第43話 1月3週目
今年は最悪だ。
二週連続、春香に全力でぶつかって跳ね返された。くっそ。
春香に変わった様子はない。だけど、俺が話しかけにくくなった分、さらに会話が減ってしまった。
「林田さん、2番にお電話です。室田様から」
「はい、お電話代わりました、林田です」
「こんにちは、秋子です」
「いつもお世話になっております」
「あのね、お友達の物件を少し改装したいので、伺ってもいいかしら?」
「はい。いつでも」
秋子さんは昼休みを利用して、打ち合わせに来られた。
「フランス人のお友達が、こっちで働くことになって、お家は探したんだけど、やっぱりトイレとお風呂は新しいのに変えたいなって」
「そうなんですね」
今日はカタログをお渡しするだけだ。
「おそらく、この辺のユニットバスがいいと思います」
伺った住所と間取りから、ラグジュアリーなラインナップを提案する。
相当、広い一軒家だ。
「ありがとう。決めたら、連絡しますね」
春香がお茶を運んできてくれた。
「春香さん、こんにちは」
年始めにお邪魔した時は、室田ご夫妻にはとても気を遣っていただいた。
夏生さんのアシストを無下にするような結果に、本当に情けないやら、不甲斐ないやら……あの日、俺たちは車で送り届けてもらい、先に降ろした春香が居なくなった途端、二人から謝られてしまった。
「申し訳ない、余計なことを言った。冬馬君、本当にすまない」
「私が要らないお節介したからよね。冬馬さん、本当にごめんなさい」
しゅんとしてしまった二人に、これは二人のせいじゃないと説明するのが大変だった。
どんなに俺が想おうと、どんなに良いアシストをしてもらおうと、春香の心は決まっていたんだ。
「その後、どう?」
お辞儀をして去った春香を見送って、秋子さんが小声で言った。
「先週、俺の誕生日に春香がディナークルーズに連れて行ってくれて……告白したんですけど」
「ひゃっ」
秋子さんが両手で口を押さえて、目を輝かせた。
すみません、そうじゃないんです……
「玉砕しました」
「!」
秋子さんは、目玉がこぼれ落ちそうなほど、目を見開いた。
「そういう事です。春香は俺のこと好きじゃなかったんです」
泣き出しそうな秋子さんを出口までお見送りした。
デスクに戻り、秋子さんのリクエストシートを作成する。
「今度はなんの改装?」
「お友達のお家のバストイレ」
「ふーん。なんのお話してたの?」
「春香には関係ないだろ」
俺は怒ってるんだよ。振った男に、いつも通り話しかけんなよ。
席を立って、自販にコーヒーを買いに行く。
「ちょっと、待ってよ」
春香が追ってくるけど、俺は振り向かないからな。
「付き合ってなくても友達でしょ?」
ずいぶん、自分に都合のいい考え方をするんだな。
「俺のことを好きになってくれない春香と一緒に居たって、俺が辛いだろ?少しは人の気持ちも考えろよ!」
きつい言い方をしたことは認める。だけど、俺だって辛いんだよ。
あんな言い合いをした日から、めっきり春香とは話さなくなった。
まあ、仕事にのめり込むと言うのも悪くない。
仕事帰りに飲みに誘う友達も失ってしまった。
残業して、とぼとぼと自転車に向かう。
春香の自転車がまだあることに驚く。
「もうとっくに帰ったよな……」
もしかして、と思い、俺はもう一度スーツに着替えて駅へ向かう。
駅前の居酒屋に立ち寄ることにした。
今日は、春香がいてもいなくても、俺が一人で飲みに来ただけだ。
ガラスになっている引き戸から中を覗く。
「嘘だろ」
春香と夏生さんが飲んでいた。
「二人かよ」
さすがにないわ。
よろよろと会社に引き返す。
春香が夏生さんの事が好きなのは知ってたけど、さすがに、ないわ。
夏生さんもないわ。秋子さんのこと愛してるくせに、春香の気持ち知ってるくせに、さすがに、ないだろ……こんなの、おかしいだろ……
もしかして、春香は夏生さんを好きな気持ちを隠すために、俺のことを好きだと言ったんじゃないか?それなら辻褄が合う気がした。だから俺と付き合う気はない癖に、相談をする振りをして夏生さんと合っているのか。だとしたら、最悪だ。そんなのないって。
頭がぼぅっとしたまま、自転車に乗るのは危険か。
やっぱり電車で帰ろう、そう思い、また駅に向かう。
なにやってんの?二人して。
ないだろ、さすがに、二人きりはないって。
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