第45話 2月1週目
プロポーズ……付き合ってないのに、プロポーズなんてしていいのか?
秋子さんはあの後、俺が春香を不安にさせないと分かれば、俺たちは上手くいくと力説してくれた。おっしゃる意味は分かったが、どうやるのかは「自分で頑張って考えてね」だそうだ。
気まずくなってしまった職場で、春香をチラチラ横目で見ながら考える。
「あのぉー、とぉーまさーん、お仕事してくださぁーい」
「あ、ごめん、ってか、してるし、仕事してるし」
「ぜぇーんぜん、集中してないじゃないですかぁ」
「そう見えた?」
「見えたぁー」
珍しく櫻田が話しかけてきた。
「私にぃ春香が好きだぁっとか言っといて、全然気まずくなっちゃってるじゃないですかぁ」
「そうなんだよ」
「あれぇ、素直ぉ」
櫻田でもいい、何か知恵を、いや、ヒントだけでもくれ。
「ちゃんと好きって言ったんですかぁ?」
「もちろん言ったよ」
「で、フラれちゃったのに未練たらたらなんですかぁ?」
「悪いかよ」
「ひくぅ」
「んだと!」
やっぱり使えないから、櫻田はあっち行け。
「もぉ、本気のプレゼントしかないんじゃないですかぁ」
「プレゼント?」
「そぉーです。バレンタイン近いんでぇ、チョコとかぁ」
「本気のチョコレートを、俺が春香に渡せばいいのか?」
「さぁ?」
まじで、さっさとあっち行けよ。しっしっ。
「私にも買ってくれるんだったらぁ、一緒に選んであげてもいいですよぉ」
「え……」
「同じのじゃなくてもいーです、何か買ってくれればそれでいーですぅ」
「いや……」
秋子さんに自分で考えろって言われたからな。
「ありがとな、自分で選ぶよ」
「ちぇ」
そんなに有難いアドバイスでは無かったけど、ヒントくらいにはなった。
春香が好きそうなもの。プレゼント。バレンタインデー。チョコレートじゃなさそう。プロポーズ。指輪。自分で選びたそう。春香が好きなもの。夏生さん。ロードバイク。じゃないよな。俺を見て欲しい。一緒に食事。ディナー。誘ってみるか。どうやって?
もう、心臓が痛い。
ヒルクライムでリタイヤした時くらい、ドキドキしている。
「春香」
みっともない姿は見せたくない。
「なあに?」
「買い物に付き合って欲しいんだ」
「いいけど、いつ?」
「今日とか、無理なら明日とか」
平静を装っているのが、俺の本心が……もろバレているのが分かる。
「何買うの?」
「チョコレート」
「誰に?」
「お世話になってる人、秋子さんとか」
断り辛いだろう?いいって言うしかないよな?
「なんで一人で行かないの?」
「行きにくいから。男あんまいなそうだし」
想定内の質問だ。もう一押し。
「女性が喜ぶものを一緒に選んで欲しい」
「分かった。今日いいよ」
イエーーーーーッス!!!!!!!!!
「じゃ、あとで」
さて、次の作戦に移る。
デパートの8階。ハートのモチーフの看板が至る所に掲げられている。
分かっているつもりだったが、まさか、ここまで混んでいるとは思っていなかった。
怯む俺、果敢に挑む春香。
「一緒に選んで欲しいんでしょ?ほら、行くよ」
バレンタイン企画のチョコレートの催事場は、満員電車より混んでいた。
「いや、やっぱどこでも……」
「いいわけないでしょ!」
春香が俺の手を握って、おしくらまんじゅうに加わった。
こういう時の春香は、勇ましくてカッコイイ。惚れ直す。
「秋子さんと、夏生さんと、ステファンさんと櫻田さん、会社に置いとく分、居酒屋のお兄ちゃん、あとは?」
春香は、いくつもお店を回り、それぞれの人が好みそうなチョコレートを選んで行った。
俺はかさばる紙袋を片手に持って、繋いだ春香の手を放すまいと必死で付いて行った。
「はい、以上だね」
そう言って春香は、渡してあった俺のクレジットカードを返してきた。
「あと一人」
「えっ、なんで先に言わないの?また、戻る気?」
「いや、春香にあげるのはチョコじゃない」
握った手を放さない。2月なのに、暑くてたまらない。
デパートを離れて、宝石店に春香を引っ張りこむ。
「こんなのもらえないよ」
「一緒に選ぶ約束だろ?」
「でも……」
「買うのは俺だ、つきあってもらう」
こっちの店は空いてはいるけど、やたらと暑い。
店員がやって来て「お荷物をお預かりします」と言ってきた。
紙袋を渡す。コートも脱ぎたいが、手を放すわけにはいかないから、前だけ開けた。
「指輪ってどこ?」
こんな店、来たことないから、どこに何があるか分からない。
「こっち」
春香の足がゆっくりと動いた。
「どれがいい?」
春香がまんまるの目でこっちを見た。
「今度、俺のこと振ったら、二度と口きかないから、そのつもりで」
もう一度聞いた。
「どれにする?」
「冬馬に選んで欲しい」
おいおい、分からないから直接、聞いてるのに……うーん、よし。
「じゃ、これで」
柔らかいオレンジ色に見える金の指輪を指さした。
「あ、やっぱこっちか」
大きな石が付いてる方が、豪華でいいよな。
「これもいいかな?」
小さなきらきらした石がいっぱいついてるのも華やかでいい。
「どれにする?」
春香が泣いた。
「どれでもいい」
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