第44話 1月4週目
「ご紹介するわね、ステファンよ。こちらが冬馬さん、あなたのお家のリフォームを手伝ってくださるわ。そして、二人とも、私の大事なお友達よ」
フランス人といると、秋子さんもフランス人に見えてくる。
「TOMA、春にダーリンが来たら一緒に住むから、それまでにお願いできるかな」
ウィンク……を、されてしまった……
「は、はい」
俺も生まれて初めてウィンクをしてみた。
「TOMA!」
抱き付かれてしまった。俺も抱き付いてみる。
外人さんって、これが普通なのかな。
秋子さんがしゃがみ込んで笑ってる。
「え、俺、合ってます?」
「合ってる、合ってる」
「じゃ、なんで、そんな笑って……」
「TOMA、最高だな!」
「ど、ども」
今日はステファンさんの来日初日で、一緒に家を見に行くことになっている。
室田家から程近く、こんな高級住宅街に家を借りてしまうステファンさんは何者なんだろう……いや、いや、余計な詮索をしないように、と肝に銘じる。
「AKIKO、こんな立派な家じゃなくていいよ」
「大丈夫よ。社宅の許可をもらったの」
「AKIKOのお父さんは、AKIKOに頼まれれば何でも聞いてくれるんだな」
「……そうね」
社宅なのか。ってことは、ステファンさんは室田さんの会社の社員か。
「だけど、交換条件を出されたのよ」
「どんな?」
「副社長になれって」
「受けたのか?」
「受けたから、この家に来れたのよ」
「ありがとう、AKIKO!」
同僚とは言え、男女がこんなに強く抱き合っていいのか?俺には二人が恋人以上の関係に見えてしまう。
「そうそう、冬馬さん、春香さんの話していい?」
「HARUKA?」
「その遥さんじゃないわ。彼の好きな人、たまたま同じ名前なの」
ステファンさんは両肩をくいっと上げた。やっぱり外国人はそういう仕草するんだな。
「この前、居酒屋で会ったの三人で」
「三人で……?」
「そう、先週の木曜よ」
「あ……」
秋子さんもいたのか。
夏生さんを疑ってしまった自分を嫌悪する。
「どうして春香さんが冬馬さんと付き合いたがらないのか、何となく分かったわ」
「えっと……聞かなくて大丈夫です」
「なんで?どうして?」
だって、きっと無理だって分かったから。
これ以上、知ったら、もう自分の足で立っていられる自信がないから。
「なんでもです。もういいんです」
「TOMA!」
ステファンさんが両手を腰に当てて、「めっ」って子どもをしかる仕草をした。
これは世界共通なのか?
「望む未来を手にする為に挑むことを、怖さを理由に我慢しては駄目だよ、TOMA」
もう何度も怖い思いをして、足を踏み出して、だけど叶わなくて、俺、もう無理だよ。
やべ、目が……急いで反らしたけど間に合わなかった。
熱い粒が、こぼれ落ちてしまった。
俺をぎゅっと抱きしめる秋子さん。
駄目だよ。そんな風に……夏生さんがいるのに、勘違いされちゃうよ。
「あと一歩よ、冬馬さん、私を信じて」
顔を両手で挟まれて、口がくっ付きそうなくらい顔を近付けて、秋子さんが言った。
「でも、俺、もう……」
「大丈夫よ。ちゃんと伝わってるわ、本当にあと一歩なのよ」
秋子さんも泣いていた。
「あーぁ、TOMAがAKIKOを泣かせた」
「すみません」
ハンカチは持ってなくて、ポケットティッシュを渡した。
「ありがとう」
「AKIKOの話しは聞く価値があると思うよ。彼女は欲しいものを手に入れるプロだ」
「まぁ、ステファンったら」
「本当だよ、ボクが証言するよ。彼女のその手のスキルはフランスでもトップクラスだ。そして君はこれから、その実力を見て、こう思うだろうよ。日本一だって」
ステファンさんは、またウィンクをした。
泣き腫らした目で恥ずかしかったが、俺も精一杯ウィンクをした。
「春香さんはね、あなたを失うことを怖がっているの」
「失う?」
「そうよ。友達であれば、好きでもそうじゃなくても一緒にいる事が出来るわ。だけど、恋人同士になれば、そうはいかない。好きじゃなくなれば別れなければならない」
だだっ広いフローリングの床で、スリッパもなしに、俺たちは立ち話を続けた。
「それに、夏生さんへの想いをあなたに相談していたことに、今になって心を痛めている」
「HARUKAはNATSUKIが好きだったのか?」
「ええ」
「なかなか見る目がある」
「そうなの」
ふふふっと目を合わせて微笑み合う二人は、やっぱり恋人以上だ。
「あなたにしたことを自分が受けることで罪滅ぼしをしようとしていたわ」
「え?」
「だけど、うまく出来なかった。春香さんは夏生さんへの気持ちを伝え、冬馬さんは自分を応援してくれたのに、冬馬さんと後輩さんを応援するどころか、話を聞いてあげる事すら出来なかったと、泣いていたわ」
「そんな……」
「避けていたのではなく、見ていられなかったのね」
ステファンさんが秋子さんの肩を抱いた。このままキスとかしないよな、と心配になる。
「で、AKIKO、TOMAはどうしたらいいと思う?」
「プロポーズよ」
そう言った秋子さんの顔は、悪いことを企んでいる子どものようだった。
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