第7話 静かなる絶望、進軍の音
【エリュセア帝国・帝都】
白大理石で築かれた行政庁舎。その一室、魔導科学局の指揮室に、緊張に満ちた報告の声が響いた。
「第九調査隊、アレン・ヴァレンティーノ以下三名――派遣から"三か月"が経過するも、未帰還。連絡手段、すべて喪失」
室内に、重い沈黙が落ちる。
黒衣の官吏たちは互いに視線を交わし、無言のまま合意を交わした。
地図上に赤く塗られた領域――“精霊の森”。
そこにはいくつもの赤線が引かれていた。いずれも、消息を絶った調査隊の痕跡を示している。
「……もはや、彼らも任務失敗。もしくは放棄と見做すべきだろう」
冷淡な声が響いたが、誰も異議を唱えなかった。
「討伐軍を派遣し、森を制圧せよ。抵抗勢力もろとも焼き払う」
命令は淡々と告げられる。
そこに、情など入り込む余地はなかった。
アレンたちが帝都を発ち、森へ到達するまでに要した時間は二週間。
だが、森に入ってからは、わずか一日しか経っていない。
――にもかかわらず、帝都ではすでに三か月が経過していた。
この異常に気づいている者は、まだ誰一人としていない。
◇
【村の外れ、リィナの小屋】
沈みゆく夕陽の中、アレンは焚き火を黙って見つめていた。
パチパチと弾ける炎の音。焦げた木の香り。
昼間、リィナが村人たちから受けた冷たい仕打ちが、脳裏に浮かんでは消える。
他者より強すぎる力を持つ者は、周囲から恐れられ、迫害される――
それ自体は、驚くような話ではない。
胸の内に、冷たい感情が沈殿していた。
アレンもまた、かつて“異物”として扱われてきた。
リィナほどではないにせよ、桁違いの魔力量と制御不能な暴走魔力。
恐れられ、忌み嫌われ、ただ利用されるだけの存在。
家族にも、師にも、国家にも、心から受け入れられたことは一度もなかった。
「アレンおにいちゃん、火、強すぎない?」
薪をくべながら、白髪の少女――リィナが、屈託のない笑顔を向けてきた。
どれだけ冷たく扱われても、彼女は怯えも恨みもせずにいる。
(……どうして、そんなふうに笑っていられるんだ)
アレンは無言で拳を握りしめた。
帝国軍が森に足を踏み入れると、すぐに魔力を奪われ、まともに戦えないことに気づくだろう。
次に取るのは、おそらく“焼き払う”という最終手段。
だが――本当に成功するのか?
この森の魔獣も植物も、常識では測れないほどに異様に巨大化し、凶暴化している。
いくら精鋭を揃えた帝国軍といえど、ここに踏み入って生還できるかは疑わしい。
そして、何より――
この“無垢な少女”が本気で敵に回ったら、果たして一個師団がどこまで抗えるだろうか。
さらに気になるのは、村人たちの不自然なほどの沈黙と無関心。
滅びを前にして、まるでそれを当然の未来として受け入れているような、異様な静けさ。
(……禁忌に触れているのは、俺たちの方なのかもしれない)
焦燥と疑念が胸を締めつける。
夜の帳が静かに降り始める中、アレンは燃えさしを見つめたまま、ぴくりとも動けなかった。
それはまるで、滅びの足音が、目前にまで迫っているかのようだった。
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