第2話 代役

 キャプテン・陽南海彩みなみ・みさの世話を舞台監督に任せ、チーフマネージャーの時成ときなりはマネージャーの美玖みくを伴って、行方不明になったエースの秋月天音あきづき・あまねを探し始めた。

 以前にも同じようなタイミングで同じようなことがあり、その時は楽屋の壁に設置された大きな鏡を隠すカーテンに潜んでいたものだ。


 天音とて孤高のカリスマとは呼ばれつつも、プロとしてのプライドは人一倍あり、ステージをないがしろにすることは決してないはず。

 しかもライブ中の楽屋エリアは立ち入りが制限されており、外部に通じる出入り口には警備会社のスタッフが立っている。誰もが顔を知る天音が勝手に外に出ることはあり得ない。


【楽屋エリア内のどこかにいるのは確実】だと信じていた。


「ステージをハケてからの天音は?」

「楽屋でTシャツに着替えて、トイレに行きたいというので、ついていったんです」

「トイレにも一緒に入ったのか?」

「私はトイレの外で待っていました。でも全然出てこないので、中に入ってみたら、天音さんがいなくなっていたんです…」

「はあっ!? トイレからどこかに抜け出たとでもいうのか!」


 美玖と一緒に女性トイレに踏み入る時成。男性トイレとは違って手洗い場がやたらに広く、シンクのないスペースもある。これがパウダールームというヤツか。

 女性トイレは楽屋を挟んだ反対側にもあり、ほとんどのメンバーは自分たちの楽屋に近いという理由でそっちを使う。そのためアンコール待ちの時間帯、こちらのトイレはやたらとひっそりしていた。


 5カ所ある個室をひとつずつのぞいていくも、人の気配はない。

 個室の奥には掃除用具入れの狭いスペースが。中を見てみると、カーテンのような布で何かを隠している。めくってみると、脚立が置かれていた。


 トイレに窓はなく、天井にも人が通れそうな点検口などは見当たらない。それゆえ出入り口は一カ所だけのはず。首を振りながら女性トイレを出る時成に、美玖が続く。


「キミはドアの前で待っていたんだよね?」

「はい、ずっとここで待ってました」

「でも天音は出てこなかった。ほかに誰か出て行かなかったか?」

「いえ、誰も。出てこないので中に入ってみたんですが、姿が見当たらなくて」

「行方不明になった、ということか。それで慌てて海彩の楽屋に来たんだな?」

「……はい」


 目に涙を浮かべる美玖の表情には、少しばかりの恐怖心も垣間見えた。天音が見つからない責任を被せられるのでは、と恐れているのだろう。

 だが、この現場ではいま、オレが最高責任者だ。何かあったら責任を負うべきなのはオレしかいない。そう覚悟した時成は美玖の肩をポンと叩き、励ますように声を掛けた。

「大丈夫、まだ時間はあるから、隅から隅まで探そう」


 天音はどこに隠れているのか。もしかしたら夜景を見ようと無理やりどこかの窓を開けて、落下したりはしてないか。最悪の状況を考えたらキリがない。 

 ともあれいまは、今夜のライブを無事に終わらせることが最優先だ。時成は装着していたインカムで、舞台監督の阿武あんのを呼び出す。


「阿武くん、時成です」

「時成さん、阿武です。聞こえています」

「阿武くん、天音が行方不明になりました」

「行方不明、ですか?」

「そう、楽屋エリアを探し回っているんだけど、まだ見つかってない」

「了解です。まもなくアンコールが始まりますが、緊急告知とE1でざっと10分あります」

「オーケー。あと5分探して見つからなかったら、また連絡します」

「了解しました。こちらもプランBを考えます」


 阿武は今日のライブを仕切っている大手制作会社『コールドガイ』のベテランスタッフ。さすがは百戦錬磨の舞台監督とあって、大エースの不在というアクシデントを知っても慌てることなく、すぐさまステージの進行に頭を切り替えてくれた。

 彼なら最悪、天音が見つからなかったとしても、なんとかしてくれるだろう。いや、なんとかしてくれ。


 時成は壁に貼ってあるステージ進行表を確認し、インカムのチャンネルを『主要スタッフ一斉』に変更。全マネージャーと制作陣の各チーフ、そして警備会社の主任に繋がるチャンネルだ。

「時成です。天音が見つかりません。動ける人は全員、天音を探してください」

 マヂか!

 またか……

 それぞれの感情を抱きつつ、時成の指示が一大事であることは誰しもが瞬時に理解した。


 アンコールはいまにも始まろうとしている。マネージャーたちは着替え終わったメンバーを舞台袖に連れていき、ステージ運営チームに託し終わっていた。

 もし時成の指示が数十秒早かったら、インカムから漏れ聞こえる指示を聞いたメンバーたちが、天音の不在に動揺していたのは間違いない。ステージの進行をすべて把握している時成ゆえ、完璧なタイミングで天音を探す指示を下せたのである。


 警備会社『BINDバインド』主任の毛塚けづかはインカムで、警備スタッフ全員に「誰か天音さんを見た者はいないか?」と呼びかけるも、かんばしい反応はなし。

「楽屋エリア出入り口のスタッフ、不審な人物の出入りは見ていないか?」

「ここでは見ていません」

「了解、引き続き目を光らせていてくれ」


 マネージャーたちはメンバーの去った楽屋を隅から隅まで探し回る。ロッカーのなか、ソファーの裏、テーブルの下もチェックしたが、人の気配はない。

 その時、楽屋の隅でバタン!という大きな音が。衣装用の大型スーツケースが倒れたのだ。


「天音さん!?」

 美玖が慌てて駆け寄り、スーツケースを開ける。そこには、何も入っていなかった。中身がなく軽くなったスーツケースに、楽屋内を走りまわるスタッフがぶつかったのか。空のスーツケースを見つめる彼女の目に、少しだけほっとした光が浮かんでいた。


 ケータリングのスペース、着替えを置いておく長机の周辺、運営スタッフの休憩所、事務所関係者の控室、さらには喫煙室まで探しまくるも、天音の姿は見当たらない。

 すると客席から「うぉーっ!」という大きな歓声が沸き上がり、楽屋エリアにまで聞こえてきた。緊急告知にて、日本武道館2デイズ公演が半年後に開催決定と明かされたのだろう。アンコール序盤のMCタイムはもうすぐで終わりだ。


 時成が時間の経過を確認したのは何度目だろうか。舞台監督の阿武に連絡してからもはや4分が経っていた。今一度、インカムで「天音は見つかったのか!?」と呼びかける。この状況では言葉が少々粗っぽくなるのも致し方ない。


「まだです!」

「見つかりません」

「もう、どこにいるの!」

「あまね! あまねー!」

 マネージャーたちの声が入り乱れる。この様子だと天音はもうこの会場にいないのかも。いくら探し回っても見つからなさそうだ。なぜいないのか、一体どこに行ったのか。


 しかし、いまはそれを考えている時間の余裕すらない。そう逡巡しゅんじゅんする時成のインカムに、阿武からの直通通話が入ってきた。


「もうE1に入りますので、プランBで行きます」

「分かった。どんなプランだ?」

「最後の曲はもう変更できないので、センターを空色そらに替えます」

「空色? そうか、あいつなら歌えるのか」

「はい、PSでは空色がセンターでってました」

「了解、任せた。上手いことやってくれ」


 﨑田空色さきた・そらは半年前に加入したばかりの四期生。まだ高1ながら、長い手足と小顔が目を惹き、すでに次世代エースとの呼び声も高い注目株だ。現在は練習生ユニット「プラクティス・スクワッド」(PS)の一員として、小さな会場での対バンイベントに出演することもある。


 天才肌でカリスマ性のあるエースの天音とも、なんでも器用にこなすジェネラリストでキャプテンの海彩とも異なり、自然とみんなが笑顔になるスター性が魅力だ。

 それでいてバレエで鍛えたダンスと歌唱レベルの高さも兼ね備えており、早くも『ル・パルフェ』(フランス語で完璧)の異名を与えられている。


 アンコール1曲目の『キラメキ燦SHINEサン・シャイン』が始まる直前、舞台監督の阿武あんのはメンバーのイヤモニに「空色そら、いますぐ上手かみての袖に来て」と呼びかけた。メンバー全員にも聞こえてはいるものの、パフォーマンスに集中しなければならない他のメンバーたちはその指示に気を留める余裕もない。


 唯一、海彩みさだけは自分のセンター曲を歌いはじめながら「やっぱ、空色か」と思っていた。5000人のファンを前に、完璧な表情管理と正確な音程を保ちつつ、イヤモニの指示にまで考えを巡らせる海彩。

 何があっても動じることなく臨機応変に対応。冷静沈着な性格が、気分屋として知られる天音とのコントラストとなり、24カラーズを支えてきたともいえる。


「最後の曲、お前がセンターをやってくれ」

「えっ、私がですか? 天音さんは!?」

「天音は脚を痛めたらしい。代わりにセンターが務まるのは空色しかいないんだ」


 舞台監督の阿武による唐突な提案。しかもアンコールの1曲目が始まっているなか、自分だけがステージから外れて指示を受けている。

 そんな異様な状況ながら、持ち前のポジティブさで「分かりました!」と即答した空色は、ステージに走って戻り、何事もなかったかのように自分のポジションに収まっていった。


 ほとんどのファンは自分の推しメンを目で追うのが精いっぱいで、空色が15秒ほど舞台袖に引っ込んでいたことに気づいていなかったようだ。


「いま、空色ちょっと抜けてたよね?」

「靴ひもでもほどけたんじゃないのか」

 空色のファンは彼女の不在を認識していたが、何事もなさそうにいつもの笑顔でパフォーマンスを再開した姿に安心。青のペンライトを振りながらコールを送り続けていた。


「それでは、これが本当に最後の曲です。聴いてください、『まぶしい暗闇』」


 24カラーズの代表曲『まぶしい暗闇』は天音のセンター曲だが、曲振りは常に海彩の役目。天音はひたすらパフォーマンスに専念する形が定着している。

 デビュー直後は透明感あふれる美少女としてけらけら笑う笑顔が魅力だった天音。それが3年目の高2くらいから目に黒い光がともるようになり、いつしか『ダークエンジェル』と呼ばれるようになっていた。


 ふだんなら海彩の曲振りを合図に、中央部分に固まっていたメンバーたちが左右に分かれ、モーゼの海割りさながらに天音が前に歩みだしてくる。だがこの日、その割れた道を通って現われたのは空色だった。「えっ、なんで?」と思ったのはむしろメンバーたちのほうだったかもしれない。

 しかし疑問に感じている暇はない。本来、空色が立っているはずのスペースがぽっかりと空いているが、24人でも23人でも各メンバーが果たすべき役目に変わりはないのだ。


 そもそも激しいダンスが特徴の『まぶしい暗闇』を演る際には相当な集中力が求められる。誰がセンターで歌っていようが、各メンバーは自分のパフォーマンスをこなすのに精いっぱいだった。


 空色をセンターに始まった『まぶしい暗闇』に面食らうファンたち。バルコニー席でアンコールを観ていた女性誌記者の北條智子ほうじょう・ともこも、「天音さんじゃないの!?」との驚きが口をつく。

 その一方で、練習生で構成されるプラクティス・スクワッド(PS)公演を観にいくような熱心なファンは「マヂか、空色センターじゃん!」と、意外な演出に喜びを隠せない。

 正確には演出どころか苦肉の策なのだが、空色が持つ天性のスター性ゆえ、青みを帯びた暗闇には、観る者を惹きつける魅力が満ちあふれていた。


 そこは照明スタッフも心得たもの。プリセットされているライティングプランを手作業で書き換え、普段より青色を多めにした照明で空色のセンターを引き立てる。そのおかげでこの演出が突発的なものではなく、最初から用意されていたように見えたのは、まさにプロの仕事だと言えるだろう。


 すべての曲が終わり、何事もなかったかのように「今日は本当にありがとうございました! 半年後、日本武道館でお待ちしています」とのMCでステージを締めた海彩。エースの天音がほとんどトークしないキャラゆえ、センターが急に変更されたところで海彩の役目に変わりはなかった。


「最後、なんで天音いなかったんだろうね」

「まさか卒業のフラグ立っちゃったとか?」

「やっぱ空色ちゃんで次のエース確定だな!」

 ファンは口々に感想を言いつつ、天音不在のアンコールにさほどのクレームが出ることもなく、24カラーズの東京ファイナル公演は無事に幕を閉じた。少なくても、表面的には。


 ライブが無事に終わったことに安堵しつつも、時成はいまだ天音が見つからないことにいら立ちを隠せなくなっていた。

 警備会社BIND主任の毛塚に「まだ見つからないんですか?」と詰め寄る。ここで毛塚は「防災センターで監視カメラの映像を見せてもらいましょう」と提案だ。


 ショッピングモールなどの大型商業施設では、防災センターと呼ばれる部署で監視カメラを管理している。楽屋エリアに出入りするチェックポイントにも監視カメラが設置されており、それを確認すれば天音が会場を出ていったかどうかが分かるはずだ。


 防災センターのセンター長・田中に、楽屋エリアにメンバーが出入りする様子を確認したいので、監視カメラの映像を見たいと依頼。しかし、「いくら公演の主催者さんとはいえ、監視カメラの映像はお見せできないんですよ」と断られる。


 時成と毛塚はかなり粘ったものの、「警察の要請なら対応できますが」と言われては致し方ない。しかも「天音が行方不明」なのは、防災センターのスタッフにも伝えられない秘密事項だ。

 なにしろ現時点では、天音がなぜいないのかさえ分かっていない。自分の意志で出ていったのか、それとも何らかの事件や事故に巻き込まれたのか。


【まさか、誘拐?】

 最悪の事態を考える時成。その心臓を冷たい手がつかむ。


 そもそも天音がいなくなったと他のメンバーに伝えていいものか。何か事件なのであれば、メンバーやスタッフを帰らせてしまってもいいのか。なにぶん前例がないことゆえ、業界歴の長い時成と言えどすぐに判断が付かない。いったいどうすれば……。


「時成さん、これ見てください!」

 古参マネージャーの栄子えいこが慌てた様子でスマホの画面を見せてきた。そこにはタオルのようなもので口を、猿ぐつわでふさがれた天音の写真が!

 かなりアップで撮られているが、バンか何かの車内だろうか。アンコールで着るはずだったツアーTシャツを身に着けている。


「いまDMで送られてきたんです!」


 栄子がDMの画面に切り替えると、そこには「天音さんはお預かりしました。またご連絡します」とのメッセージが。送信時刻は1分前。彼女が行方不明になって、かれこれ30分ほどが経っている。これが誘拐だとしたら、もう近くにはいないかもしれない。


 グループや各メンバーのSNSはDMを閉じているが、栄子が運用している「24カラーズマネ」アカウントではメンバーのオフショットを投稿しており、DMも公開している。

 なかにはメンバーの目撃情報を送ってくるケースもあり、それがむしろ迷惑ファンの行動を監視するツールにもなりえることから、DM受付の窓口として開放していた。

 そこが犯人(?)の連絡手段に使われたということか。そうなると犯人は24カラーズのSNSについて知っているファンなのかもしれない。送信者のアカウントは今日作られたばかり。いわゆる捨て垢というやつだ。


「どうした。天音に何があった?」


 気が付くと、時成の背後には所属事務所スタークラフトの神﨑かんざき社長が立っていた。その背後には取材に来ていた女性誌記者・北條智子ほうじょう・ともこの姿も。


 客席の関係者エリアにいた神﨑は何人かの業界関係者と挨拶をかわしたあと、メンバーに顔を見せることなく帰る予定だった。

 しかしアンコールのラストでセンターが天音から空色に替わっていたことに気付き、楽屋エリアに足を運んだという。そこで他のマネージャーから、時成が防災センターにいると聞いたようだ。


 取材のため楽屋エリアに戻ろうとしていた智子は、神﨑が楽屋エリアから出ていくのを見つけ、何の気なしについていった。社長が足を運ぶ先には何か面白いことがありそう。その程度の軽い気持ちだったが、場に漂うピリついた空気に「何かヤバいことになっている」と直感していた。


【まずい、部外者に知られると厄介なことになる】


 そう直感した時成は智子に「悪いんだけど、楽屋のほうに戻ってもらえませんか。実は天音が脚を痛めちゃってね。その対応に追われてるんです」と釈明した。

 天音が脚を痛めたという嘘は、舞台監督の阿武がとっさに考えついたもの。アンコール曲のセンターを空色に替えるための方便だったが、阿武から報告されたとき時成は、メンバーたちを楽屋に引き留めておくには絶好の理由だと直感していた。


【だから天音さん、アンコールに居なかったのか】

 時成の嘘を、智子は素直に受けいれていた。自分が記者だからこそ、ファンには知らされていない裏事情を明かしてもらえた。そんな風に嬉しく思ったふしすらある。


「分かりました。ご迷惑でしたら失礼しました」と詫びつつ、楽屋側に戻っていく智子。ほんの少しは心配事が減ったことに安堵しつつも、時成が厳しい表情で神﨑に報告する。


「社長、天音が行方不明になりました」

「行方不明? 勝手に抜けだしたのか」

「いえ、実は、こんな画像が送られてきまして」

 栄子から受け取ったスマホを見せる時成。猿ぐつわをかまされた天音の姿に、業界の重鎮と呼ばれる神﨑社長もみるみる表情を険しくする。


「時成、これは」

「おそらく、誘拐です」

「かーっ」


 天を仰ぐ神﨑社長。片手で目を押さえ、しばしぶつぶつと何やらつぶやいたあと、やおら時成の目を見据えて言い放つ。


「警察に連絡しろ。あと、ここから一人も出すな」

「分かりました! 電話します」

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