銀色と紫色
アリスの家は、古くからある公爵家で、皇都にあるタウンハウスも広大な邸であった。
宰相を務める父は、その役からあまり他人を家に入れない人であるが、今回の客人はそうは言っていられない者たちだった。
敷地内にある客人をもてなすためのゲストハウスは、下位貴族の本邸ほどの大きさがあり、警備の面でも堅牢な公爵邸にあっては問題がなく、高貴な客人たちの逗留先に選ばれた。
公爵邸に訪れた一団は、主賓の二人とその護衛などの側付きを含めた10人。
それだけの人数をもてなすとあって、邸内は慌ただしい空気に包まれていた。
客人の一人は、ベルトラム公爵閣下という立派な体躯を持つ厳しい表情が印象的な初老の男性である。
今は国の要職には就いていないが、王国一の領土を持つ古参の貴族だ。イスブルグ王国でも大きな発言権を持つ。
銀色を思わせる白髪は、きっちりとまとめられており、右目にモノクルを付けていて、その奥の瞳は色の薄い青であった。
威厳のある姿は、その冷たい色目と相まって、緊張感を齎している。他国の高位貴族ということもあって、使用人たちも粗相はできないとピリピリした空気を漂わせている。
もう一人の客人は、イスブルグ王国の第3王子であるディートハルト・デッセル・イスブルグ。
銀髪に濃い紫の瞳を持つ中性的な容姿の13歳の少年だった。
今回の視察は、ベルトラム公爵の推薦でこの使節団に加わったのだという。将来的には王太子である兄が統治する御世を支える一人になるべく、公爵に付いて諸国を回っているらしい。
アリスは応接間の端っこで、公爵閣下と第3王子を見ていた。確かに自分には北国の血が流れているのだと確信する。肌の白さや髪の色、王子に至っては瞳の色も、アリスにある色がそこに在る。
養父であるジョエルの話では、生みの母は公爵令嬢だったという。ベルトラム公爵は、実母との繋がりがあるのだろうか。なかった押しても面識はあるだろうと思われた。
一団への表立っての対応は、クラヴェル公爵夫妻が担当する。義父は帝国の宰相をであり、交渉力には定評がある。しかし、今回は皇城に留まる別の使節団との国同士の折衝の場には参加しないらしい。城で文官を務めている兄たちも、家の対応に回るらしく全員がこの場に揃っていた。
アリスはまだ8歳ということもあり、挨拶だけをすればよいと両親からは言われていた。まだ国内の茶会ですら数回しか出たことのないアリスは、初めて会う他国の客人に若干不安を抱いていた。自身の体には、その国の血が流れているのだ。
自国では異国の容姿を持つアリスではあったが、家族も含め、若干出来た同世代の友人たちとの交流で疎外感を感じたことはあまりなかった。だからこそ、自分と同じ容姿の他国の要人が来ることに恐怖に似たものを感じていたのだ。
濃い紫の瞳が、不意にこちらを見た。
その瞳に、アリスが映る。視線がかち合って、アリスは目を逸らせなくなってしまった。深い紫はまるでアリスを吸い込んでしまいそうな色だった。
互いに視線を逸らせないまま、しばし見つめ合った後、紫の瞳が細められた。
唇が少し動いて、王子の隣にいたベルトラム公爵の視線がアリスに移った。
「一番下のお嬢さんかな?」
「ええ、アリスと申しますの。
アリス、ご挨拶を」
義父の隣にいた義母から、アリスは促されて挨拶の礼を取った。
「アリス・クラヴェルと申します。ようこそお越しくださいました」
「年はいくつに?」
「春に8歳になりました」
ベルトラム公爵の投げかけにそう答えると、彼は厳格そうな顔を崩して笑みを零した。
「もうそんな年になるのだな。大きくなったものだ」
呟かれた言葉に、アリスはこの人が血縁者なのだと悟った。
だから、この邸に
「ベルトラム殿、アリスとは後で別に時間をとるつもりだよ」
ジョエルの言葉にベルトラム公爵の視線が義父に向いた。
「いや、この場できちんと紹介させてくれ。そのために連れてきたのだ」
ベルトラム公爵は隣の王子の肩に手を置いた。
それを合図に、王子は一度クラヴェル公爵家の全員に視線を巡らせた。
「ディートハルト・デッセル・イスブルグと申します。今は公爵に付いて勉強中の身です。この度は長の逗留、世話になります」
軽く頭を下げた王子に、クラヴェル公爵家側も全員頭を垂れた。王族が頭を下げることなど普通はないからだ。
「ディートハルトはまだ子供だ。だが、すでに王子としての仕事を熟すべく今は私と共に各国を回っている。将来的には臣籍降下するか王家に残るかは決まっていないが、どちらにしろ外交面を補佐することになる」
ベルトラム公爵が、ディートハルトの立ち位置に言及したとき、ジョエルが小さく「なるほど」とつぶやいた。
「今日はとりあえず顔合わせだ。この子は王子でもあるが、私の甥でもある。年の離れた妹がこの子の母でね」
第1側妃がディートハルトの母で、さらにベルトラム公爵家の末の娘であったことが説明される。公爵が王子に対して砕けた口調であるのは親戚筋であるかららしい。第1側妃にはディートハルトしか子がいない。王太子と第2王子は正妃の子だという。
「腹違いとはいうが、私たちは仲がいい。私も将来は兄を支える一人となりたいとずっと思っていた。叔父について外交を学ぶことはその一端なんだ。ヴィリス帝国に来るのはとても楽しみにしていた」
そう口調を崩した王子が、ふわりと笑う。その紫の瞳が細められ、年相応の笑顔になると、クラヴェル家の応接間に流れていた空気が少し和らいだ。
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