第7話 静かなる絶望、進軍の音

 

【エリュセア帝国・帝都】


 白大理石で築かれた行政庁舎。その一室、魔導科学局の指揮室に、緊張に満ちた報告の声が響いた。


「第九調査隊、アレン・ヴァレンティーノ以下三名――派遣から"三か月"が経過するも、未帰還。連絡手段、すべて喪失」


 室内に、重い沈黙が落ちる。

 黒衣の官吏たちは互いに視線を交わし、無言のまま合意を交わした。


 地図上に赤く塗られた領域――“精霊の森”。

 そこにはいくつもの赤線が引かれていた。いずれも、消息を絶った調査隊の痕跡を示している。


「……もはや、彼らも任務失敗。もしくは放棄と見做すべきだろう」


 冷淡な声が響いたが、誰も異議を唱えなかった。


「討伐軍を派遣し、森を制圧せよ。抵抗勢力もろとも焼き払う」


 命令は淡々と告げられる。

 そこに、情など入り込む余地はなかった。


 アレンたちが帝都を発ち、森へ到達するまでに要した時間は二週間。

 だが、森に入ってからは、わずか一日しか経っていない。


 ――にもかかわらず、帝都ではすでに三か月が経過していた。

 この異常に気づいている者は、まだ誰一人としていない。



【村の外れ、リィナの小屋】


 沈みゆく夕陽の中、アレンは焚き火を黙って見つめていた。


 パチパチと弾ける炎の音。焦げた木の香り。

 昼間、リィナが村人たちから受けた冷たい仕打ちが、脳裏に浮かんでは消える。


 他者より強すぎる力を持つ者は、周囲から恐れられ、迫害される――

 それ自体は、驚くような話ではない。


 胸の内に、冷たい感情が沈殿していた。

 アレンもまた、かつて“異物”として扱われてきた。


 リィナほどではないにせよ、桁違いの魔力量と制御不能な暴走魔力。

 恐れられ、忌み嫌われ、ただ利用されるだけの存在。

 家族にも、師にも、国家にも、心から受け入れられたことは一度もなかった。


「アレンおにいちゃん、火、強すぎない?」


 薪をくべながら、白髪の少女――リィナが、屈託のない笑顔を向けてきた。

 どれだけ冷たく扱われても、彼女は怯えも恨みもせずにいる。


(……どうして、そんなふうに笑っていられるんだ)


 アレンは無言で拳を握りしめた。


 帝国軍が森に足を踏み入れると、すぐに魔力を奪われ、まともに戦えないことに気づくだろう。

 次に取るのは、おそらく“焼き払う”という最終手段。


 だが――本当に成功するのか?


 この森の魔獣も植物も、常識では測れないほどに異様に巨大化し、凶暴化している。

 いくら精鋭を揃えた帝国軍といえど、ここに踏み入って生還できるかは疑わしい。


 そして、何より――

 この“無垢な少女”が本気で敵に回ったら、果たして一個師団がどこまで抗えるだろうか。


 さらに気になるのは、村人たちの不自然なほどの沈黙と無関心。

 滅びを前にして、まるでそれを当然の未来として受け入れているような、異様な静けさ。


(……禁忌に触れているのは、俺たちの方なのかもしれない)


 焦燥と疑念が胸を締めつける。


 夜の帳が静かに降り始める中、アレンは燃えさしを見つめたまま、ぴくりとも動けなかった。

 それはまるで、滅びの足音が、目前にまで迫っているかのようだった。

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