第4話 一味

 老舗の芸能事務所で働いていた神﨑かんざきは、国民的アイドルに成長しつつあった大型グループ『花道 -Hanamichi-』のチーフマネージャーを任され、日本中のライブ会場やテレビ局をせわしなく飛び回る日々を送っていた。


 だが立場が上がるにつれ、現場からは遠ざかってしまうことに。それは普通の会社でも芸能事務所でも同じことだ。いつしかグループの方向性を策定したり、様々な企業案件を裁く業務がメインとなり、デスク業務が増えるばかり。

 そんななか、5年前に開催された花道の新メンバーオーディションで出会ったのが、秋月天音あきづき・あまねだった。


 当時14歳の中二だった天音は口元のほくろが可愛らしい中学生ではあったものの、奥二重が印象的な目元を含めてひときわ目立つという顔立ちではなく、派手めな即戦力を求めていた当時のオーディションには合わないタイプだった。

 それでも自分の目利きに自信を持っていた神﨑は、「この子は絶対に化ける。いや、大化けする!」と確信。天音の将来性に賭けてみたくなり、三次審査の落選者から天音を含む数人を引き連れて、事務所から独立したのである。


 独立とはいっても喧嘩別れではなく、子会社の社長に収まる形で決着。老舗芸能事務所のほうは社長ジュニアが会社を継ぐのが既定路線だったこともあり、いわばのれん分けだ。

 事務所としてもさらなる規模の拡大を求めるべく、花道とは違う路線を切り拓く必要があるとの判断で、神﨑の独立と新グループの結成を認めていた。


 花道の運営経験を通して、グループ育成のノウハウはつかんでいる。一方で花道の活動を邪魔することがないよう、方向性は少し変える必要がある。

 そんな微妙な舵取りを求められながら、神﨑は自分が理想とするアイドルグループを育成すべく、方向性や売り出し方、メンバーの役割などを決めていった。


 当初は1日24時間、いつでもファンでいられるようなアイドルをテーマに『24アワーズ』というグループ名にするつもりだったらしい。

 ところがその案を聞いた天音が「それじゃコンビニみたいだからイヤ。アワーズじゃなくてカラーズがいい」と反論。もとより天音のポテンシャルに惚れ込んでいた神﨑は、彼女の意見をそのまま採用したのである。


 24カラーズの全国縦断ツアー・東京ファイナル公演の夜。行方不明になったはずの秋月天音は、同世代の女性3人でのおしゃべりを楽しんでいた。


「グループ名が『24アワーズ』なら、天音ちゃんが午前3時担当とか?」

「それって、児童なんとか法違反じゃん(笑)。中学生だったもんね」


 慧子けいこ瀬里奈せりなの軽口に、天音も負けじと切り返す。

「ってことはデビュー即、社長が逮捕かぁ。んなことあるかーい!」

 まさかのノリツッコミに、一瞬の間を置いて爆笑する慧子と瀬里奈。19歳女子たちの会話としてはごく普通の光景だが、天音のファンが見たら目をパチクリするに違いない。それほどにも、天音はこの空間にリラックスしていた。


「最初は6人だったんでしょ?」と瀬理奈が訊ねる。

「三次審査で落ちた子は15人くらいいたけど、神﨑さんが6人を選んだの。24の約数だから6が良かったんだって」

「なら8人でもよくね? ってか12人でもいいし(笑)」

「それで天音ちゃんが白、海彩みささんが赤になったんだよね」と慧子が補う。

「本当は青がよかったの。小さいときから青が好きで、私服やお財布も青ばっかだし。でも神﨑さんが『お前は透明だ』って言い張ってさ」

 慧子と瀬理奈が「へえ?」と顔を見合わせて、再び天音に視線を戻す。


「『天音の色は透明だ』って。でも“透明”なんて色はないし」

「それじゃ衣装がスッケスケになっちゃうじゃん!」

 瀬理奈のツッコミに、慧子が笑いころげる。

 ひと昔前、デビュー曲で透明な衣装を着ていた男性アイドルグループもいたが、21世紀生まれの3人はそんなこと、知りもしないのだろう。


「そのとき思いだしたのが、オーディションを受ける前に出会った女の人。白いワンピースが似合ってて、天使みたいだった」

「その話、以前聞いたことあるかも。だからホワイトエンジェルなんだ」

「うん。社長に『透明じゃなくて白がいいです』って言ったの」


 そう語るいまの天音は、誰もが知るダークエンジェル。メンバーカラーの『ピッチブラック』は、黒よりも黒いと言われる漆黒だ。ヘブンリーホワイトをまとった白キャラだった彼女が、いつのまにやらダークサイドに堕ちたということか。


 すると「ただいまー!」と京太けいたの声が。コンビニで夜食を買って帰ってきた。

 杉並区と中野区の境目にあるアパートは、都心に近いわりには家賃が安い。そのぶん、JR中央線からも西武新宿線からも微妙に遠く、いわば陸の孤島と言える場所にあった。それゆえ人目も少なく、有名人の天音が身を寄せるには絶好の場所ともいえる。


「俺たちまだ、警察に追われたりしてないよね?」

 京太が笑いながら訊ねるも、表情には若干、心配の色が浮かんでいる。

「追われるなら私か瀬理奈でしょ? 京太のことは誰も知らないから大丈夫だよ」

「でも3日間も隠れるのって、けっこう大変じゃね?」

「もともとシフト入れてないし、私は平気だけどね」

「ってか一番ヤバいの私じゃん! 明日もシアター行くんだからさ」


 焦りを隠せない瀬理奈は臨海ワールドシアターで働く清掃スタッフ。RCS(臨海クリーンサービス)という清掃業者のアルバイトだ。一人暮らしの家賃を払うため、ほぼ毎日出勤している。部屋も臨海地区のほうに借りているが、この日に限っては退勤後、慧子と京太が同棲するアパートに足を運んでいた。


 ケータリング業者でアルバイトをしている慧子は、真面目な働きぶりを評価されており、1年目にも関わらず社員登用を打診されていた。それも悪くないかなと考えていた矢先、まさかこんな面白い話に巻き込まれるとは……。冷や冷やした想いとは裏腹に、ちょっとした興奮も覚えていた。


 例のバンを運転していたのは、慧子の彼氏である京太だ。慧子と同じ高校の先輩で、ふだんはガソリンスタンドでアルバイトをしている。その一方ではユーチューバーとしても活動。とはいっても顔出しはせず、首都圏一帯のヤバい穴場スポットに潜入する動画をウリとする「東京アナーバー」の一員として、撮影&編集&車輛スタッフを担当していた。


 慧子はケータリングスタッフとして臨海ワールドシアターに赴くことが多く、瀬理奈と何度も顔を合わせているうち、年齢が同じなこともあって気が付いたら友だちになっていた。仲は良いものの、慧子と瀬理奈の交友関係を知る者はほとんどいないという間柄でもあった。


 臨海ワールドシアターでの取り調べを終え、臨海署に戻った山田刑事はあらためて、ケータリング業者のバンについて確認。警察が誇るNシステムは日本中の道路を網羅しており、よほどの裏道でもない限り、車両の動きは警察に筒抜けだ。


「バンの居場所は分かるか?」

「職務質問の後、代々木よよぎにあるケータリング業者の本社に戻ったようです」


 天音の誘拐騒動では神﨑社長に被害届の提出を断られたものの、納得はしていなかった。事件化を見送ったことで、最悪の結果を招いた前例は少なくない。その場合、世間の非難は事務所よりもむしろ、警察に向けられがちである。

 しかし事件化されていない以上、捜査令状が出るはずもない。それでは何もできないのは明らかだ。それにこれだけ時間が経っていれば、誘拐であれ自発的な失踪であれ、いまさら業者を訪れても手掛かりなど皆無だろう。


 なにしろバンに天音は乗っていなかったのだから、業者を疑ったところで手掛かりにはほど遠い。しかも天音の誘拐をほのめかすDMが送られてきた時間に、バンはまだ運転中だった。そうなると運転手と女性スタッフが誘拐に関わっている可能性も少なそうだ。


 誘拐ではなく、単なる狂言であれば良いのだが……。

 どうにも納得できない気持ちを抱えつつ、何もできないことにいら立ちを隠せない山田刑事。翌日は非番とあって、彼の警察官魂に火が点りつつあった。


 東京ファイナル公演の終演後、24カラーズのメンバーたちは会場の臨海ワールドシアターに留め置かれていた。

「ねえ、まだ帰れないの!?」

「早くシャワー浴びたいんですけどぉ」

 あちこちから不満の声が立ちのぼる。


 24カラーズではライブ後、自宅住まいか寮住まいかに関係なく、メンバー全員を大型バスに乗せて都心の事務所にいったん戻す決まりになっている。そのほうが厄介ファン対策を含めたメンバー管理の面で都合が良いことが理由だ。

 そのルールが今回、天音の失踪という一大トラブルを隠すのには好都合だった。バスが故障し、修理中という言い訳で、メンバーを楽屋に引き留めておけたのである。


 会場の臨海ワールドシアターは本来、退出時間に厳格で、出演者と言えども楽屋に長居することはできない。ただ今回に限っては、臨海署の山田刑事が防災センターのセンター長に含んでおいてくれたおかげで、時間超過も黙認されていた。


「天音さん、心配だなあ」

「アンコールに出られない怪我ってよっぽどだよね」

 メンバーは口々に、天音の怪我を案じている。天音がアンコールに不在だったのは、脚を痛めたからということになっていた。チーフマネージャーの時成ときなりが楽屋にいないのも、表向きは天音を病院に連れていったからだ。


 事務所にとって幸いだったのは、防災センターが楽屋とは違うフロアだったこと。だからメンバーは誰も、あの緊迫したやり取りを見聞きしていない。

 もちろんマネージャー陣は全員が、天音が行方不明になったことを知っている。しかし、その事実をメンバーに明かしてしまった日には、抑えきれない大騒ぎになることは火を見るより明らかだ。


 だからアンコールが終わったタイミングで時成は、インカムを通して「天音がいなくなったことはメンバーには絶対の秘密だ。分かってるな。絶対だぞ」と念押ししていた。誰だって、年頃の女子に騒がれたりしたくはない。20人以上もいればなおさらだろう。


 足止めを食らったメンバーたちは、ライブの疲れもあって会話も減り、スマホに熱中するか、長机に突っ伏して居眠りする者もいた。ライブの感想をエゴサすると、天音抜きのアンコールを心配する投稿もあるものの、むしろ、四期生の﨑田空色さきた・そらが『まぶしい暗闇』のセンターを務めたことのほうが話題になっている。


 音楽情報サイトには早くもライブの速報が掲載。「シアターが空色に染まった!24カラーズが武道館公演を発表」というタイトルの記事も、天音の不在については触れていない。

 そもそもアンコールにこそ出なかったが、ライブ本編には最後まで出演していたのだから、そこから行方不明になったとは考えもしないだろう。


 会場が臨海ワールドシアターだったのも幸いだった。他の会場ならライブ後の関係者挨拶が恒例だが、この会場は退出時間厳守が知れ渡っていることもあり、関係者挨拶は昼の部のみに限定されていた。

 それもあって多くの業界関係者や仲の良いアイドルグループらは昼の部に訪れており、夜の部を観覧していたのはおもにメディア関係者ばかり。しかも帰りの混雑に巻き込まれないよう、アンコールを観ることなく帰る者も少なくなかった。

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