第17話 秘密レシピ
はぁ、やっと予約の順番が来たようね。
私はメリアン、紅茶とカフェオレが案外と好きなぽっちゃり系のおばちゃんよ。
あなたは『文字司のレイラ』ちゃんよね?
今から書き出して欲しいのよ。
私が言う、レシピを。
しかも秘密で、ね?
・・・うかつだったわぁ・・・
突然ね、事故だったけど目が見えなくなったの。
それで大好きなお料理生活が、終わりそうだわ。
正直に言うとね、私、自殺未遂をしたの。
もう私なんかこの世界に必要ないんだわ~、って思って・・・
ただ、旦那と息子が「あなたは家族として必要な存在です」って言ってくれた。
見えないけど、涙って出ることもあるのね。
私、生き延びたからには、何か書き残したかった。
ただ、私はただの人間で、自殺未遂の件をはぶいても、寿命がもうないの。
大好きなお料理について、私ね、料理教室をひらくのが夢だった。
それくらいお料理が好きなんだけど・・・全部、目分量なの。
計りで図って作ってみたこともあったんだけど、「いつもの味じゃない」って。
んん~・・・そう、それで、目が見えなくなったことで気がかりだし。
だからレイラちゃんに文字司の依頼をしたの。
今から言う私の特別レシピを書き記して欲しいわ。
文字司のレイラちゃん?
タイトルは【 秘密レシピ 】が良いわ!
まずは、【 鶏胸肉とインゲンの炒め煮 】
一口大に切った鶏肉と、長いんだったら半分くらいに切っておいたインゲン。
それをフライパンに移して、トマトベースの野菜ジュースで炒め煮するの。
塩こしょうやアレンジなんかもお好みでしたらいいわ。
火が通ったら完成っていう、レシピ。
これは息子の大好物なの。
ぜひ書き残しておいて??
トマトベースの野菜ジュースがどこのものなのかは、今はまだ秘密。
それじゃあ文字司のレイラちゃんになんでかけあったのか、って思うかしら。
ううーん・・・
実はね、息子が近々あなたに会いに行く予定があるから、書いてもらってるの。
息子も協会員よ。
その息子がトマトベースの野菜ジュースの商品名を言うと思うわ。
うっかり忘れなきゃいいけど・・・
それからね、次は【 雪豆:ゆきまめ 】
煮豆の一種なんだけど、一手間ですむの。
豆をむいて、塩ゆでして、その豆で煮豆を作る・・・塩水はもったいないけど捨てる。
それが雪豆よ。
豆の中心部に塩気が吸収されていて、絶妙においしいの。
これもうちの息子が好きなレシピのひとつ。
それから、次は【 バラの炭酸レモン水 】
バラ茶を炭酸レモン水で割るだけのものなんだけど、これも息子が好きなの。
息子は炭酸レモン水のブランドまでこだわっているわ。
ええーっと・・・なんって言ったかしらね?
あれま、うっかりして商品名忘れちゃってるわ。
今度息子が会いに来た時に、機会があったら、自分で聞いてちょうだい。
私はレイラちゃんのことを気に入っているのよ。
ぜひ息子の好きなレシピを伝授したいの。
ここで通信を切られないために言っておいた方がいいのかしら?
そのようね。
私はメリアン、あなたの側仕え役のハーフエルフ、ジュリアンの母よ。
気に入ったはいいものの、まだ「お母様」なんて呼ばれたくないと思ってしまう。
いやぁ~ねぇ、これじゃあ昔大っ嫌いだった「ばばぁ」じゃないの?
私は孫に、「ばぁば」って呼ばれたいのよ。
「ばばぁ」じゃなく、ね。
ジュリアンは今、里でもめごとがあって、私も母としても会えないの。
ジュリアンはエルフの里にいるのは知ってるわよね?
もしかしたらもうすぐ、貴女の元にジュリアンから連絡が来るかもしれないわ。
もしくは、ジュリアンについて知らせが来るかも。
ジュリアンは死の淵を意識の中、ただよっているらしいの。
これが言えたってことは、あなたはそのことを知らないってことね。
大変なことにならないといいけど・・・
メリアンさんは、是非、言伝を頼みたいの。
息子のジュリアンに。
「君は自慢の息子だよ。誇りに思っている。お母様より」
たったこれだけだけど、身分の違いで言えないのよ。
エルフとのハーフ、私の息子、ジュリアン。
彼が生まれた日、慈悲で腕に抱いて母乳を与えたことがあるのを鮮明に思い出したわ。
エルフが好きなわけじゃなくて、好きになったのがエルフだったのよ。
それはメリアンさん的に、なんの後悔もなんの恥じ入りもないわ。
このひとの子供を産みたい、と思ったから。
それは真実であって、私は息子のジュリアンが想いを寄せている貴女を認めた。
ジュリアンが筆豆なのは、私と文通するのが日常だったから。
あのこ、けっこう物書きとしての素質もあると思うのよ。
レイラちゃんは意外に思うのかしらね?
まぁ、いいわ。
文字司のレイラちゃん、代筆ありがとうね。
メリアンおばちゃんは、レイラちゃんを嫁にしたいと言ったジュリアンを認める。
ただ、その件でジュリアンは今、死の淵にいるの。
神からの試練だって言われても、私にはよく分からないわ。
協会に入ったのは、ジュリアンと文通をするため。
私の世界観は、時々そちらから会いに来るジュリアンのためにお料理をすること。
それだけは母として許されていたから、かなり頑張った。
私、お料理ができるはずがない脳だったの。
それを克服したわ。
まぁ、簡単なものくらいしか至ってはいなかったけど。
それでもジュリアンが好物を食べる時の嬉しそうな顔はばっちり覚えているわ。
代筆ありがとう、レイラちゃん。
今度ジュリアンに会う時は、きっと隣にレイラちゃんがいることを願ってる。
私の特製レシピを覚えた、レイラちゃんが、ってことかもね。
あはは、大丈夫よ、あなたのことはすでに認めているの。
ただちょっとだけ、焼き餅を焼いているだけ。
焼き餅は、レシピじゃなくてよ?
じゃあね。
――
―――――・・・
この代筆は文字司のレイラと魔法の羽根ペンがしたことをここに記す。
[ 追記 ]
羽根ペンのウィリーやが、いささか勝手じゃ~・・・
これではまるで、ジュリアンさんとレイラがすでに恋人じゃないか。
今度ジュリアンから連絡があったら、それとなく様子を探ろうぜよ。
お母様からの伝言もあるし。
レイラ嬢がジュリアンに惹かれているのは気づいてたんじゃい。
でもまだ、あんたさんは若い。
よくよくジュリアンとの関係について考える年端にはなったような気はするで。
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