉を溢す。
セリアを締め上げる鎖が、手足を完全に拘束する。そして——
「ユウナ、やって」
「は〜い。呪いの少女ユウナちゃんの力、とくとご覧あれ〜。【腐食】〜!」
ユウナが指を鳴らすと、辺りに散らばっていた血液がドロドロと煙を上げて分解されていく。
呆然とするセリアに、ユウナがドヤ顔で説明する。
「あれから〜、私は外である作業をしてたんだ〜。それが、物体に呪いをかける儀式だよ〜。私の異能はなんでもアリだけど〜、呪いをかける条件を複雑にすればその分時間がかかるんだ〜。今回付けた条件は〜、体外の血液限定で腐食させること。つまり——」
「呪いをかける、血液に、体外のと言う3つの条件で発動する呪いを、教会を囲む様にかけてもらったってこと」
「あ〜!それ私が言いたかったのに〜!」
実質的に、セリアの血液操作を封じたことになる。その上で私の鎖での拘束。もはやセリアは身動き一つ取れないだろう。
「…あはっ!ほんとに操作出来ないよぉ!やられちゃったぁ♡」
こんな状況でも恍惚とした表現で笑うセリア。
出来ればここで殺しておきたいが、だいぶ時間を稼がれた事もあって先に儀式を止めたい。
阻止すべくノクスの元に向かうと、ノクスが焦った顔で何かを唱えていた。
「…めく蒼き光を放ち…くそっ、ここまでか」
ノクスは立ち上がり、酷い隈の目でこちらを睨み付ける。
「まだ未完全だが…仕方ない」
『我が血、供物、彼らを捧げる——』
まさか、途中でも儀式を強制的に行えるのか?
だとしたら止めなければ!
『——我らが神よ、願いに応えたまへ』
「ユウナ!撃って!」
「うん!」
弾丸が放たれる。目にも止まらない早撃ち。
だが、下から伸びた血の壁にそれは阻まれてしまった。
「なっ…セリア!」
「血が分解されるまでしばらくタイムラグがあったよねぇ。"体外の"血液だっけぇ?なら、私の体内にあった血なら数秒持つよぉ♡」
間に合わない——
「降臨下さい!我が神、群神シャオルよ!」
その瞬間、空気が一変した。
空間が割れ、咽帰るような瘴気が溢れる。隙間から真っ暗で淀んだ目が覗き、亀裂をこじ開けながらソレは現れた。
人の何十倍の体躯を持つ青魚に似た何か。
だが、観察してみれば違和感のある鰭や眼球。
目玉の中には複数の瞳孔があり、一見普通に見える鰭は何千、何万の触手で形成されている。
「○。⚪︎⚪︎◎◯⚪︎。◯。◯⚪︎○◯。」
無数の牙が覗く口を開くと、クジラの様な高周波の音に泡の割れる様な音が混ざった鳴き声を発する。頭の中にノイズが走り、全身の肌が粟立つ。
群神シャオル、こいつはまずい。
私の耳の奥で、鎖が軋む音が聞こえた。
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