第3話 捜索

 神﨑かんざき社長の指示に、チーフマネージャーの時成ときなりは内心、ホッとしていた。もはや警察に頼らざるを得ないのは明らかだったが、自分の判断で警察を呼ぶのはさすがにためらわれたからだ。


【まさかオレが警察に電話することになるとは】と思いつつ、自分のスマホで110番をコール。

 ワンコールもしないうちに電話がつながる。


「はい、警察です。事件ですか、事故ですか」

「事件です。うちのタレントが誘拐されました」

「事件ですね。あなたのお名前と場所を教えてください」

「芸能事務所スタークラフトの時成と申します。場所は江東区の臨海ワールドシアターで、誘拐されたのは『24カラーズ』の秋月天音あきづき・あまねです」

「24カラーズって、アイドルグループの?」


 いくら24カラーズが人気急上昇中とはいえ、警察にも知られているとは意外だった。声からして若い女性警察官のようだし、やはり女性人気の高さは本物か。危機的状況にもかかわらず、時成の脳裏にはそんな考えが浮かんでいた。


「そうです。今日、ここでライブをやってまして、その途中で行方不明になりました」

「なぜ誘拐だと思われましたか?」

「スタッフのSNSに画像が送られてきて、天音が縛られていました」

「分かりました。警察官を現場に急行させますので、そこにいる方が誰も外に出ないようにしてください」


 通話のやり取りを聞いていた防災センター長の田中が、みるみるうちに蒼ざめていく。なにも起こらない、起こさないのが彼の役目だが、まさか自分の管理している施設で誘拐という一大事が発生するとは。

 その緊張感が伝染ったのか、防災センターのスタッフたちも一様に押し黙る。


 数分後、警察官2名が到着。シアターの横にある派出所から走ってきたのだろう。さらに10分後、私服の警察官2名と上司の刑事が到着。現場は一気に物々しくなった。


「臨海署刑事課の山田です。電話された時成さんは?」

「私です。スタークラフトの時成と申します。こちらは社長の神﨑です」

 名刺を山田刑事に手渡す時成と神﨑。

「秋月さんが誘拐されたという画像とSNSを見せてください」

「こちらです」


 時成が示した画像、そしてSNSの文面を見つめる山田刑事。

「彼女が行方不明になったのはいつごろですか」

「私が認識したのは19時40分です」

「なぜそんな正確に?」

「ライブの途中だったので、進行表を見れば分かります」


 会場の臨海ワールドシアターはショッピングモールに併設されていることもあり、公演の主催者には時間厳守が求められる。この日のライブは20時終了予定となっており、開演こそ客入れの影響で5分遅れになったものの、途中のMCを少しずつ削ることで、ライブ本編は予定通りの19時35分にきっかりと終わっていた。


 その5分後に天音が行方不明になったことが分かり、緊急告知を挟んでアンコールの1曲目がスタートする19時50分、天音抜きでのアンコール決行を決断。


 その後、20時ちょうどにライブが完全に終了。防災センターで監視カメラの映像を見せてもらうよう依頼するも断られ、時成が頭を抱えていた20時10分ごろ、栄子のSNSに画像が送られてきた。現在の時刻は20時25分。天音の行方不明を認識してから、すでに45分が経過していた。


「関係者はまだ全員ここにいますか?」

「はい、天音が行方不明だと分かってからは、誰も外に出していません」

「分かりました。では監視カメラの映像を確認しましょう」


 山田刑事と部下の警察官2名。事務所側からは時成と神﨑社長、DMを受信したマネージャーの栄子えいこ。さらに警備会社の主任・毛塚けづかの計7人がモニターを取り囲む。

 先ほどはルールを破れないと言い張っていたセンター長も山田刑事には深々と頭を下げる。60代のセンター長は元警察官で、警部補で退官。階級が一つ上にあたる警部の山田刑事には絶対に頭があがらないのが、警察という縦社会のルールのようだ。


「楽屋エリアから外に出られる動線は?」

 山田刑事が会場の構造を田中センター長に確認する。

「楽屋エリアは奥まっており、外部に繋がる出入り口は一カ所だけです。あとは客席側に繋がる通路もありますが、公演の間は多くのスタッフがいますので、誰にも見られずに客席に出ることは困難でしょう」


「非常口は?」

「楽屋の奥に非常階段に繋がる扉があります。ただ、その扉を開けるとアラームが鳴動し、防災センターでも開閉を感知できますが、こちらでは開閉を確認していません」

「なるほど。そうなると一カ所だけの出入り口を強行突破した形かもしれないな。そこの警備体制は?」

 山田刑事の質問に警備主任の毛塚が答える。


「弊社の警備員が常時、パスコントロールをしています。とくに女性のスタッフさんは少ないので、天音さんが通ればすぐに分かるはずです」

「すぐに分かるといっても、変装していたら見破れないのでは?」

「それは、ないと信じていますが」

「出入り口が映っている監視カメラ映像が見たい」

「了解しました。こちらのモニターでご覧ください」

 センター長の指示で監視カメラの映像がモニターに映し出された。


 天音が行方不明になったと時成が把握したのは19時40分ごろのこと。その5分後には主要スタッフに天音の捜索を命じていたため、それ以降はどんな姿格好の人物が通っても、警備員がしっかりと確認しただろう。

 そのため監視カメラ映像では、そこまでの10分間を確認することにした。それ以前は天音もステージに立っており、映像を見る必要はない。


 ライブ中なこともあって外部との出入りはさほど多くなく、その10分間で出入り口を通った女性は3人のみ。マネージャーの栄子、馴染みのヘアメイク、そしてケータリング業者の女性スタッフという面々だ。顔がはっきり映っており、天音でないことは明らかである。


「ダメだ、天音がいない!」

 時成が吐き捨てるようにつぶやく。そうなると客席に繋がる通路を通ったのか? いくらなんでもそれはあり得ない。天音の顔を知らないスタッフなどいないし、彼女の知名度を考えれば誰にも気づかれることなく客席から会場の外に出ることも不可能だ。

 天音は一体どこへ……。


「ちょっと待ってください。さっきのケータリングまで巻き戻してもらえますか」

 山田刑事の部下がおもむろに口を開く。

「どうした、何か気になるのか」

「ケータリングスタッフの女性が引いていたカート、相当重そうに見えました」

「よし、もう1回見せてくれ」


 ライブ終了後は舞台装置などの搬出物が多いため、ケータリング用の機材やカートは本編の終了が近づいてきた時点で、先に撤収することとなっていた。

 大きなカートだとちょっとした屋台並みのサイズがあり、リヤカーの要領で移動。大きな車輪がついているので女性スタッフ一人でも運べるが、重量は相当なものだ。


 楽屋エリアには映像配信用に臨時の中継ルームが用意されており、ステージ側から伸びる数本のケーブルが通路を横断。それらのケーブルを保護する金属製の覆いが被せられており、ちょっとした段差になっている。


「見てください。ケーブルの段差が乗り越えられず、二度も失敗しています」

「ふーむ、このカートなら小柄な女性くらい、隠せそうだ」


 天音は身長156センチ。すごく小柄とは言えないが、見た目はかなり華奢だ。中学ではバスケをやっていたそうだが、パッと見の細さはとても体育会系には見えない。


「このカートがどこに行ったか、分かりますか?」

「業務用エレベーターで、地下2階の駐車場まで下りたはずです」とセンター長が即答する。


 大型商業施設のエレベーターにはいまや例外なく監視カメラが設置されており、くだんのカートが駐車場に下りたことも確認できた。

 カートがたどり着いた先には、ハイエースのバンが止まっていた。運転席から降りてきた茶髪の男性が手伝い、カートの屋根を外す様子が、別の監視カメラに映っていた。


 その男性はバンの後部ゲートを跳ね上げ、金属製スロープを引き出して設置。カートごとバンに載せるのだろう。

「いっせーの、せ!」

 男性が車内からカートを引き上げ、女性スタッフは後ろから押し上げる。かなり重そうだが、じりじりと引き上げられたカートは意外にすんなりとバンの荷室に収まっていった。


 男性がスロープを外して車内に戻す一方で、女性はカートの屋根を手際よく分解。手慣れた様子はこの作業を何度も繰り返している証拠で、どうやら本物のケータリングスタッフなのだろう。

 バンの後部ゲートを閉め、二人が前側の席に乗り込むと、バンは駐車場を出ていった。スタッフには駐車場の無料チケットが配布されており、出場ゲートをスムーズに通過する。


 二人の素性はまだ分からないものの、出入り業者なら制作会社が把握しているはず。そもそも車のナンバーは監視カメラにバッチリ映っており、警察なら簡単に移動経路を割り出せるに違いない。


「よし、この車両を追跡しろ。まだ容疑者じゃないぞ、あくまで参考人だ」

 山田刑事がもう一人の部下に指示し、女性スタッフとドライバーを参考人として探すことになった。電話で本部を呼び出し、ナンバーと車種を伝達。いまどき、東京都内の主要道路を警察の眼を交わしながら移動するのはまず不可能だ。真相に向けて一歩前進である。


「天音はこのカートに押し込まれて誘拐されたってことですか?」

 そう訊ねる時成に、山田刑事が問い返す。

「そもそも誘拐かどうかもまだ分かりません。彼女が自発的に隠れた可能性もありえます。多くの人がいる楽屋で、大人の女性を無理矢理カートに押し込むことができますかね?」


 たしかに山田刑事の言うとおりだ。しかし天音が自分から隠れたとしても、ほかの誰にも気づかれることなく、カートの下に潜り込めるものだろうか。

 メンバーは全員、幅広のパニエを着用していた。そんな女性がケータリングエリアをうろうろしていたら、誰か一人くらいは気づくはずだろう。


「あと、念のためにお聞きしますが、これはあなた方の“演出”ではないですよね?」

「演出、ですか?」


 少しの間を置き、時成が怒気のこもった声で山田刑事に反論する。

「我々は本当に、天音がいなくなって心配してるんです! 演出とかそういう話じゃありません! その証拠に私から110番したじゃないですか」

「失敬。ただ、疑うのが私たちの仕事でしてね。最近は迷惑系ユーチューバーがわざと事件をでっちあげて、警察を動画のネタにすることもあるのです」


 言われてみれば、時成自身もそんな動画を見た記憶がある。警察官の前で小麦粉の入った小袋を落としては、走って逃げるといった内容だ。


「さすがにあなたたちのような有名な芸能事務所さんが警察を利用するようなことなどないと信じたいところですが、なにしろ、これが事件かどうかもまだ断定できません」

「天音は誘拐されたんじゃないってことですか?」

「いえ。むしろ、誘拐として被害届を出すかどうかを決めていただきたいのです」


 山田刑事の言葉にハッとする時成。押し黙っている神﨑社長も、少し目線が泳いでいる。たしかに天音が自分の意志で「誘拐されちゃった」を演じているのであれば、警察に捜査を依頼して大ごとにするのはむしろ事務所としては命取りになりかねない。


「そもそも天音に誰かマネージャーはついていなかったのか?」

美玖みくがついていました。トイレについていったら、トイレの中で行方不明になったと言うんです」


 神﨑社長と時成の会話を聞いた山田刑事は、トイレ内に監視カメラはあるのかとセンター長に問う。しかしトイレはプライバシー空間ゆえ、さすがに監視カメラは設置されていない。

「トイレ前の通路はどうですか?」

「通路を直接映している監視カメラはありませんが、先ほど見ていただいた出入り口の監視カメラなら、画面の上側に映っているはずです」


 あらためて出入り口の監視カメラ映像を確認すると、たしかに通路のかなり奥まで映っていた。ただライブの当日は、出入り口の半分をパーテーションで目隠ししており、全部は見通せないようになっている。

 監視カメラから見て右側にあるトイレの出入り口はその目隠しで遮られており、天音がトイレに入っていく様子は見えなかった。ただ、反対側の壁に美玖がもたれている姿は見て取れた。トイレの外でしばらく、天音が出てくるのを待っているところだ。


 3分ほど壁にもたれていた美玖が、トイレ側に移動する姿も確認。さらに30秒ほどすると、トイレから出てきたであろう美玖が画面の奥側に走っていくところも見えた。天音がトイレのなかで行方不明になり、慌てたのだろう。


「このままもう少し見せてくれ」

 山田刑事の指示で映像を流し続ける。するとさらに30秒後、青っぽい制服を着た人物が画面の奥に向かって歩いていくではないか。パーテーションの陰で分かりづらいが、女性トイレもしくは男性トイレから出てきたものと推測できる。


「この制服の人物が誰なのか、分かりますか?」

「おそらく清掃業者のスタッフです」

 たしかに青っぽい制服はいかにも清掃スタッフっぽい。しかも制服着用の清掃スタッフなら、施設の内部を堂々と歩き回れる。


「ということは、秋月さんがトイレ内で清掃スタッフの制服に着替え、マネージャーの目をごまかした可能性も考えられますな」


 トイレには清掃用具入れの狭いスペースがある。清掃スタッフに着替えた天音がそこに身を潜め、自分を探しに来た美玖がトイレから出ていったあとに、しれっとトイレから出れば、誰にも怪しまれることなく堂々と楽屋エリアを移動できただろう。

 パニエは柔らかいから畳んで服の中に隠せるし、清掃スタッフはキャップとマスクの着用を義務付けられているので、顔を隠すこともできるはずだ。


「お言葉で恐縮ですが、清掃スタッフの制服は厳格に管理されており、第三者が入手するのは難しいのです」

 センター長の指摘に「ん?」という表情を見せつつ、詳しく聞かせてほしいと山田刑事。


「この施設では我々防災センターの職員と、清掃スタッフが制服を着用しています。この制服を着ているとほとんどのエリアに自由に出入りできるので、制服の貸与は厳しく制限されています。しかも制服は施設内で管理しており、外部への持ち出しは禁止です」

「制服を管理している部署はどこですか?」

「防災センターの向かい側にある、清掃業者の事務所です。清掃スタッフはそこの従業員通用口から出入りし、事務所で制服に着替えてから施設に入退場します。我々もほとんどの清掃スタッフと顔見知りですから、第三者が制服を着ていたらさすがに気づきます」


 そうなると先ほどの監視カメラ映像で見た清掃スタッフは天音ではないのか。しかしそれでは、天音が本当にトイレの中で消えてしまったことになる。


「たとえば天音が、よく似た制服を持ち込んで、着替えた可能性はないだろうか」

 なんとか答えをひねりだそうと、時成が自信なさげにつぶやく。


「それはないと思います。今日、天音と一緒に会場入りしたんですけど、小さいリュックしか持ってなかったです。あれに制服が入るとは思えません」と栄子。

 天音は人見知りが激しく、栄子や時成、もしくは金魚の糞みたいにくっついている美玖など、慣れているマネージャーしか引率できない。


「いまの段階ではここにいるみなさん全員に、協力者の可能性があります。気を悪くされたら申し訳ありませんが、警察から見れば、まだ潔白ではないことをご理解ください」

 山田刑事の念押しに栄子や神﨑社長は少しムッとするも、センター長はそうだそうだと言わんばかりの薄ら笑いを見せる。時成も、たしかに山田刑事の言う通りだと思った。


 その時、山田刑事の携帯電話に着信。現場の空気が一気にピリつく。

【天音が見つかったのか!?】

 そう期待したのは時成だけではなかっただろう。


「うんうん、そうか。了解。引き続き、動きを追ってくれ」

 電話を切った山田刑事に全員の視線が集まる。

「ケータリング業者の車が見つかり、先ほどの男女に職務質問しました」

「どこで見つかったんですか!?」

 興奮した時成を制するように、山田刑事が言葉を続ける。


「業者の本社は代々木よよぎにあるそうで、その近くです。しかし車内からは何も見つからなかったとの報告でした」

「チクショウ!」

 小さな声でつぶやく時成に山田刑事が視線を向ける。汚い言葉遣いを咎める様子ではない。むしろ時成の悔しがり方が演技でないかどうかを推し量っているのだろう。


 ケータリング業者のバンは車種もナンバーも確認済みゆえ、警察がその行方を追うのはいとも簡単だった。

 臨海ワールドシアターから代々木のケータリング業者まで、通常なら首都高速を使って30分ほどの距離。だがこの日は首都高速中央環状線で交通事故が発生し、事故渋滞にバンも巻き込まれる羽目に。1時間ほどでやっと代々木の近くにたどり着いていた。


 首都高速の幡ヶ谷はたがや出口を降りた先の甲州街道で、警ら中のパトカーがバンを止め、職務質問への協力を要請。茶髪の男性運転手は素直に運転免許証を見せ、助手席にいた女性スタッフも運転免許証を提示したという。

 荷室に積んであるカートが過積載ではないかとの名目で警察官がチェックするも、カートの内部を含めて車内から何ら怪しいものは見つからなかった。


 バンは臨海ワールドシアターの駐車場を出た後、すぐそばの首都高入口を利用。途中に誰かを降ろせるような場所はなく、天音が同乗していた可能性はほぼゼロだ。

 これで「ケータリング業者 犯人説」の可能性はなくなった。そうなると天音はいったい、どこに……。


 ここで栄子のスマホからピロリン♪という音が。DMの着信音だ。栄子がスマホを操作しようとすると、山田刑事が止める。

「私の目の前で、ゆっくりと操作してください」


 栄子が勝手にDMを削除するかもしれない。警察官としてはそう警戒するのも当然だろう。不満げな表情を見せつつ栄子もしぶしぶ、その指示に従う。山田刑事の隣に並び、画面を共有するかのようにゆっくりと操作してみせる。


 送られてきたのは8秒ほどの短い動画で、映っているのは天音だ。背後にはテレビの画面がチラ見えし、ニュース番組『首都圏2045』のオープニングが映っている。いまは20時48分。どうやら撮影した直後に送信してきたようだ。


「天音です。私は元気ですので安心してください」


 生気のない表情でゆっくりとしゃべる天音。もともとそういうタイプではあるが、誘拐されているかもしれないと思うとそのしゃべり方にも不安は募る。

 一方で、危害を加えられていないと確認できたことに、時成はホッとした。神﨑社長も少しだけ表情が緩み、栄子マネは涙ぐんでいる。わずか1時間ぶりではあるが、天音の声が聞けて安心したのだろう。


 念のため、動画を転送してほしいとリクエストする山田刑事。そのうえで時成ら事務所関係者の顔をじろっと見まわし、念押しするかのように語りかけた。


「さあ、どうされますか? 誘拐として被害届を出すのか、それとも彼女が自分の意志で出ていったと判断されるのか」


 丁寧な口調ではあるものの、山田刑事の詰問には有無を言わせない圧がこもっていた。

 ライブを終えたメンバーやスタッフのことを考えれば、いつまでも会場内に留めておくわけにもいかない。しかし誘拐事件として捜査するのであれば、ここにいる全員が被疑者であり、ますます返すわけにはいかないだろう。


 誘拐か、それとも天音の気まぐれなのか。そもそも被害届を出すかどうかを判断するのは誰なのか。事務所社長の神﨑か、それともライブの現場責任者であるオレなのか。

 時成が頭をフル回転させて悩むなか、やおら神﨑社長が口を開いた。


「分かりました。ここはいったん私に預からせてください」

「社長! 誘拐ではないと断言するんですか!?」

「これが誘拐ならそのうち、犯人からまた連絡があるだろう。その時になったらあらためて警察に相談すればいい。もしかしたら天音がふいに戻ってくることもあり得る」

「でも、天音の身に何かあったら……」

「そのときは、社長の私が責任を取る」


 これが覚悟を決めた男の顔か。時成はふいにそう感じていた。

 そもそも天音をスカウトしたのは神﨑だったのだ。

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