第2話ーデイリーイベント❝玉砕❞
入院初日は、あらゆる男子生徒が玉砕される姿を見ることは、同性として見るに耐えないものがあったが、今ではこの何もない入院生活の朝を彩る一つのショーとして楽しんでいるのだから、慣れというものは怖い。
そんな俺を含めた多くのギャラリーから見守られながらも、この大天使・城崎あかりは何も動じることなく自然に対応していく。
「ああ、もしかして僕が主演の朝ドラのことかな。もしかして、城崎さんって、結構朝ドラとか見てくれている見るんだね。あ、そうだ。それならもし良ければ、この前ドラマで使わせてもらった店があるんだけど。一緒にどうかな? そこで一緒にディナーにでも?」
「お誘いいただきありがとうございます。——せっかくの西条先輩からのお誘いは大変うれしいのですが、私、夜は病棟室に伺わなければならないため、——申し訳ございません」
あかりは一度相手を立てつつ、自身の仕事を優先して断る。
まさに、看護に生きる人間の作法そのものと言えるそれだが、ここまではいつものお気持ちテンプレートの流れだ。
だからこそ、ここからがあの西条とかいう男が作り出すこのショータイムの一番の見せ場だ。
西条も、この対応は履修済みかのような顔をしつつも、どこか苦味を堪えた顔を噛みしめている。
「ああ……そっかあ。看護部の大切な仕事だもんね。うん、それは仕方ないか。じゃあさぁ、、今、僕、今度、放映されるあの人気医療系ドラマの出演が決まっててさ、是非とも、役作りの参考にさせてほしくて。どうかな。この機会に連絡先だけでも交換しないかい?てもらえないかな?」
「そうなんですね! それは、おめでとうございます! ですが、私は未だ一年生で医療部に入部して半年と経っていません。なので、もし役柄のご参考にされるのであれば、不束者の私よりも、他の医療部の先輩方に聞かれた方が良いかと思われますよ。それでは、私は急いでいますので……」
そして、あかりの送る視線は、ふっツイっと西条からギャラリーにいる男子生徒に視線を変えその左足に目線をくばせると、ると、西条を振り切るように彼のもとへ、スタスタと歩み寄る。
「突然、すみません。こちら、もし差し支えなければ絆創膏をどうぞ」
「……え?! あ、ありがとう。でも、どうして……?」
「あ、不躾ですみません。ちょっと、左足を怪我しているように見受けられましたので。部活の朝練終わりですか?」
「え、あ、はい。そう……です……?」
「そうなんですね。でも、あまり無理をしないでくださいね。あ、もし痛みが増すようでしたらすぐに看護部を訪れてくださいね。では、お大事に」
「あ……はい」
ギャラリーの一人のはずだった運動部の彼の動揺も西条のフリーズを含めたその場の特殊な空気に全く動じることなく、スタスタと歩いて行ってしまった。
しばらくすると、沈黙と硬直が広がっていたギャラリーが少しずつざわつきを取り戻し始める。
「おい! 良かったじゃねえか! お前! 憧れの城崎さんに絆創膏もらえて」 「いや。けど、え。俺、わんちゃん西条先輩に殺されないか?」 「ははは、確かに。それはご愁傷さまだな」 「俺、しばらく学校行かねえわ」 「まあ、そんなことよりもさ。あの有名俳優にしてうちの二年の中でもトップクラスの人気を誇る西条先輩もスルーされたてことだよな」 「すげえわあ。でも、こいつの怪我を気にするってことは百パーセント、男に興味がないというわけじゃないんだよな」 「そうじゃなきゃ、説明つかねえよな」 「やめてくれ、お前ら。俺を殺す気か?」
彼女は、純粋に彼の怪我を気遣ってあげたのだろうが、その行動が、彼の生命に危機を生じさせてしまっている可能性のある会話が背後で飛び交っていることなど露知らず、あかりは校舎の中へと消えていった。
これで、今日の勘違い男が引き起こす無謀後悔告白という題目のショータイムは幕を閉じた。
すると西条は絵に描いたように綺麗に膝から崩れ落ちてしまい、黄色い悲鳴を上げていた女子も夢から覚めたかのように足早に去り、他のギャラリーも目もくれず校舎へと向かう。
その並木通りに残るのは、プライドも名声も全て壊され、遠目では四足歩行に見えてしまう悲しい男のみだった。
俺からすれば、このデイリーイベントはここまでがセットなのだ。
きっと彼女は、先程の意を決して、話しかけてきた西条のことも自ら絆創膏を渡して、自ら怪我を案じた彼のことも、校舎の中に入って行ったと同時に、頭の中から消滅しているのだろう。
このような類の告白イベントは、近づいてきた男達どもを無下に扱う明らかに冷酷無比な女性よりも、彼女のように、当たり障りない言葉で華麗にスルーしていく清廉純白なあかりのような女性のほうが、記憶に留めることはないのだろう。
何故なら、彼女にとっては告白を告白と思っていないのだから。
気が付けば、並木通りで倒れこんでいた屍は姿を消しており、校舎の奥から足早に出てくるあかりが姿を表し、校門を後にしていた。
あれ? あかり、あと十五分後くらいに授業が始まるはずだけれどなぁ……。
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