第8話 封印の記憶
翌朝。
村の広場は、深い朝霧に包まれていた。
リィナに案内され、アレンたちは再び村人たちの説得を試みる。
だが――
「……帰れ」
突きつけられたのは、門前払いだった。
無表情の村人たち。
誰一人、アレンたちの言葉に耳を貸そうとしない。
「村が滅ぼされるかもしれないんだぞ!」
アレンが声を張るが、その訴えもむなしく、村人たちの態度は終始冷淡だった。
リィナは「エルザに相談してくる」とだけ告げ、村の奥へと足早に消えていった。
◇
話が進まないどころか、押し入ろうとすれば武器を取って殺気立つ村人たちに、アレンたちはやむなく交渉を断念し、一度リィナの小屋へ戻ることにした。
来た道へと視線を向けたそのとき、ケイトがふと足を止める。
「……あれ?」
彼女の目に留まったのは、奥の畑で黙々と作業をしている一人の男だった。
がっしりとした体躯、無骨な顔立ち、泥まみれの作業着。
(……クレッグ?)
脳裏に浮かんだのは、かつて帝国軍の別働隊で共に訓練を受けた仲間の顔。
魔力量の高さを買われ、精霊の森の調査に派遣され、そのまま消息を絶った人物の名だった。
だがその男は、ケイトを一瞥してもまるで初見のような無関心な目を向けただけで、また黙って鍬を振るい続けた。
――違う、別人だ。
ケイトはそう自分に言い聞かせ、そっと首を振る。
気のせい……そう思いたかった。だが胸の奥には、拭いきれない不安だけがじんわりと残っていた。
◇
リィナと一時的に別れたアレンたちは、リィナから聞いていた“禁じられた祠”を目指すことにした。
村の奥、深い森の中。
静かに口を開ける洞窟の中を進むと、やがて朽ちかけた祭壇と、苔むした小さな祠がひっそりと姿を現す。
中へ足を踏み入れた瞬間、冷たい空気が肌を刺す。
壁一面には、古びた絵と、ところどころ剥がれた古代語の碑文が刻まれていた。
カイとケイトが周囲を警戒する中、アレンは壁画の前に進み出る。
手のひらに魔法の灯りを灯し、壁に描かれた絵に光を当てた。
そこに浮かび上がったのは――
紅い瞳を持つ、銀髪の少女の姿。
その周囲には、祈りを捧げる精霊たちと、崩れ落ちる人間たちの姿が描かれていた。
「……ノエルア」
アレンは、震えるような声で碑文を読み上げる。
『ノエルア――
この地に溢れた血と死の穢れより生まれし、魂喰らいの厄災』
さらに、古代語の文章が続いていた。
『今より千年前、精霊の地に戦が起こり、
おびただしき人の血によって森は穢れ、神は歪められた。
神は魂喰らいの厄災と化し、世界を呑み込まんとす。』
アレンは、指先で碑文をなぞりながら、さらに先を読んでいく。
『数百の魔道士と精霊使いが命を賭して、これを封印する。
生贄として、ひとりの少女を捧げ、封印の鍵と為す。』
カイが、小さく息を呑む音が響いた。
『されど、厄災は完全には滅びず。
この地に足を踏み入れし者より、魔力と命を奪い、力を蓄える。
いずれ、封印を破り、再び目覚めん。』
その瞬間、洞窟の奥から――ぎしり、と軋むような低音が響いた。
ケイトが反射的に身を縮める。
アレンは、壁に描かれた少女の顔を、凝視したまま動けなかった。
銀髪。
紅い瞳。
無垢な笑顔。
――そこに描かれていた“厄災”の姿は、あまりにも、リィナに似ていた。
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