第3話ー思考を邪魔する天使
どうしてこうなったのだろうか。
普通の病院とは異なり、学院の敷地内ということもあり、一般の入院患者が来ることはまずない。
そして、この施設は医療部のための部室なのだが、部活動の研究のために多くの病原性の高い細菌やウイルスなどの病原体を取り扱う実験施設であるため、日本でも数少ないBSLー4施設に分類されている日本でも数少ない実験施設である――。
そのために、安全性とセキュリティ面を考慮して、患者の家族でさえも見舞いに来ることが許されていない。
おまけにこの時間は、学院の授業があるために、BSL区域を管理するこの学院専任の教授以外の人間がこの施設に存在するはずがないのだ。
しかし、俺の目の前には現在、幽霊でも無ければホログラム再生でもない目の前に実在する女子生徒が俺の心をかき乱すしてくる。
その結果、現在盤上に立つ下部への配置命令を四回ものも判断ミスでしてしまい、最強を誇る攻撃力を持っていたピジョップとルークは撃ち落され、残るはキングとクイーンのみとなるってしまった。
それもそのはずだ。
その実在する女子生徒というものは、いつもの病室のトイレを掃除してくれるおばちゃんでもなければ、様子を見に来てくれる担任でもない。
俺の担当ナースにして、学園のアイドル的存在なのだから。
「どうしました? 奏汰さん、先程からチェス集中できてないようですが」
「え、あぁ、いや、その。喉でも乾いたなあと思って」
「そうなんですね。じゃあ、ちょっと待っててくださいね。今、お水を持ってきますから」
「別にそういうつもりはないんだけどなあ」
少なくとも普段の看護師特有の定型文を扱ったような会話でもなければ、毎朝見せられてる他人同士のよそよそしい会話ではない。
幼馴染とは言えないが、それでも気心知れた友達同士の会話がこの病室でこの時間帯に繰り広げられている。
おまけに、学園随一の美少女と狭い病室で二人っきりで、しかも身の回りの世話をしてくれているこの空間。
普通の男子高校生であれば、これ程までに大好物なシチュエーションは他にないと断言できる。
しかし、一方で断言できる事は、今の俺にとってこれ以上に強い毒は無い。
ただでさえ、普段から人と会う機会が少ない上に、ましてや、女の人と話す事など皆無な生活の日々を過ごしている状況だ。
そんな、女子の免疫がゼロとなってしまった俺が今、学園の天使に水を注がせている。
「これ、もし誰かに盗み見されていたら盗撮されていたら、退院してすぐに断頭台に登らされるんだろうなあ」
「もしかして今読んでいる小説のお話ですか?」
「残念ながら、これから起きるドキュメンタリーの話です」
「なるほど、それじゃあ今度放映される映画の話なんですね!」
「いや、あ、お……おう」
きっと、俺は、前世に世界を救うとかそのレベルの徳を積んだのだろう。
しかし、世界を救ったと同時に死んでしまった俺は、報酬を貰い損ねたのだ。
だから、今世に生まれた事で、この、太陽のように暖かく天真爛漫な笑顔を独り占めする権利を堪能できているということなのだろう。
しかし、微妙な世界の救い方をしてしまっていたのだろうか。
、こんな患者という情けない状態異常の時にこの権利が発動してしまうという不幸が、今俺に降り注いでしまっているのだ。
「あ、あつっ」
「お、おい。大丈夫かよ。俺が持っていこうか? あれ、てか水じゃなかったの?」
「えへへっ、ごめんなさぁい。奏汰さん、疲れているみたいだったので、私のティーカップでカモミールティーを作ってみたんです」
「ああ、そっか。ありがとう。気を使わせてしまって。でも……いいのかな」
「はい! 一杯くらいでしたら、コーヒーや紅茶も飲んでも大丈夫と言われていますので」
「なるほど。それにしても、取っ手が犬の尻尾になってるんだ」
「へへッ、この前商店街で見つけたんです」
俺のぼやいた「いいのかな」の意味は、別に体調的な意味ではなかったのだが。
彼女からすれば、俺が別の意味で放っていることなど知る由もないだろう。
こうして、二人っきりで話してみると、リアルの恋愛経験が少ない俺でも彼女のことは、なんとなく分かってきた。
その美貌と、どんな相手でも臆せず、軽やかにコミュニケーションをとることができる事が全面的に表に露出しているが、彼女の中に恋愛感情そのものが存在していないのだろう。
だから、自分に恋愛の矛先を向けられたとしても、それを理解していない。
ハーレムを形成しつつも、ヒロイン達から告白されても、それを全く理解していない鈍感ラブコメ主人公のそれと全く同じ性質だ。
そう考えると、日々のデイリーイベントにおけるあのスルーも学内での彼女の噂も合点がいく。
タブレット越しではあるが、彼女の噂は数少ない親友から嫌という程聞かされている。
それは、彼女に告白をして、スルーされる男子は、数知れず存在していることは周知の事実だが、彼女自身に浮ついた話を一つも聞かないということだ。
学内では、「『孤高の天使」』や「『看護部のアイドル」』と言われており、彼女自身の男に対する理想が高すぎるのか、それとも看護部に所属している以上、恋愛そのものを禁止しているのではないか、というあらゆる説が飛び交っているらしい。
しかし、男に対する理想については不明だが、看護部が恋愛禁止という話は聞いたことが無い。
実際に看護部の連中の中にも普通に恋愛をしている人は少なからずいる。
病室で横になっているとたまに、他の看護部の連中が外で彼氏であろう人と電話越しに女の子の声で話している声を耳にするのだから。
まあ、俺なりにたどり着いた彼女に対する推論は、未来永劫表に出ることは無いと思うが、あかりが入れてくれたこのカモミールティーにしっかり答えるためにも、今このタブレット上に広がっているAIと繰り広げられている盤面上の戦いを納めなくてはならないわけだが。
この病室での入院期間中、学校から課された俺の課題の一つ。
<君は、AIのVividEngineつまりはニューラルネットワーク構築の『VⅾE』上で最適解の人材なのだよ>
それは、この学内で開発されたAIを育てるために、学院から課されたあらゆるバトルゲームでAIを打ち負かすというモノ。
今月、学校から送られたそのバトルゲーム内容はチェスなのだが、今のこの盤面はかなりきつい。
この課題は、一度でも負けてしまえば、高校二年生にして高校一年生への落第が決定してしまうというとてつもないとんでもないデスゲームなのだ。
俺のキングは、相手のクイーンに囲まれており、正直万事休すの状態。
病室の床とナースシューズの靴底を擦らせている音が聞こえる。
おそらく、あかりが俺の身の回りの世話を焼いてくれているのだろう。
そして、病室の外からはコッコッコと床を靴が叩く音が近づき、一瞬ドアが開いた音がした気もするが、今の俺にはどうでもいいこと。
俺自身が失敗したことにより招いたこととは言え、今俺は盤面で窮地に追いやられているのだ。
この頭が思考の領域へと吸い込まれていくこの感覚。
最高だ。
しかし、あかりが入れてくれたお茶の効果もあってか、更に深淵の奥へと迷い込んでしまったのかもしれない。
今となっては、いつの間にかベッドのほうに戻ってきて、右側で静かに応援してくれているあかりの姿はもちろん、左側の視界に映り込んでいる白衣を着たもう一人の女子生徒の面影でさえも気にならない。
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